ジュヴナイル・ミステリの系譜/世界篇(6)

■第二次世界大戦と戦後 1940~1959(その2)


 第二次大戦後のフランスでは、1947年から〈楽しき時〉と名づけられた児童読物叢書が刊行をはじめた。最初のうちはアーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』など良書の翻訳が中心であったが、やがて戦前から冒険小説作家として著名だったルネ・ギヨ*1の児童向け冒険物語、『野獣の王国(未訳)』Au pays des bêtes sauvages,(1948) や『幸福な仲間(未訳)』Les Compagnons de la Fortune (1948) などが名を連ねるようになる。「これが戦後における子ども向き冒険小説の復権ともいうべき現象であった。」*2

 こうした海外作家の輸入からはじまり、のちに国内作家が加わってゆく状況は、フランスにおけるミステリの発展経過と似通っている。1945年に刊行が開始された〈セリ・ノワール〉(暗黒叢書)はチャンドラー、ジャイムズ・M・ケイン、ホレス・マッコイ、ピーター・チェイニイ、ジェイムズ・ハドリー・チェイスと、ハードボイルド派の作家を次々とフランスに紹介し、やがてボリス・ヴィアンがアメリカ作家ヴァーノン・サリヴァンとして『墓に唾をかけろ』(1947)などアメリカン・ノワールの贋作を書きはじめた。こうした流れが1950年代になってからフランス独自の「ハードボイルド」、いわゆる〈ロマン・ノワール〉を生むことになるのである。


 ルネ・ギヨの児童文学は、青少年賞を受賞した『ぞうの王子サマ』Sama Prince des éléphants (1950) をはじめ、『チンパンジーのウオロ』Ouoro, le Chimpanzé (1951) 、『ミシェルのかわった冒険』 L'extraordinaire aventure de Michel Santanrea (1951)、〈小さないぬの〉シリーズなど動物物語・冒険物語を中心に、一時はよく翻訳紹介されていた。フランス国内外の賞をいくつも取り、1964年にはこれまでの業績により、フランス人ではじめて国際アンデルセン賞に輝いた。

 ギヨは多彩・多産の熱血男児で、教師、ハンター、冒険家でありつづけながら、作家としては、動物物語、冒険小説、推理小説、SF小説などさまざまな分野で、百冊以上の作品を発表している。

 ギヨの特徴は、こよなく愛し熟知しているアフリカを舞台とした作品をしきりに書いていたということと、筋書とサスペンスで読者をとらえる驚くべきストーリーテラーであるということであろう。国際アンデルセン賞の授賞式では「ギヨは構成と均衡と均整(シンメトリー)をきわめて重んじた」とたたえられたほど、そのロジカルな構成はしっかりしていて、その点ではきわめてフランス的な作家である。しかし、描写はつねに迫真力があるにしても、ストーリー性とサスペンスを追求するあまり設定が非現実的になっている作品があることも否定できない。(『フランスの子どもの本』p173)

 ギヨはまた『ピーター・ヒルの乗組員たち(未訳)』Les Équipages de Peter Hill (1946) で戦後初の冒険小説大賞*3を受賞していることからもわかる通り、ミステリの創作にも長けていた。邦訳のある中では『ビュスカンビーユの冒険』L'Aventure de Buscambille (1952) がミステリ要素の強い児童文学である。動物園に寝泊まりしているバイオリン弾きの少年が、町の乞食の元締めらしき怪しい男と出会い、やがて有名な俳優に見出されて映画に出ることになる。そうした少年の出世物語の裏で重大な犯罪が進行しているという、なかなか意外性のある作品だ。ただ、先の評にもあった通り、浮浪者に近い少年がいきなり映画の主役に抜擢されるあたり、「設定の非現実性」の誹りをまぬがれまい。

 『377号機関車の男』L'Homme de la 377 (1967) は作者晩年の作品で、ナチス・ドイツ占領中の時代が舞台である。ドイツ軍の軍事物資の輸送を阻止しようとする抵抗派の一員となった十五歳の少年の冒険が描かれる。爆破技術をもって潜入したイギリスの軍人、機関車をわが子のように大事にしている少年の伯父、同じ鉄道マンとして伯父と心を通わせるドイツ人らが絡んで、クライマックスの列車爆破へと向かう。迫力のあるシーンが続き、その意味ではよく出来ているが、やはり人物造形が物足りなく、プロットも納得しがたい部分が多い。

 フランスにおけるジュヴィナイル・ミステリで、戦後最も重要な作家はポール・ベルナ *4であろう。初期は童話や名作の再話をしていたが、『宇宙への門』 Le continent du ciel (1954) などSFを書きはじめ、『首なし馬』Le Cheval sans tête (1955) が児童サロン大賞を受賞したことで、作家としての地位を築いた。この作品は『エーミールと探偵たち』の多くの模倣作の中で、ケストナーのものに匹敵する数少ない良作*5とされ、1963年にディズニーで映画化され、日本でも1965年に「首のない馬」の邦題で公開されている。これ以降、多くの作品がミステリー的な手法を用いて書かれているようで、『フランスの子どもの本』でもかなりのスペースを割いて言及されている。1968年には L'Epave de la Berenice(英題The Secret of the Missing Boat)で、フランス人ではじめてMWAのジュヴナイル賞の候補になった。

 「首なし馬」とは、古くなって首のとれた木馬型自転車のことで、この自転車に乗って急坂を駆け下りる遊びにふける10人の貧しい子どもたちが、ひょんなことから列車強盗の隠した大金にかかわる物語である。舞台は、住人の多くが鉄道にかかわる仕事にたずさわっている町ルビニー。町の操車場の片隅には、錆びるにまかせて放置された客車が、黒い姿を夕日に浮かべている。10人の少年少女のボス、ガビーはもうすぐ12歳になるため、12歳以上の者は仲間にいれない、という自ら作った規則で、仲間たちと離れる時期が近づいている。

 少年たちにとっては宝物だが、実際はクズ同然の首なし馬が、怪しい人物たちに狙われ、ついには強奪されてしまう。少年たちは警察に駆け込み、たまたま暇をもてあましていたシネ刑事が捜査に乗り出すことになる。一方、少年たちも独自の方法で馬の行方を追っていく。篇中、もっとも魅力的なのが、町中の犬を自在にあやつる少女マリオンだろう。集団の中にひとり異能の人物を配置し、それが少女である、という、現在のわれわれにも馴染み深い設定が、すでにここに見られる。「黄金の羅針盤」シリーズで活躍する少女ライラのイメージは、このマリオンらしい。作者のフィリップ・プルマンが幼少時に『首なしうま』を読んで、そこに登場した挿し絵の少女に惚れ、それがライラのイメージにつながったという。*6

 なるほど、作家の出世作になっただけあって、よく出来た児童文学だ。ミステリとしては意外な展開があるわけではないが、少年たちが自分たちの宝を取り戻すために、手掛りをたどって犯人にたどりつく過程は、充分にスリリングである。「この作品は児童推理小説の誕生として大きな評価と成功を博した。ギヨやボンゾン(後述)が探偵小説シリーズを書き始めたのも、この本を読んだのがきっかけだという*7」が、先輩作家のギヨはその前からミステリを書いているし、wikipediaでは探偵小説のシリーズは確認できなかった。もう一人のボンゾン(ポール=ジャック・ボンゾン)は1960年代から〈クロエ・ルス探偵団〉シリーズ他、多くのジュヴナイル・ミステリを量産している作家で、次回に取り扱う予定である。

 『首なし馬』は貧乏な子どもたちの物語だったが、『尾行された少年たち』Les Peleris de Chiberta (1958)に登場するのは、おじいさんの田舎の家に行こうとする裕福な兄弟である。14歳のダニエルとまだ幼い弟のマヌー、それにマニーのペットねずみのパタポンは、頼りにしていた伯父さんの自動車事故と鉄道ストが重なり、おまけに所持金をだまし取られたため、ふたりだけで家族の待ち合わせ場所であるシベルタに向かうことになる。ダニエルは弟の面倒を見ながら、はじめての子どもだけの旅への不安とかかえ、しかし責任感をもって行動する。そんな彼らを、なぜか尾行する怪しい人物がいた。

 物語は推理(謎解き)ものというよりは、いわゆる道中もので、おんぼろ自転車を借りたり、免許取立て男の運転する暴走車に同乗したり、移動中の客車にもぐりこんだり、パリ祭に参加したりと、尾行者の謎よりもそうした旅のさなかのさまざまな出来事が楽しめる。ダニエルとマヌーは途中で自分たちに似た資産家の兄弟と出会うが、彼らもまた、幸せではない。人間の幸福は金で買えるものと密接に結びついているが、金があるだけでは幸福にはなれない。逆に金があるから不幸になるわけでもない。資産家のお礼はちゃんといただいて、お金で買える幸福が必要な人のもとに届くことになる。

 もう一冊の『オルリー空港22時30分』 La Kangourou Volant(1957)の舞台は題名どおりオルリー国際空港で、そこには多くの人々が集まって、さまざまな事件が並行しておこっている。アナーキストの爆弾騒ぎ、空港警備に借り出された警官たち、なぜかものをなくしてばかりの陽気なイタリア人、誘拐された科学者、そしてひとりぼっちになった科学者の幼い娘。空港案内所の助手ラファエルを中心にして、アナーキストの空港爆破予告時間の22時30分までの数時間を、緊迫感とユーモアをもって描いていき、3作の中ではもっとも面白かった。また、『首なしうま』にも出てきたシネ警部が再び登場する。よれよれのグリーンのトレンチコートを来た馬づらの刑事で、ルウビィニイから来たことになっているから、間違いなく同一人物だろう。「警部」になっているのは、翻訳のためだけなのか、それとも『首なしうま』事件で手柄をたてたために昇進したのかは不明だが、この作品でも、ユーモラスな役割で座を盛り上げる。

 幼い少女が父親から聞いた「世界中の事を知ることが出来る砂ばくのやさしい妖精グロックおじいさん」の存在を信じたラファエルは、港内放送でグロックおじいさんを呼び出す。この物語の白眉は、それに応じて本当に「グロックおじいさん」が現れるシーンで、この部分はミステリとしてもよく出来ている。ただ、爆弾騒ぎや空港警備は、テロリズムが冗談ではすまない現代の目からするとまだまだ牧歌的で、児童文学の世界でも、こうしたユーモアが通じたのは、1950年代から60年代あたりまでなのかもしれない。

 この時代のジュヴナイル・ミステリで挙げなくてはいけないのが、スウェーデンの児童文学者アストリッド・リンドグレーン*8〈名探偵カッレくん〉シリーズである。

 北欧は豊かな自然と神話・伝承を持ち、また一般に読書人口が多いとされる。教育に力を入れていることでも知られ、スウェーデンのフェミニストで教育学者エレン・ケイ*9『児童の世紀』(1900) ではすでに「あらゆる階層の子どもたちを自由に教育し、育てることについて説得力をもって語っている*10」。児童文学も英米仏とは異なる魅力を持っていて、デンマークのアンデルセン、フィンランドのトーベ・ヤンソン*11、スウェーデンのセルマ・ラーゲルレーフ*12など、世界的に著名な作家も多い。また、近年はミステリの分野でも多くの作家を輩出している。

 『名探偵カッレくん』(新訳『名探偵カッレ 城跡の謎』)Kalle Blomkvist(1946) は『長くつ下のピッピ』の版元でもあるラベージ&シューグレーン社主催の青少年向け探偵小説のコンクール*13に応募し、受賞した作品である。リンドグレーンは1939年に著名な犯罪学者ハリー・ソーデルマンの秘書として雇われているが、この時の経験がカッレくんシリーズの参考になったと言われる*14

 カッレくんは食料雑貨店の息子で、名探偵に憧れる十三歳の少年だ。冒頭、空想の中でパイプをくゆらせながら、ロンドンの貧民窟かシカゴの暗黒街へと思いを馳せ、将来は名高き名探偵と自分の名前が並ぶことを夢見る。「シャーロック・ホームズ、アスビョルン・クラーグ、エルキュール・ポワロ、ピーター・ウィムジイ卿、そしてカッレ・ブロムヴィスト!」

 19世紀末の『宝さがしの子どもたち』で、バスタブル家の子どもたちが探偵行為に乗り出す時のお手本は、ホームズとガボリオーのルコック探偵だった。黄金時代を経た1940年代のスウェーデンの少年が憧れる名探偵の中に、すでにルコックはなく、代わりにポワロとウィムジイ卿が加わっている。13歳の少年がドロシー・L・セイヤーズを愛読し、その主人公に憧れるというのは、なかなかのものである。見慣れぬアスビョルン・クラーグは、ノルウェーの作家ステイン・リヴァートン*15が生みだした探偵で、『怪盗』(荒井詩夢訳、新東京社)や短篇「グランド・ホテル怪事件」(『新青年』1936年夏季増刊号)が邦訳されている。北欧やドイツでは当時、シャーロック・ホームズと並ぶ人気があったらしい。*16

 カッレは幼馴染のアンデッシュとエヴァロッタの三人で、別の三人グループと「バラ戦争」と名づけた宝の奪い合いごっこをしている。その合間に探偵として町のあやしい出来事を観察しているのだが、友人たちにはなかなか理解してもらえない。斎藤美奈子は『挑発する少女小説』[河出新書2021]の中で「『長くつ下のピッピ』ほど、主人公の孤独を感じさせる物語もない」と述べているが、谷口俊彦も「悪漢と少年たちの楽園」で「名探偵をもって自任するカッレが時として非常に孤独な存在に感じられる」としている。というのも、空想癖が強いわりには、カッレはどこか醒めているのである。アンディシュが悪人をおびき寄せて捕まえようと提案するのにも、首を振る。

ああ、これまでに名探偵ブロムクヴィストが一ダースもの大悪党をたったひとりでやっつけたことは何度もあった。だが、名探偵ブロムクヴィストと少年カッレは別人なのだ。そしてカッレはときに現実的で、ものごとの道理をよくわきまえている少年だった。

 また宝石泥棒逮捕にいたる重要な手掛かりを警察に伝えて、警部に褒められた時も、

「まあ、探偵の基本的な仕事にすぎませんよ」名探偵ブロムクヴィストはこたえたが、すぐに、ただのカッレでいなくてはと気がつき、「たまたま思いついてんです」とあわててつけたした。

 つまり、彼は「少年探偵」が現実には通用しないことを理解している少年探偵なのである。彼が名探偵でいられるのは、頭の中で架空の聞き手と会話している時だけなのだ。憧れと現実の狭間で、常に揺れている。無二の友人にも、それは理解してもらえない。

 そんなカッレが殺人事件に遭遇するのが、第二作の『カッレくんの冒険』(新訳『名探偵カッレ 地主館の罠』)Mästerdetektiven Blomkvist lever farligt (1951) だ。ここでも、エヴァロッタが死体の発見者となったショックで寝込んだにもかかわらす、探偵として乗り出すのを尻込みする。

 いま、カッレは現実に起きたことを、ようやくはっきりと理解した。名探偵でありたいという思いを吹きとばしてしまうほどのショックだった。あざやかな手腕でみごと解決し、それを架空の聞き手に自慢げに話すような、そんな架空の名探偵ではない。実におそろしい、気味の悪い、受け入れがたい現実の事件に、カッレは気分が悪くなりそうだった。そして自分自身を軽蔑した。白状すれば、今日、エヴァロッタのかわりにならなかったことをよろこんでいた。心の底からよろこんでいた。ああ、なんてかわいそうなエヴァロッタ!

 かつて、こんな少年探偵がいただろうか。しかし、警察が事件解決に手こずっているとき、普段から観察に怠りなかった彼だけが、ある手掛かりに気づく。一度は挫折したカッレをもう一度、事件に向かわせるのはも、やはり脳内の名探偵である

すると、探偵業解禁のその言葉を待ってましたとばかりに、このところ身をひそめていた架空の聞き手が、かけ足で寄ってきた。
「プロムクヴィスト先生、なにをしようとお考えなんですか?」(中略)
「いまいったように、ちょっとした基本的な調査だよ」
 カッレは突然、名探偵にもどっていた。それは止めようがなかった。(中略)いまは自分の疑念にじゅうぶんな根拠があるのか、まったく自信がなかったので、探偵であるふりをしてたしかめるしかないと思った。

 こうしてカッレは犯人を追いつめる決定的な証拠を手に入れる。それを持って警察署に向かう途中で、親友アンディッシュはこう言うのだ。

「ひとつだけ、はっきりしていることがある」警察署にむかう足を速めながら、アンディッシュはいった。
「なにが?」
「この事件は、カッレ、おまえが手がけろよ。そうでなくちゃ、ぜったいだめだ。おれは最初からそういってただろ」

 感動的な少年名探偵の再生がここに描かれている。見事、事件解決したあと、カッレに脳内の聞き手が静かに近づいてくる。

「ブロムクヴィスト先生、今度はまた殺人犯を捕まえるのに、ご活躍なさったそうで」架空の聞き手は、おべっかを使うようにいった。
 突然、カッレ・ブロムクヴィストの中に怒りが燃えあがった。(中略)
「ばかなことをいわないでくれたまえ。殺人犯を捕まえたのは、ぼくじゃない。警察が捕まえたんだ。(中略)ぼくは、自分の人生で殺人犯を捕まえようとは思わない。もう探偵ごっこはおしまいにする。いろいろと面倒なことにかかわるだけだからね」

 そこにアンディッシュとエヴァロッタがあらわれ、三人は元気よくバラ戦争に向かう。この物語の最後は、こうしめられている

 そのあいだに架空の聞き手は姿を消し、どこかへ行ってしまった。まるで夏の風にさらわれたかのように、だれも気づかぬうちに、そっと消えていった。

 明らかにこれは、子ども時代の終わりを暗示している。それは少年探偵の消滅でもあった。このシリーズはここで終わりでもよかったが、もう一作、カッレたち三人の仲間が国際スパイ事件に巻き込まれる『名探偵カッレと黒スパイ団』(新訳『名探偵カッレ 危険な夏の島』)Kalle Blomkvist och Rasmus (1953) が書かれた。子ども時代を終えかけている彼らは、この作品で、もっと天真爛漫で無邪気な五歳のラスムスに出会う。彼を守るためエヴァロッタは母性を発揮し、カッレとアンディッシュは雄々しく悪に立ち向かう。リアリティラインが前二作とは違っているのは、作中のこんな会話にも表れている。

「まったくおかしいじゃないか。ぼくたちだけが、いつもいつも事件にぶつかるなんて……」
「たしかに」アンディッシュも同意した。「こういうのって、物語の世界の話だよな」
「そう、これも物語の世界の話さ」
「どういうこと?」
「ぼくたちは、だれかが思いついた物語の中にだけ存在するんだ」

 自らを物語の登場人物と感じている少年探偵! しかし、これはディクスン・カーの『三つの棺』の例とは違って、処理しきれない災難に陥った子どもの実感でもあろう。手塚治虫が大阪大空襲のさなかに、「僕はマンガの登場人物だ」と思ったというエピソードを想起する。

 この時期のスウェーデンのジュヴナイル・ミステリとしては他に、どちらもユーモラスなオーケ・ホルムベルイ*17の私立探偵スベントン・シリーズと、ニルス=オルフ・フランセン*18のアガトン・サックス・シリーズがある。

 私立探偵スベントン・シリーズは第一作の『迷探偵スベントン登場』 Ture Sventon, privatdetektiv (1948) 以降、1973年のTure Sventon i Venedig まで9作あり、その他に絵本でも活躍している。そのうち五作が眉村卓によって邦訳されているが、あいにく読むことができなかった。ネットで知りえた限りでは、ストックホルムで開業している私立探偵で、シュークリーム好き(舌足らずたため、チュークリームとしか言えない)。空飛ぶ絨毯や「何でも入る魔法の冷蔵庫」を駆使するとのことだ。

 一方、アガトン・サックスは1955年から1978年にかけての全11冊で活躍する。小さな地元紙を経営している小太りの男で、口ひげとプラム色の帽子がシンボル。すぐれた語学力を駆使して、さまざまな事件を解決する。三作が邦訳されているが、ユーモアの質がどうも肌にあわず、面白さが理解できなかった。


 日本は第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受けたものの、戦後数年であらゆる分野で新たな出発をはじめる。探偵小説でみれば、敗戦の翌年には早くも〈宝石〉〈ロック〉などミステリの専門誌が創刊され、両誌には横溝正史『本陣殺人事件』(1946連載)、『蝶々殺人事件』(1946-47連載)が連載された。戦前は伝奇時代小説の第一人者だった角田喜久雄『高木家の惨劇』(1947)などの謎解き長篇を執筆し、一般文壇から坂口安吾『不連続殺人事件』(1947)で参入。また〈宝石〉から登場した新人たち、特に「戦後派五人男」といわれた高木彬光、山田風太郎、島田一男、香山滋、大坪砂男が精力的な活躍をはじめた。

 児童文学は世界名作の戦前の大衆児童文学者を動員した翻訳出版からはじまり、その中には海野十三によるホームズ譚、『まだらの紐』もあった。〈赤とんぼ〉をはじめとする「良心的」児童雑誌が多く創刊され、そこに「この時期もっとも注目すべき作品」*19とされる竹山道雄『ビルマの竪琴』(1947-48連載)も載った。この作品はミステリ的な要素も多く持っている。*20戦後まもない時期の注目すべき作品に、木々高太郎の『少年珊瑚礁』(1948) がある。

 これは科学冒険小説集と名づけられた短編推理小説集。(中略)少年を中心に、科学的なきっかけで何か事件が解決されるという短編をいくつか集めているこの本は、今でもそのまま読んでも面白いと思います。(中略)アイディアの独創と、精確な情景描写は。いつの時代の読者もうなずかせます。(「日本児童文学の流れ」(平成17年度国際子ども図書館児童文学連続講義議事録)内の神宮輝夫「子どもの文学の新周期―1945-1960」)

 しかし、1949年から1951年にかけて「良心的」児童雑誌はすべて廃刊となり、かわって登場したのが大衆的娯楽児童雑誌である。1947年の〈痛快少年〉からはじまり、1951年までに20誌以上が創刊されている。そこでは探偵小説が大きな一画を占めていた。まず、1949年に『青銅の魔人』で少年探偵団が活動を再開し、やがて「怪魔もの」の流行につながる。「怪魔もの」とは、これらの雑誌に掲載され、のちに単行本化された小説の題名に「怪」や「魔」の字が多く用いられることからきた蔑称である。その内容は時代もの、秘境冒険もの、SFなどもあったが、多くは探偵小説(通俗スリラー)だった。こうした「怪魔もの」は1950年を境に勢いをまし、1955年ごろまで児童出版界を席巻した。

 「怪魔もの」を多く単行本化したのはポプラ社の〈探偵・冒険〉シリーズと、偕成社の〈冒険・探偵〉シリーズである。やはり探偵と冒険は密接なつながりがあるのだ。両叢書で合計200冊近くあり、そこでは江戸川乱歩、大下宇陀児、横溝正史、角田喜久雄ら戦前から活躍する探偵作家だけでなく、橘外男、香山滋、高木彬光、島田一男の戦後派探偵作家たち、さらに柴田錬三郎西城八十のように他分野の作家も動員された。また児童向け専門の作家では、久米元一、寒川光太郎、持丸良雄などがいる。江戸川乱歩は『探偵小説四十年』のなかで、「戦後の探偵作家は、大人ものを書き出したかと思ったらすぐに少年ものに手をつけ、収入の大半を少年ものから得ているというような人が多くなった。」と当時を回顧している。

 大衆作家が児童向けの娯楽作品を執筆するということでは、戦前の〈少年倶楽部〉に例えられるだろう。しかし〈少年倶楽部〉の作品が佐藤忠男や二上洋一らによって再評価されたのと比べ、「怪魔もの」はそのほとんどが歴史の中に埋もれてしまった。著名作家の作品が再刊されることや、珍品として紹介されることはあっても、全体を通してのまとまった評価・考察は見かけない。谷口俊彦は「怪魔もの」が消えていった理由として、「支持層をマンガなどの視覚メディアに奪われたから*21」とし、二上洋一は(「怪魔もの」だけでなく大衆的児童文学=少年小説全般が)「衰退は当事者である作家の責任ではなかったのである。時代の趨勢は、変貌を遂げたまんがの時代に移りつつあったのである。*22」としている。たしかに創世期の児童マンガの魅力が多くの人々によって、さまざまな角度から愛情をこめて語られるのに比して、あまりにもさびしい現状である。

 一方、「良心的」児童文学作家も模索を続けていた。そのひとりに国分一太郎*23がいる。彼の長篇『鉄の町の少年』(1954) は、「労働組合結成運動のなかで、少年工たちが、組合とは何か、労働者が人間らしく生きていくとはどういうことかを学んでいく*24」作品だが、最初に想定された題名は「ぼくらは探偵をしたかったのです」*25だった。凹版印刷機のインキ吸い取り用の皮が大量に盗まれ、山形から来た見習少年工五人が「少年探偵エーミール」を思い出しつつ、力をあわせて探偵をはじめるのだ。時代背景もあって子どもたちを善導しようという意識が高く、現在読むと少々苦しいのだが、途中で、父親が政治犯として捕らえられていた少女美恵子が仲間に加わるあたりは楽しい。国分自身、「長篇を書くためには謎解きプロットを用いるのが一番のコツだ」と述べていたという*26。戦後初期の児童文学においても、「少年探偵」は子どもたちに興味を持って読んでもらい、またテーマを浮かび上がらせる上で、有効なアイテムであった。しかし、刊行当初から評価がわかれた。

それぞれの少年主人公が十分に書ききれていないといった問題もあるのですが、それ以外に「長篇が出てきたのは喜ばしいが、探偵小説なぞというものの形式を真似ているのはそうもね」といった意見があるのです。要するに「探偵小説』という通俗的な、娯楽的な、読み物的なものなんぞの力を借りているのは、当時の自防文学界ではマイナス要因でした。(佐藤宗子「エンターテインメントの変遷」)

 成人向けを含めて、探偵小説の一般的なイメージは「俗悪なスリラー」であり、実際そういう作品もあふれていた。児童向けでは、すでに述べた「怪魔もの」がその典型である。そうした俗悪さこそが魅力でもあるのだが、それは現在だから言えること。当時の親たちに眉を顰められたのも、ある意味、仕方のない面もあった。そのため、当時刊行されていた娯楽要素の強い児童書には、教育者や著名な児童文学者たちによる「ためになる」要素を力説する推薦文が載っていた。SFは科学的な知識や思考を伸ばすため、探偵小説は理詰めで物事を考えることや、悪を憎む心をはぐくむため等々。そうでもしなければ、親の購買を促せなかったのだ。

 その好例が早川書房が出した〈ジュニア・ミステリ〉叢書(1957-12~1958-09)で、前回紹介したエラリー・クイーン名義のジュニア向け作品を8冊、訳者に西脇順三郎、福田恒存(中村保男)、石井桃子、村岡花子など、名だたる文学者・児童文学者を集め、上品な装幀で出版した。各巻には訳者の前書きがあり、解説は都筑道夫が担当して、それぞれが知的な読物であるミステリの魅力を語る構成になっている。

 戦後の探偵小説の創作は1950年代になると低迷し、かわりに欧米ミステリの翻訳が活況を呈していた。新樹社、雄鶏社、日本出版共同、東京創元社などがきそって海外ミステリの叢書を刊行し、なかでも早川書房は1953年からはじまるハヤカワ・ポケット・ミステリ、通称ポケミスと、1956年の〈EQMM〉日本語版の創刊で、その中心的存在となった。翻訳出版を通して、探偵小説を俗悪なイメージのものから、ミステリという知的でセンスのいい読物へと変えていったのだ。その手法を児童書にも適用したのである。

 ここで戦後、1950年代までの児童向け探偵小説の叢書を概観しておこう。1947年にはじまる光文社の〈少年探偵江戸川乱歩全集〉はご存じ明智小五郎対怪人二十面相のシリーズを戦前作品を含めて刊行していったもので、1960年まで23巻を刊行。のちに大人向けの乱歩作品をリライトしたポプラ社の〈名探偵明智小五郎文庫〉(1957~1963)と合わせて、ポプラ社版〈少年探偵江戸川乱歩全集〉全46巻(1964~1973)となる。これが長年、学校図書館や児童図書館で見られた乱歩作品である。同様に児童図書館で人気のあったのがポプラ社の〈名探偵ホームズ全集〉全20巻(1956~1957)と〈怪盗ルパン全集〉全30巻(1958~1980)。前者は山中峯太郎、後者は南洋一郎のリライトで親しまれた。特に〈怪盗ルパン全集〉はルブランの原作がなくなったあとも、ボアロー=ナルスジャックの贋作まで収録した、息の長いシリーズとなった。後年、原稿が発見された『ルパン最後の恋』まで那須正幹によるリライトを同様の装幀で出している。ルパンものでは、戦前から翻訳に携わった保篠竜緒による〈探偵名作少年ルパン全集〉全12巻(1955~1956) が講談社から出ている。

 海外作品のリライトものでは、ポプラ社の〈世界名作探偵文庫〉(1954~1957) が戦後最初の叢書である。全30巻で企画されたが、山中峯太郎訳のポームズものの人気が高かったのか、前出の〈名探偵ホームズ全集〉へと独立させ、抜けた巻を別の作品で埋めていったため、同じ巻番号で二種類の作品があるというおかしなことになっている。ホームズ、ルパンのほか、サックス・ローマー、ボアゴベイ、マッカレー、フレッチャー、サッパー、ブースビーなど、戦前人気のあったスリラー系の作品が中心だった。一方、講談社の〈少年少女世界探偵小説全集〉全23巻(1957~1959) は装幀こそ垢ぬけないが、ディクスン・カー、エラリー・クイーン、クリスティ、ヴァン・ダイン、クロフツ、アイリッシュ、ミルン、E・S・ガードナーなど、謎解きミステリや新しいタイプのサスペンスものを多く取り入れた構成である。なかでもクイーンは、早川書房に先駆けてリライトではないオリジナル・ジュヴナイルのジュナ・シリーズを三冊出しているのが特筆に値する。わずか数年の違いであるが、両叢書には編集方針に大きな違いがあった。1955年あたりを境にして「怪魔もの」が廃れていったように、海外作品の紹介も変わっていったのだ。

 オリジナル・ジュヴナイルとしては、保育社の〈少年少女探偵冒険全集〉全25巻(1957~1958) がストラテマイヤー・シンジケート作品を中心に編まれたものだ。ハーディー・ボーイズが15冊、ナンシー・ドルーが4冊の他、マーガレット・サットン、フランシス・ジュッド(ジャッド)などアメリカ産のジュニア・ミステリが入っているなかで、一冊だけ、イギリス作家R・J・マックレゴア(マグレガー)の『マッキー探偵団』があるのが目を引く。このあたりは第三回・第四回ですでに紹介した。一部にミステリを含めたリライト系の叢書では、偕成社の〈名作冒険全集〉全45巻(1957~1962) がある。動物物語、秘境冒険、歴史ロマンス、SFと幅広いジャンルで構成され、探偵小説はホームズとルパンがそれぞれ4冊(ホームズものは『地球さいごの日』にも二篇併録)あてられた。

 日本作家のものでは、前出のポプラ社〈探偵・冒険〉シリーズと偕成社〈冒険・探偵〉シリーズの他に、少し遅れてポプラ社の〈日本名探偵文庫〉全25巻(1955~1957) が刊行された。江戸川乱歩、大下宇陀児、海野十三、角田喜久雄、甲賀三郎、水谷隼、久米元一、島田一男らの名探偵ものを集めたもので、大人向けの作品のリライトを多く含んでいる。これ以降、日本作家による探偵叢書は、ポプラ社が〈少年探偵小説全集〉(1960~1961) を全20巻で企画したものの10巻に変更されたように振るわなくなり、以前の叢書の再刊をのぞいては刊行されなくなった。怪奇スリラーはすでに古臭いものになっていたのかもしれない。

 成人向けミステリの分野では、『黒いトランク』(1956) の鮎川哲也『猫は知っていた』(1957) の仁木悦子『点と線』(1958) の松本清張『天狗の面』(1958) の土屋隆夫『ひげのある男たち』(1959) の結城昌治『一本の鉛』(1959) の佐野洋たちが登場し、60年代にかけて活躍する。その多くは怪奇テイストを廃した現代的な作風であった。そうした流れの中で、戦前から戦後初期にデビューした作家たちも作風を変えざるを得なくなっていく。こうしてミステリが変化していったように、児童文学にも大きな転換期が訪れようとしていた。


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◆参考資料
「悪漢と少年たちの楽園~ジュヴナイル・ミステリ雑考」谷口俊彦[『帝王』9号/1978]→「悪漢と少年たちの楽園」と表記
The Oxford Companion to Children's Literature (1984) 『オックスフォード世界児童文学百科』ハンフリー・カーペンター、マリ・プリチャード編/神宮輝夫=監訳[原書房 1999]→『世界児童文学百科』と表記
The Oxford Companion to Children's Literature 2nd edition (2015) 『新版オックスフォード世界児童文学百科』ダニエル・ハーン編/白井澄子・西村醇子・水間千恵=監訳[原書房 2023]→『世界児童文学百科/新版』と表記
『はじめて学ぶ日本児童文学史』鳥越信編編[ミネルヴァ書房 2001]
『フランスの子どもの本』私市保彦(さきいち やすひこ)[白水社 2001]
『挑発する少女小説』斎藤美奈子[河出新書 2021]
『少年小説の系譜』二上洋一[幻影城 1978]
「推理小説叢書目録/3.児童書篇」芝隆之編[『帝王』9号/1978]

「第6回 北欧その3 ノルウェー編(執筆者・松川良宏)」翻訳ミステリーシンジケート https://honyakumystery.jp/1377132012
「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(2)北欧編」アジアミステリリーグ https://w.atwiki.jp/asianmystery/pages/206.html
「日本児童文学の流れ」平成17年度国際子ども図書館児童文学連続講義議事録 https://www.kodomo.go.jp/about/publications/trans/2005
「日本の子どもの本100選」大阪国際児童文学振興財団 http://www.iiclo.or.jp/100books.htm
Wikipedia (日本語版/English版/フランス版/スウェーデン版)

◆作品案内
『一角獣の秘密』La Légende des licornes (1953) ルネ・ギヨ/塚原亮一訳[学習研究社/少年少女・新しい世界の文学]
『ビュスカンビーユの冒険』ルネ・ギヨ/安東次男訳[河出書房新社/少年少女世界の文学]
『377号機関車の男』L'Homme de la 377 (1967) ルネ・ギヨ/安東次男訳[学習研究社/少年少女サスペンス冒険篇]
『ミシェルのかわった冒険』 L'extraordinaire aventure de Michel Santanrea (1951) ルネ・ギヨ/波多野完治訳[あかね書房/国際児童文学賞全集 1965]→[福武文庫 1990]
『首なし馬』Le Cheval sans tête (1955) ポール・ベルナ/那須辰造訳[講談社/少年少女世界文学全集 1961]→[講談社 1965]/花輪莞爾訳[偕成社文庫 1977]
『オルリー空港22時30分』 La Kangourou Volant(1957)上野瞭訳[学習研究社/少年少女・新しい世界の文学]
『尾行された少年たち』Les Peleris de Chiberta (1958)ポール・ベルナ/榊原晃三訳[学習研究社/少年少女サスペンスシリーズ推理編]
『児童の世紀』エレン・ケイ/小野寺信・小野寺百合子訳[冨山房百科文庫 1979]
『名探偵カッレくん』Kalle Blomkvist(1946) リンドグレーン/尾崎義訳[岩波少年文庫]/『名探偵カッレ 城跡の謎』菱木晃子訳[岩波書店]
『カッレくんの冒険』Mästerdetektiven Blomkvist lever farligt (1951) リンドグレーン/尾崎義訳[岩波少年文庫]/『名探偵カッレ 地主館の罠』菱木晃子訳[岩波書店]
『名探偵カッレと黒スパイ団』Kalle Blomkvist och Rasmus (1953) リンドグレーン/尾崎義訳[岩波少年文庫]/『名探偵カッレ 危険な夏の島』菱木晃子訳[岩波書店]
『少年珊瑚礁』(1948) 木々高太郎[湘南書房]
『鉄の町の少年』(1954) 国分太一郎[新潮社]/[講談社 1962]/[ポプラ社/新日本少年少女文学全集36 1966]/[小峰書店 1967]/[小峰書店/国分太一郎児童文学集 1968]/[講談社/少年少女日本文学全集18 1977] 

■スベントン・シリーズ オーケ・ホルムベルイ作
『迷探偵スベントン登場』 Ture Sventon, privatdetektiv (1948) 眉村卓訳[講談社/世界の児童文学名作シリーズ]
『私立探偵スベントン1 ストックホルムのひまなし探偵』 Ture Sventon, privatdetektiv (1948) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
『私立探偵スベントン2 北極怪盗とさばくの怪職人』 Ture Sventon i öknen (1949) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
『私立探偵スベントン3 ねことり怪人と地下室ギャング』 Ture Sventon i London (1950) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
『私立探偵スベントン4 デパート怪人はにおいなし』 Ture Sventon i varuhuset (1968) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
『私立探偵スベントン5 おばけ屋敷と四つの怪事件』 Ture Sventon i Spökhuset (1965) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]

■アガトン・サックス・シリーズ ニルス=オルフ・フランセン作
『アガトン=サックスの大冒険』Agaton Sax klipper till (1955)/Agaton Sax och den ljudlösa sprängämnesligan (1956) 鈴木武樹訳[学習研究社/少年少女学研文庫 1968]
『アガトン・サックスとダイヤモンド泥棒たち 名探偵アガトン・サックス1』Agaton Sax och de slipade diamanttjuvarna (1959) 山岡武訳[評論社/児童図書館・文学の部屋]

 

*1:René Guillot (1900-1969) 高校で数学を教えながら、狩りに夢中になり、またアフリカの民俗に興味を持つ。1929年からからアフリカを舞台にした小説を多数執筆。戦後は児童向けの作品を多く書くようになった。

*2:『フランスの子どもの本』/なお、同署『幸福な仲間』では1948年作となっているが、Netで確認したところ、ほとんどが1950年初刊となっている。

*3:名前の印象とは違ってミステリの賞。ステーマンの『六死人』、ボアローの『三つの消失』、シャルル・エクスブライヤの『パコを憶えているか』、夏樹静子の『第三の女』、ポール・アルテの『赤い霧』などが受賞している。

*4:Paul Berna  本名Jean Sabran (1908-1994) 南仏イエール生まれ。18歳の時に母親の再婚でパリに住むようになり、職を転々としながら作家をめざす。

*5:『世界児童文学百科』/「エーミールと探偵たち」の項

*6:『「ライラ」からの手紙~フィリップ・プルマン』マーガレット・S・ユアン/中村佐千江訳[ぶんげい 2007]

*7:『フランスの子どもの本』

*8:Astrid Lindgren (1907-2002) 高校を卒業後、新聞社の校正係やいくつかの企業・団体の秘書を経て、創作活動に入る。第二作の『長くつ下のピッピ』(1945) で世界的に有名に。

*9:Ellen Key (1849-1926)

*10:『世界児童文学百科』「スウェーデン」の項

*11:Tove Jansson (1914-2001) ムーミン・シリーズが有名。

*12:Selma Lagerlöf (1858-1940) 女性初のノーベル文学賞受賞者。『ニルスのふしぎな旅』(1906-07) で知られる。

*13:『ピッピ』も同社のコンクールの受賞作。また探偵小説のコンクールはこれ一回だったようだ。

*14:wikipedia

*15:本名 Sven Elvestad (1884-1934)日本ではこちらの名前で邦訳されている。

*16:翻訳ミステリーシンジケート「第6回 北欧その3 ノルウェー編(執筆者・松川良宏)」 https://honyakumystery.jp/1377132012 //「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(2)北欧編」 https://w.atwiki.jp/asianmystery/pages/206.html

*17:Åke Holmberg (1907-1991) ストックホルム生まれ。ストックホルム大学で文学士号を取得し、博物館で数年働いたのち、1946年より専業作家となる。

*18:Nils-Olof Franzén (1916-97)

*19:『はじめて学ぶ日本児童文学史』p298

*20:「戦後ジュヴナイル・ミステリの系譜(3)」https://mystery-ym.hatenablog.com/entry/20090725/1248509448#fn-33fc75c8

*21:「悪漢と少年たちの楽園」

*22:『少年小説の系譜』

*23:(1911~1985) 山形県生まれ。尋常小学校で綴り方教育に打ちこむが、自由主義的思想を問題視されて教職を追われ、治安維持法により検挙される。戦後は教育雑誌の編集をしつつ、生活綴方の発展に尽力。『鉄の町の少年』で第5回児童文学者協会児童文学賞を受賞した。

*24:『はじめて学ぶ日本児童文学史』

*25:(大阪国際児童文学振興財団「日本の子どもの本100選」 http://www.iiclo.or.jp/100books/1946/htm/frame011.htm/解題・書誌作成担当 大藤幹夫。なお、「ぼくらは探偵をしなければならない」とした資料もある。

*26:「日本児童文学の流れ」(前出)内の佐藤宗子「エンターテインメントの変遷」

ジュヴナイル・ミステリの系譜/世界篇(5)

■第二次世界大戦と戦後 1940~1959(その1)


 1939年のドイツのポーランド侵攻により第二次世界大戦がはじまった。アメリカはしばらく孤立主義を保っていたが、1941年12月の日本による真珠湾攻撃でついに参戦。男性が戦場に向かったため、軍事工場や基幹産業で女性が働くことが必要不可欠となる。これがアメリカの女性が本格的に社会進出をするきっかけとなった。1940年代になって、アメリカの少女向きの娯楽小説に、職業を持つ若い女性探偵(キャリアガール探偵 career girl detective )が登場してくるのは、こうした世情と無関係ではあるまい。

 それを最も端的に証明しているのが、ヘレン・ウェルズ*1が送り出した看護師探偵チェリー・エイムズ Cherry Ames である。『看護学生チェリー・エイムズ(未訳)』Cherry Ames, Student Nurse (1943) で登場した彼女は、第三作の Cherry Ames, Army Nurse (1944) で陸軍付きの看護師となり、戦場に向かう。少女たちは、お姉さんの活躍を憧れをもって読むとともに、女性の社会的な義務を学ぶことになる。

チェリー・エイムズ・シリーズは、第二次世界大戦中に連載が始まって以来、累計500万部以上を売り上げている。一時期は、著者に年間2万ドルの収入をもたらしていた。最初の数冊はミステリーではなく、看護職を愛国的に称賛する内容で、少女たちに自分たちの存在が社会で必要とされていることを学ばせるためのものだった。戦争がそれを可能にしたのだ。(The Girl Sleuth by Bobbie Ann Mason p.108)

 戦争が終わり世の中が落ち着くと、チェリーは探偵をはじめる。シリーズは1968年まで27作あるが、当時の少女向けシリーズに登場する看護師ヒロインたちは医者との結婚というゴールが待っていたのに比べ、チェリーは最後まで若い独身女性のままだったようだ。彼女は家庭に落ち着くよりも、探偵として活躍を続ける道を選んだ。シリーズが継続する限り年を取らず、ひとつの事件が終われば次の事件が待っている――それはシリーズ探偵の宿命なのだが、少女探偵の場合、いつまでも成長しない(できない)キャラクターがより鮮明になる。

チェリー・エイムズが探偵として活躍するのは、偶然の産物だ。彼女は看護師であり、非常に有能で、鋭い観察眼と冷静な判断力を持ち合わせているため、病院のようにベッドをきれいに整えるのと同じくらい巧みに、厄介な状況を解決してしまう。チェリーの事件は、ナンシー・ドルーのような勇気と行動力を必要とすることはほとんどない。むしろ、彼女の魅力は、独立心旺盛で勤勉、自由奔放で気ままなキャリアガールにまつわる華やかさとロマンスにある。彼女は聡明でシックだが、外見にはあまり注目が集まらない。患者や上司から賞賛される数少ない場面を除けば、チェリーはほとんど色気を感じさせない。(The Girl Sleuth by Bobbie Ann Mason p.109)

 ヘレン・ウェルズが創り出したもうひとりの探偵ヒロインにビッキー・バー Vicki Barr がいる。飛行機の客室乗務員(当時の呼び名でスチュワーデス)で、『銀翼の少女』Silver Wings for Vicki (1947) に初登場し、1964年までの16作で活躍する*2

ビッキー・バーは、チアリーダーのような親しみやすさを持ち合わせた、粘り強く独立心旺盛な若い女性だが、彼女の最大の関心事は謎解きであり、それは彼女のフライト中に頻繁に起こるようだ。彼女は冒険を渇望し、手腕に優れた探偵でもある。賞賛の言葉は嬉しいが、無力な女性についての男性の陰口は許さない。(中略)
ヴィッキーは抜け目がなく、ロマンチックで、繊細でありながらも芯が強い。香水とハイヒール、そしてゆったりとしたドレスを好んで着る。青い制服を誇りに思っている。彼女の描写は、キャリアガール探偵の作品に潜む深いパラドックスを明らかにしている。つまり、「外観」を保ち、実際とは違うように見せることは、深く「女性的」とされているのだ。同時に、見た目とは違う自分、つまり美貌だけでなく知性、脆さだけでなく強さ、人間らしさと女性らしさ、そして妖精のような繊細さだけでなく確かな筋肉を持つこともまた、驚きでなのである。少女たちは、小さく、華奢で、女性らしく、劣っているという感覚に共感する一方で、男性たちと肩を並べ、強く、近寄りがたく、世慣れていて、自由であることもできるのだ。(The Girl Sleuth by Bobbie Ann Mason p.111-112)

 邦訳のあるキャリア・ガール探偵にコニー・ブレーヤー Connie Blair がいる。『鏡の中の顔』 The Clue in Blue (1948) で登場し、1958年までの12冊で活躍した。作者のベッシー・アレン Betsy Allen は本名のベティ・カヴァナ*3の他、Elizabeth Headley 名義などを用いて長期にわたり多くの児童読物を書き、1970年と1972年にはエドガー賞の最優秀ジュヴィナイル部門にもノミネートされた実力派作家である。

 コニーは第一作ではファッション・デザイナーをしている叔母のつてで、学生モデルをしつつ事件にかかわるが、その後、広告代理店の受付係を経て、コピーライターへとキャリアを積むようだ。双子の妹がいる設定は、第一作では活かされていない。「このシリーズは、外見、人気、そして女性らしさを、ビジネス界への参入における身分証明書として強調している。コニーは承認を得るため、情報を得るため、昇進するため、意識的に自分の性別を利用する」と、The Girl Sleuth の著者ボビー・アン・メイソンが全く評価しないのは、次のような描写が頻発するためらしい。

彼女は彼の腕に手を置き、どんなに強い男でも心を溶かすような視線で彼を見つめた。(The Yellow Warning /1951)

 こういう描写は、この時代の女性探偵の一般的な手段とはいえ、少女が読む作品で使われると、さすがに今となってはきびしいだろう。(邦訳では、まだ若い頃だからか、それとも翻訳のためか、そういったシーンはなかった)

 看護婦やスチュワーデスや広告業界は、当時の少女にとって憧れの職業だった。そこで働くヒロインを通じて、仕事の具体的な内容や重要性を示し、苦労や困難を乗り越える主人公の達成感や人間的な成長を描くだけでもよかったはずである。1930年代に生れた職業小説*4という児童文学のジャンルも存在した。なぜそこに探偵行為が必要だったのだろうか。

少女探偵は、児童文学において女性に与えられる最高の役割であり、特定の職業よりも自由度が高い役割である。少女は仕事よりも探偵活動を通して承認を得て成功を収める。探偵活動は彼女に頭脳を働かせる機会を与える。チェリーとビッキーは探偵活動を心から愛しているが、彼女たちはより重要な任務を担う男性のアシスタントに過ぎない。献身的な奉仕の副次的な恩恵は、異国情緒あふれる場所、魅力的な人々、謎、足跡、そして手がかりである。このように、これらの本は男性的な世界観に基づいている。職業小説は、少女を正式に社会に送り込み、結局のところ美化されたメイドサービスに過ぎない仕事に対して報酬を与えることで、女性らしさの標準的な繊細さ、従順さ、そして退屈さを美化している。少女は自分の才能を活かすためには、謎を詮索するしかないのだ。(The Girl Sleuth by Bobbie Ann Mason p.123)

 少年向けのジュヴナイル・ミステリには、このようなリアルな職業につく探偵ものがあまりなく*5、少女向けの作品にのみ多数あるのか。その答にもなっているだろう。

 読者が興味のある職業の業務内容を紹介するとともに、その職場で働く人が探偵となって事件を解決するミステリは、現在の日本にも多数ある。本屋、古本屋、図書館、珈琲店、スープ屋、出版社などなど、探偵のいる職場は枚挙にいとまがないほどだ。1940年代から1950年代のアメリカでは、それが少女小説の一分野として提供されていたのである。

 もちろん、キャリア・ガールだけではない。ナンシー・ドルーやハーディー・ボーイズは第二次大戦中も戦後も変わらぬ活躍をしているし、ジュディ・ボルトン・シリーズは戦中の数年の空白の後、1946年から再開している。そこに強力な新メンバーが加わった。少年探偵ジュナのシリーズだ。

 邦訳ではすべて作者はエラリー・クイーンとなっていて、本についた解説でもアメリカの著名な二人組探偵作家が書いたとあるが、本国ではエラリー・クイーン・ジュニア名義で発表され、実際の執筆はサミュエル・ダフ・マッコイ Samuel Duff McCoy 他、複数のゴーストライターによるものだった。第一作『黒い犬の秘密』 The Black Dog Mystery (1941) 以下、1954年までに8作が上梓され、さらに1966年にもう一作追加された。

 ジュナはもともと国名シリーズでクイーン家の召使として登場していた少年の名だが、ここで探偵として活躍するのは同じ名前の別の少年である。おばのアニー・エラリーと暮らし、愛犬のチャンプを連れて銀行強盗やにせ札犯、隠された宝物などの事件で活躍する。戦中の数年に発表のブランクはあるが、戦後の作品を読んでも戦争の影はない。本人が書いたのではなくとも、(欧米ではめすらしい)著名作家の名義で発表されたためか、ジュナの推理も一般的なジュニア・ミステリよりは多少味がある。日本で1957年から講談社と早川書房で翻訳されたのも、新しい海外ミステリ紹介の意味があったのだろう。

 以上、アメリカのジュニア・ミステリに対し、この時代のイギリスで数多くの児童ミステリを書いた作家にイーニッド(エニード/エニド/イーニド)・ブライトン*6がいる。1920年代から執筆をはじめ、生涯に700冊を超える作品を発表した。作品の傾向は多岐にわたり、詩や戯曲、ファンタジー童話、学園物語も多い。1938年の The Secret Island あたりから冒険小説を書きはじめ、以後、多作なベストセラー作家になった。邦訳もされたミステリ系の作品として、フェイマス・ファイブ・シリーズ(The Famous Five 1942年から1963年まで21冊)や〈五人と一匹〉シリーズ(The Five Find-Outers 1943年から1961年まで15冊)、シークレット・セブン・シリーズ(The Secret Seven 1949年から1963年まで15冊、短篇7作)、〈冒険〉シリーズ(1944年から1955年まで8冊)などがある。各シリーズはめちゃくちゃ多いわけでもないが、この他にも多数のシリーズがあり、一人の作家が書いた記録としてはトップクラスだろう。

 フェイマス・ファイブ・シリーズはランサムの影響が濃い休暇物語で、海辺の町に休暇でやってきた三人兄妹と、そのいとこの少女、それに少女の愛犬を入れた五人組の冒険が描かれる。このいとこの少女ジョージーナが、男名前のジョージと呼ばれないと答えない、若草物語以来の伝統的な〈おてんば娘〉で、冒険を主導する。これに毎回、誘拐事件や密輸業者、宝石泥棒などがからむ。休暇のたびにあちこちに出かけるが、登場人物たちはいつまでも歳をとらない。抄訳ではあるが、実業之日本社で第六作まで翻訳されている。

 対して〈五人と一匹〉シリーズは主に町でおこる事件を描き、冒険よりも探偵活動が中心となる。二組の兄妹に、町に引っ越してきた少年、それに少年の愛犬が仲間となって、さまざまな事件を解決する。かつて実業之日本社から第八作まで翻訳され、近年、早川書房で第一作の完訳が出たものの、後が続かなかったのは残念である。全員が比較的裕福な家庭の子どもたちで、町に引っ越してきた少年が問題児(のちにグループを先導して探偵役となる)というものフェイマス・ファイブ・シリーズと似ていなくもない。シークレット・セブン・シリーズにも七人グループに愛犬がいるし、〈冒険〉シリーズも二組の兄妹にオウムのチームだから、ブライトンの得意とするところなのだろう。

 邦訳されたシリーズをいくつか読んでみると、たしかに読後感はみな似たようなものだが、事件や冒険のエピソードはそれぞれ工夫がこらされ、全体に軽い味付けなこともあって、案外読み飽きない。このあたりが、長年シリーズを続けられた要因なのに違いない。娯楽読み物は傑作が一作よりも(それも重要だが)、似たような作品が無数に必要なのである。

 邦訳はないものの、この時期のブライトンと似たような作品に、マルコム・サヴィル*7の〈ローン・パイン〉シリーズがある。1943年から1978年までの35年間にわたって書かれ、大人の監視なしに子どもたちが冒険をしたり、奇妙な場所を探検したり、悪者と遭遇したりする〈フェイマス・ファイブ〉に似た冒険物語らしい。

 こうした娯楽作品とは別に、戦後のイギリスの児童文学には新しいタイプの作家が次々と登場する。『人形の家』(1947) のルーマー・ゴッデン〈ナルニア国物語〉(1950~ ) のC・S・ルイス『床下の小人たち』(1952) のメアリー・ノートン、歴史に翻弄される人々を描いた『第九軍団のワシ』(1954) のローズマリー・サトクリフ『ハヤ号セイ川をいく』(1955) や『トムは真夜中の庭で』(1958) のフィリッパ・ピアスなど、現在もファンの多い作家たちがこの時期に名作を残し、20世紀児童文学の第二の黄金時代と呼ばれている。戦前までの明るく楽しいだけの作品と違い、そこには戦争が暗い影を落としている。『人形の家』では子どもの本にはじめて殺意が持ち込まれ、『床下の小人たち』の小人は、魔法は使えても人間に依存しなくては生きていけないのだ。*8また、そこでは児童文学のテーマを引き立てるために、ミステリのさまざまな手法が違和感なく使われるようになった。例えば『ハヤ号セイ川をいく』は詩の謎を解いて宝を発見する物語だし、『トムは真夜中の庭で』はタイム・ファンタジーだが、ラストの意外性によってテーマを明確にしている。ウィリアム・メインもまた、『五月のミツバチ(未訳)』A Swarm in May (1955) やカーネギー賞を受賞した『草の綱(未訳)』A Grass Rope (1957) などで、宝探しをモチーフに現在と過去とを密接に結びつけようとした。*9

 黄金時代を経て、1930年代の後半から1940年代にかけてのイギリスでは、ミステリに新しい流れが生じていた。『野獣死すべし』(1938) のニコラス・ブレイク『ハムレット復讐せよ』(1937) や『ある詩人への挽歌』(1938) のマイクル・イネス『判事への花束』(1936) のマージェリー・アリンガム『死の序曲』(1939) のナイオ・マーシュらが登場し、彼らの作品では登場人物の性格描写はより深みを増し、人形のような人物が作者に与えられた役割を果すだけの作品は少なくなる。しかし、黄金時代から続くプロット重視の作風が廃れたわけではない。謎解きの面白さに加えて、小説として厚みのある作品が増えていった。大衆から知識人までミステリをよく愛し、他分野で名を成した人々も興味を示し、執筆もしたイギリスならではの現象である。これにより、ミステリそのものの世界が広がると同時に、ミステリという形式がさまざまに利用できる可能性がひろがった。こうした流れと、児童文学にミステリの手法が持ち込まれるようになったこととは、決して無関係ではあるまい。

 そのいい例が、セシル・デイ=ルイス*10『オタバリの少年探偵たち』The Otterbury Incident (1948) だろう。なにせ作者は、ニコラス・ブレイクの名で名作ミステリを多数執筆した人物なのだから。

 第二次世界大戦の戦禍が残るイギリスの街オタバリで、二組の少年たちが戦争ごっこに明け暮れている。その中のひとりがガラスを割るが、家が貧乏で弁償ができない。そこで少年たちは一旦休戦し、全員でさまざまなアイディアを出してお金を稼ぐことにする。ところが、そうやってせっかく集めたお金が、リーダーの少年が盗んだとしか思えない状況でなくなってしまうのだ。疑心暗鬼におちいり、仲間割れとなる少年たち。語り手の少年は消えたお金の謎を解き、ふたたび力を合わせて悪党たちから取り返すことになる。

 『エーミールと探偵たち』を始祖とする、少年探偵たちの絆を描いた作品である。フランス映画を原作にしたもので、どこまで原作に忠実なのかは不明だが、少年たちの日常や一致協力する過程が活き活きと描かれ、さすがに読みごたえがある。『エーミールと探偵たち』には謎解き要素はほとんどなかったが、こちらは盗難事件の謎に不可能味があって面白い。児童文学として優れ、なおかつジュヴィナイル・ミステリとしても一級品といえよう。

 ジョフリー・トリーズ*11はロビンフッドを主人公にした左翼的な作品『豪族たちに向けられた弓(未訳)』 Bows Against the Barons (1934) でデビューし、主に歴史物語で名を成した児童文学者である。その頃からミステリ的な手法に関心があったようで、歴史冒険ものの『反逆の合図(未訳)』Cue for Treason (1940) は、二人の若い家出少年が旅芸人の役者になり、後にロンドンに移り住んでウィリアム・シェイクスピアと親しくなる。やがてエリザベス女王の命を狙う陰謀に気づき、それを阻止しようする物語らしい。

 戦後は寄宿舎ではなく「大多数の子どもたちのように通学校(day-school)に通っているほんとうの少年少女を描いた、現実に即した物語」*12として『この湖にボート禁止』No Boats on Bannermere (1949) 以下のバナーメア・シリーズ4作を執筆した。これは「戦後の社会の急速な変化を子どもの眼を通して描いた」*13作品であると共に、新しいタイプのジュヴィナイル・ミステリでもあった。

 バナーメア(旗の湖)のシリーズは、別荘を貰い受けて南部から移ってきた一家の子どもたちを主人公にするもので、そのうちのひとり、作家志望の少年ビル・ベルバリーの手記という体裁をとっている。ランサム作品群との決定的な差異は、ありふれたものに冒険心をそそるような生命を吹き込む約束事を排し、インナー・アドヴェンチャアの世界を脱していることで、したがって主人公の少年たちは、現実との接触の中に現実的な冒険を見出さねばならない。そのとき、冒険と一緒に社会的テーマをも背負わされるのは必然であろう。たとえば『この湖にボート禁止』(1949) では、題名の如く湖でのボート遊びを禁じる領主の秘密を探るうちに考古学的発見がもたらされ、そのとき学問的価値のある文物を私利のために秘かに売却する犯罪行為に逢着する。また『黒旗山のなぞ』(1950) ではより一層ストレートに、軍用接収されたままになっている土地の返還をめぐる問題が扱われている。このように生の現実にふれればそれだけ社会問題がクローズ・アップされてくる。不思議な謎に出くわし、好奇心に駆られてその開明に尽力し、答を得ればそれですべて終りというわけにはゆかない。この結果、物語があらぬ方向へ独走し、抱かれたロマンスが無惨にも砕けるのをどうすることもできない。これは戦争の後遺症であろうか。(谷口俊彦「悪漢と少年たちの楽園」)

 この時期には、リチャード・チャーチ*14『地下洞穴の探検』The Cave (1950) で、少年たちのグループが偶然発見した洞穴を探検するリアルな冒険物語を書いた。続編の『ふたたび洞穴へ』Down River (1957) では密輸団とかかわることになる。ここでも、犯罪との遭遇はサスペンスをもりあげるだけでなく、少年たちの団結を明確にする役割を果たしている。

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◆参考資料
「悪漢と少年たちの楽園~ジュヴナイル・ミステリ雑考」谷口俊彦[『帝王』9号/1978]→「悪漢と少年たちの楽園」と表記
『子どもの本の歴史 英語圏の児童文学』(1965/74) J・R・タウンゼント/高杉一郎訳[岩波書店 1982]→『子どもの本の歴史』と表記
The Oxford Companion to Children's Literature (1984) 『オックスフォード世界児童文学百科』ハンフリー・カーペンター、マリ・プリチャード編/神宮輝夫=監訳[原書房 1999]→『世界児童文学百科』と表記
The Oxford Companion to Children's Literature 2nd edition (2015) 『新版オックスフォード世界児童文学百科』ダニエル・ハーン編/白井澄子・西村醇子・水間千恵=監訳[原書房 2023]→『世界児童文学百科/新版』と表記
The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing (1999) by Rosemary Herbert ed. →Oxford M と表記
『英米児童文学史』瀬田貞二・猪熊葉子・神宮輝夫[研究社 1971]
『はじめて学ぶ英米児童文学史』桂宥子・牟田おりえ編[ミネルヴァ書房 2004]
The Girl Sleuth -On the trail of Nancy Drew, Juddy Bolton, and Cherry Ames  by Bobbie Ann Mason (1975/1995) →The Girl Sleuth と表記

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◆作品案内(邦訳のみ)
〈少女・世界推理名作選集〉金の星社 1962-1966 全30巻 ★装幀を変えて何度か再刊。一部は語句を修正してフォア文庫に入っている。少女探偵ものに加え、クリスティ、ラインハート、ヒルトン、ウールリッチ(アイリッシュ)の作品のリライトも。
『銀翼の少女』    Silver Wings for Vicki (1947) ウェルズ/白木茂訳[講談社/世界少女小説全集 1957]
『空駆ける少女探偵』The Mystery of the Vanishing Lady (1954) ヘレン・ウエルズ/岡上鈴江訳[ポプラ社/ジュニア世界ミステリー 1968]
『人形の家』(1947) ルーマー・ゴッテン/瀬田貞二訳[岩波少年文庫]
『ハヤ号セイ川をいく』(1955) フィリッパ・ピアス/ 原田勝訳[岩波少年文庫]/ 足沢良子訳[講談社青い鳥文庫]
『トムは真夜中の庭で』(1958) フィリッパ・ピアス/高杉一郎訳[岩波少年文庫]
『オタバリの少年探偵たち』The Otterbury Incident (1948) セシル・デイ=ルイス/瀬田貞二訳[岩波少年文庫]/脇明子訳[岩波少年文庫/新訳]
『この湖にボート禁止』No Boats on Bannermere (1949) ジョフリー・トリーズ/多賀京子訳[福音館書店→福武文庫]
『黒旗山のなぞ』(1950) ジョフリー・トリーズ/田中明子訳[少年少女学研文庫 1971]
『地下洞穴の探検』The Cave (1950) リチャード・チャーチ/大塚勇三訳[岩波少年少女文学全集 1962]
『ふたたび洞穴へ』Down River (1957) リチャード・チャーチ/大塚勇三訳[岩波少年少女文学全集 1962]

■ジュナ・シリーズ/エラリー・クイーン・ジュニア ★邦訳はすべてエラリー・クイーン名義
The Black Dog Mystery (1941)『黒い犬の秘密』西脇順三郎訳[早川書房/ジュニア・ミステリ→ハヤカワ文庫Jr]/『黒い犬と逃げた銀行強盗』中村佐千江訳[角川つばさ文庫]
The Golden Eagle Mystery (1942)『金色の鷲の秘密』内村直也訳[早川書房/ジュニア・ミステリ→ハヤカワ文庫Jr]/『金色のわしの秘密』亀山龍樹訳[講談社/少年少女世界探偵小説全集]
The Green Turtle Mystery (1943) 『緑色の亀の秘密』中村保訳[早川書房/ジュニア・ミステリ→ハヤカワ文庫Jr]/『ゆうれい屋敷の秘密』白木茂訳[講談社/少年少女世界探偵小説全集]/『幽霊屋敷と消えたオウム』中村佐千江訳[角川つばさ文庫]
The Red Chipmunk Mystery (1946) 『赤いリスの秘密』中村能三訳[早川書房/ジュニア・ミステリ→ハヤカワ文庫Jr]/『赤いりすの秘密』亀山龍樹訳[講談社/少年少女世界探偵小説全集]
The Brown Fox Mystery (1948) 『茶色い狐の秘密』福原麟太郎訳[早川書房/ジュニア・ミステリ→ハヤカワ文庫Jr]
The White Elephant Mystery (1950)『白い象の秘密』石井桃子訳[早川書房/ジュニア・ミステリ→ハヤカワ文庫Jr]
The Yellow Cat Mystery (1952) 『黄色い猫の秘密』 村岡花子訳[早川書房/ジュニア・ミステリ→ハヤカワ文庫Jr]
The Blue Herring Mystery (1954) 『青いにしんの秘密』大久保康雄訳[早川書房/ジュニア・ミステリ→ハヤカワ文庫Jr]
The Purple Bird Mystery (1966) 『紫の鳥の秘密』駒月雅子訳[HMM2008/02-04] ★ジェイムズ・ホールディングが執筆

■エニード・ブライトン/フェイマス・ファイブ The Famous Five
Five on a Treasure Island (1942) 『宝島への大冒険』眞方陽子訳[実業之日本社 2003]/『それ行け!宝島へ こちらおなじみ探険隊』佐伯紀美子訳[ポプラ社文庫 1986]
Five Go Adventuring Again (1943) 『キリン農場の秘密』眞方陽子訳 ★『宝島への大冒険』と合本/『秘密の迷路をさがせ! こちらおなじみ探険隊』佐伯紀美子訳[ポプラ社文庫 1987]
Five Run Away Together (1944) 『島にいるのはだけだ!』眞方忠道訳[実業之日本社 2004]/『謎のシグナルをさぐれ! こちらおなじみ探険隊』佐伯紀美子訳[ポプラ社文庫 1988]
Five Go to Smuggler's Top (1945) 『謎の屋敷と密輸商人』眞方陽子訳 ★『島にいるのはだけだ!』と合本
Five Go Off in a Caravan (1946) 『サーカス団の秘密』眞方忠道訳[実業之日本社 2004]
Five on Kirrin Island Again (1947) 『海底トンネルの冒険』眞方陽子訳 ★『サーカス団の秘密』と合本

■エニード・ブライトン/五人と一匹 The Five Find-Outers ★実業之日本社版はのち三編(最後だけ二編)づつの合本で再版/その際、一部題名と文章を変更
The Mystery of the Burnt Cottage (1943)『火をふく小屋』三津村卓訳 [実業之日本社 1964/2002]/『見つけ隊と燃える小屋のなぞ』河合洋一郎訳[ハヤカワ・ジュニア・ミステリ]
The Mystery of the Disappearing Cat (1944)『きえたシャムネコ』→『消えたシャムネコ』内田庶訳[実業之日本社 1964/2002]
The Mystery of the Secret Room (1945)『ひみつのへや』→『ミルトン屋敷の謎』勝又紀子・松本理子訳[実業之日本社 1964/2002]
The Mystery of the Spiteful Letters (1946) 『いじわるな手紙』三津村卓訳[実業之日本社 1964/2002]
The Mystery of the Missing Necklace (1947) 『くびかざりのゆくえ』→『首飾りのゆくえ』松本理子・勝又紀子訳[実業之日本社 1964/2002]
The Mystery of the Hidden House (1948) 『あやしい家』福島正実訳[実業之日本社 1964/2002]
The Mystery of the Pantomime Cat (1949) 『ぬいぐるみのネコ』→『着ぐるみのネコ』前田三恵子訳[実業之日本社 1965/2003]
The Mystery of the Invisible Thief (1950) 『見えないどろぼう』→『見えない犯人』勝又紀子・松本理子訳[実業之日本社 1965/2003]

■エニド・ブライトン/シークレット・セブン The Secret Seven
The Secret Seven (1949)『変装雪だるま怪事件 シークレット・セブン探偵ノート』佐伯紀美子訳[ポプラ社文庫 1988]/『ひみつクラブとなかまたち』立石ゆかり訳[オークラ出版 2007]
Secret Seven Adventure (1950)『夢のサーカス潜入事件  シークレット・セブン探偵ノート』佐伯紀美子訳[ポプラ社文庫 1988]/『ひみつクラブの大冒険!』大塚淳子訳[オークラ出版 2007]
Well Done, Secret Seven (1951) 『ひみつクラブとツリーハウス』草鹿佐恵子訳[オークラ出版 2007]
Secret Seven on the Trail (1952)『ひみつクラブと五人のライバル』加藤久哉訳[オークラ出版 2007]

■イーニッド・ブライトン/冒険シリーズ
The Island of Adventure (1944) 『冒険の島』村野杏訳[新学社文庫 1984]
The Castle of Adventure (1946) 『冒険の城』村野杏訳[新学社文庫]
The Valley of Adventure (1947) 『冒険の谷』村野杏訳[新学社文庫]
The Sea of Adventure (1948) 『冒険の海』村野杏訳[新学社文庫]
The Ship of Adventure (1950) 『冒険の船』村野杏訳[新学社文庫]
The Circus of Adventure (1952) 『冒険のサーカス』村野杏訳[新学社文庫]
The River of Adventure (1955) 『冒険の川』村野杏訳[新学社文庫]

 

 

*1:Helen Wells (1910-1986) なお、途中の数作はジュリー・タサム Julie Campbell Tatham (1908-1999) が執筆している。

*2:チェリー・エイムズ・シリーズと同様に、途中の数作はジュリー・タサムが書いている。

*3: Betty Cavanna (1909-2001)

*4:career novel 働く少年少女を主人公にした児童文学で、社会の矛盾を描く側面もあった。ノエル・ストレットフィールド Noel Streatfeild (1895–1986) の『バレエ・シューズ』(1936) やルース・ソーヤー Ruth Sawyer (1880-1970) の『ローラースケート』(1937)など。

*5:青年科学者や空軍パイロットなどの冒険ものは多い。

*6:Enid Blyton (1897-1968)

*7:Malcolm Saville (1901-1982) イギリスの作家、編集者。マイ・ガーデン誌の副編集長を務めた後、1954年にイーニッド・ブライトンが退社後の〈サニー・ストーリーズ〉の編集長を引き継いだ。

*8:『はじめて学ぶ英米児童文学史』

*9:『英米児童文学史』

*10:Cecil Day-Lewis (1904-1972) 桂冠詩人としても知られる。息子は俳優のダニエル・デイ=ルイス。

*11:Geoffrey Trease (1909-1998) 戦前から活躍するイギリスの児童文学者。

*12:『世界児童文学百科』「ジョフリー・トリーズ」の項

*13:『はじめて学ぶ英米児童文学史』

*14:Richard Church (1983-1972) イギリスの詩人、小説家で、児童文学も7冊書いた。

七月の屋根裏の散歩会

 

七月の散歩会は、駒込の地域文化創造館での開催となりました。

日時:7月25日(第四土曜日)午後2時より
場所:豊島区駒込地域文化創造館第4会議室(東京都豊島区駒込2-2-2)

読書会テキストは
『妖女のねむり』泡坂妻夫/創元推理文庫ほか
久々の泡坂作品です。

六月の屋根裏の散歩会

六月の散歩会は、6月20日(第三土曜日)に豊島区立南大塚地域文化創造館第六会議室にて開催されます。



会場は午後2時から。

読書会はおおむね午後3時から。

テキストは

『スペイン岬の秘密』エラリー・クイーン/角川文庫

なるべく新訳で。

 

ジュヴナイル・ミステリの系譜/世界篇(4)

■少年探偵・少女探偵の黄金時代 1920~1939 (その2)


 少年向けのミステリが冒険ものから発生しているのに対し、アメリカの少女向けのミステリの起源は家庭小説にあったことはすでに第二回で述べた通りだ。少年小説が冒険の合間にわずかな謎解きをしたように、少女小説における謎解きも、当初はささやかなものだった。

 少女向けミステリは1920年代に独自のジャンルとして確立した。それ以前は、少女小説におけるミステリは、物語に必要な葛藤を生み出すための副筋としての役割が大きかった。例えば、学校物語における試験用紙の紛失や、「シンデレラ」物語におけるヒロインの出自不明などが挙げられる。しかし、1920年代に大人のミステリ小説の人気が高まるにつれ、子ども向けの小説もそれに追随した。(Oxford M "Juvenile Mysteries")

 家庭小説が多く書かれたアメリカに比べ、イギリスでは「学校物語」school stories に根強い人気があった。「学校物語」は名前の通り子どもたちの学園生活、特に寄宿舎を中心にした作品で、一般にトマス・ヒューズ*1『トム・ブラウンの学校生活』(1857) によって開花し、タルボット・ベインズ・リード*2『われらセント・ドミニク校の五年生(未訳)』The Fifth Form at St. Dominic's (1881-82 連載) などが人気を呼んだ。

 少女向けの学校物語は、L・T・ミード*3の『少女たちの世界(未訳)』A World of Girls: The Story of a School (1886) が初の成功例で、女子の寄宿学校を舞台にした多くの作品の先駆けとなり、アンジェラ・ブラジル*4エルシー・ジャネット・オクスナム*5ドリタ・フェアリー・ブルース*6エリナー・メアリ・ブレンド=ダイヤー*7たちが後に続いた。

 また1890年代以降、文学になじみのない読者を対象とした学校物語が、少年向け少女向けを問わずイギリスの読物新聞*8にも多く登場しはじめる*9が、1920年代になって、そこにようやく少女探偵も現れた。イギリス最初のスクールガールの探偵は、1922年にハームズワースの〈スクールガールズ・ウィークリー〉誌に登場したシルヴィア・サイレンス Sylvia Silence だったという。*10作者はキャサリン・グリーンハルグ Katherine Greenhalgh となっていたが、実際は男性作家のジョン・W・ボビン*11が書いていた。シルヴィア・サイレンスは「少女シャーロック・ホームズ」The Girl Sherlock Holmes と呼ばれている15歳の少女で、ガウンを着てバイオリンを弾く探偵の父親がいるとのこと。セクストン・ブレイクを送り出したのと同じ発行元だから、その狙いはあからさまである。

 〈スクールガールズ・ウィークリー〉誌はさらに1933年にヴァレリー・ドルー Valerie Drew を送り出した。作者のアデリー・アスコット Adelie Ascott は同じくジョン・W・ボビンのペンネームである。こちらは18歳の勇敢な少女で、元スコットランドヤード警視総監の娘だ。第一作が That Amazing Room of Clocks というから、名前だけでなく題名までもアメリカの有名少女探偵の二番煎じ感がある。ボビンの死後、数人によって書き継がれ、1940年に打ち切りとなった*12

これらの初期作品の質はまちまちだったた。多くは、ミステリと学校物語、恋愛小説、家庭物語、冒険小説といったジャンルを、しばしばぎこちなく混ぜ合わせていた。より類型的な作品は、大人のミステリ小説で確立されつつあった「ルール」をしばしば破っていた。つまり、疑問は未解決のまま残され、解決は厳密な論理的推理ではなく偶然や幸運に頼り、重要な情報は読者に伏せられていたのだ。しかし、子どもたちが安全で予測可能なものを好む傾向があったためか、類型的な小説は最終的に少女向けミステリ小説のベストセラーとなった。(Oxford M "Juvenile Mysteries")

 さて、アメリカで不滅の少女探偵が登場した1930年、イギリスでもうひとりのナンシーが誕生している。登場時おそらく13歳の彼女は、探偵ではなく海賊だった。児童文学史に名を刻むアーサー・ランサムが創り出したキャプテン・ナンシイである。

 アーサー・ランサム*13は児童文学に「休暇物語」という冒険の新しいジャンルを創ったとされる。未知の世界への非現実的な冒険でも、日常の冒険でもない、休暇中という「期限付きの冒険」を描いた。

ランサムは、今日の私たちが「写実的」ということばで呼ぶような種類の物語を書いたわけではない。そうではなく、彼はヘボ文士たちや一九二〇年代のある種の文学的夢想家たちとはちがって、現実の子どもたちの現実の生活を、調子をおとして子どもたちにあわせるのではなく、ひたすら真面目に書いたのである。ランサムの作品は、イギリスの児童文学にあたらしい方向と刺激をあたえた。(『子どもの本の世界』)

 『ツバメ号とアマゾン号』(1930) からはじまる全12作はランサム・サーガとも呼ばれ、イギリスの湖水地方を舞台に、ウォーカー家の四人きょうだい(のち五人に)とナンシイとペギイのブラケット姉妹、さらに途中からカラム姉弟が加わって、長期休暇でのさまざまな冒険が描かれる。それぞれの作品はゆるやかな連続性をもち、島でのキャンプやセーリング、登山、金鉱探し、地図作りなどが「よりスケールの大きな冒険への「見立て」*14」として行われる。すなわち、小さな湖は大海に、地元民は土人もしくは野蛮人に、近くの山はヒマラヤに、氷結した湖上での遠足は北極探検となるのだ。「冒険ごっこ」ではあるものの、細部にわたって詳細に、きわめてリアリスティックに描写されているため、子どもたちだけの体験は、大人が実際に探検・冒険するほどの緊迫感と爽快感を生む。

伝統的ロビンソン変形譚につきものであったエキゾティックで非日常的な舞台を、想像力を介することによって、イングランドの湖沼地帯というきわめて現実的な空間に再現した作品(であり)、ランサム作品のこのような特徴を、マーティン・グリーンは、冒険の規模の縮小と評し、二十世紀のロビンソン変形譚が示した変化の方向性のひとつと位置づける。別の言い方をすれば、この変化は、文学における冒険の「質の変化」とも定義できる。すなわち、ランサム作品に見られるのは、非日常的空間での驚異的な経験を描いた伝統的な冒険ではなく、日常的空間での現実的な体験から生じる精神の解放と高揚のなかに見出される冒険であり、ランサムは冒険小説の新しい型を提示したのだ、とも解釈できよう。実際、こと児童文学史においては、遠く離れた異国で少年たちが経験する荒唐無稽な出来事を描いた十九世紀の冒険小説とは異なり、リゾート地で休暇を楽しむ子どもたちの戸外活動を描いた『ツバメ号とアマゾン号』は、休暇冒険物語という新たなジャンルを創出した作品として評価されてきた。(水間千恵『女になった海賊と大人にならない子どもたち』)

 登場する子どもたちはいずれも個性豊かだが、「なかでも、ナンシーとペギー姉妹は特筆に値する。女の子が主体性をもって冒険のなかに、当たり前のように自然に入っているのである。従来の冒険物語=少年小説、家庭物語=少女小説という公式がさわやかに破られている。*15」ナンシイは本当の名前ではない。アマゾン海賊を自認する彼女は、本名のルース(慈悲・優しさ)が海賊らしくないというので、自らナンシイと名乗ることにしたのである。先に挙げた女性作家による少女向け学校物語にもしばしば短髪の「おてんば娘」が登場し、彼女たちは仲間内での通称に少年の名を選んでいたという。*16これは『若草物語』のジョー以来のおてんば娘の伝統でもあり、「意識的であるかどうかにかかわらず、少年としてふるまい、少年として扱われたいという願望であり、その根底にあったのは男性のみが謳歌できた自由というものに対する女性の渇望であった。*17」ナンシイは子どもたちの冒険を常に先導するにもかかわらず、本来、船長が持っていなくてはならない六分儀の使い方や公海で船を導く技術には興味を示さない。いわば永遠の子どもであり、「男性の社会的地位を脅かす存在ではないのである。女性が描いたおてんば娘と、男性が描いたおてんば娘の違いがここにはっきりと表れている。*18

 また『ツバメ号とアマゾン号』には、ジム・ターナーおじの盗まれた原稿を子どもたちが取り戻すサブプロットがあり、「このような謎解きや宝探しの要素は、以後この新たなジャンルに名を連ねた作品につきものになっていくのである*19」。こうした謎解きが前面に現れるのが第九作にあたる『六人の探偵たち』(1940) *20である。第五作の『オオバンクラブの無法者』(1934) の続編にあたり、舞台はノ-フォーク州へと移って、地元の少年たちを中心に物語は展開する。オオバンクラブは湖や川辺に住む鳥類の保護活動をしている少年たちの集まりで、医者の息子のトムと小型船で生活する労働者階級の息子たち三人(兄弟ではない)がメインメンバーだ。そのメンバーたちが行く先々で、係留していたボートが流されたり、盗難事件が起こったりして、彼らに疑いがかかる。そこに休暇でやってきたのが、ドロシアのディックのカラム姉弟で、前作で友情を結んでいた彼らの濡れ衣を晴らそうと奮闘する。

 この時、「わたしたちに必要なのは探偵よ」と、きっぱりと宣言するのは、メンバー唯一の少女であるドロシアだ。オオバンクラブの小屋をスコットランドヤードと名づけると、真犯人を見つけるための証拠集めを少年たちに指示する。弟のディックは科学捜査担当で、自転車のタイヤの模様を書き写したり、指紋を確認したりと大活躍。しかし、なかなか手がかりが集まらなかったり、ようやく手に入れた証拠も、見方によってはかならずしも彼らの無罪を証明出来るものではなかったりと、安易な探偵ものと違い、子どもゆえの捜査の限界にもリアリティがある。そんな中で、ドロシアは「わたしは今あの悪漢になって、彼がかんがえていることを考えてるの」と敵の次の行動を読み、罠を仕掛ける。また入手した手がかりを整理し、そこから可能な推理の一覧表を作成するなど、大変な名探偵ぶりを発揮するのだ。たしかに「探偵ごっこ」の一面はあるのだが、仲間ちの無罪をはらすという動機があるため、「ごっこ」を超えた切迫感がある。ラストは決定的な証拠が間に合うかどうかのタイムリミットものになっていて、「児童文学が推理小説のスタイルを本格的に採用する可能性を初めて明確に示唆したという面において、ひとつの金字塔というに値しよう*21」。

 生粋の海賊で冒険や探検を主導するキャプテン・ナンシイと、探偵となって事件を解決しようとするドロシア。行動派と頭脳派、ふたつのタイプのヒーローが、ランサム作品においては、どちらも少女だったのである。

 ランサム・サーガのウォーカー家の五人きょうだいの原型は、ネズビッドの『宝さがしの子どもたち』に登場するバスタブル家の六人の子どもたちだろうが、以後、こうした男女混合のきょうだい・仲間での冒険・探偵ものは、児童文学で脈々と書き継がれる。ガートルード・ウォーナー〈ボックスカーのきょうだい〉イーニッド・ブライトン〈秘密〉シリーズ(1938~)や〈ファイマス・ファイブ〉(1942~)、〈シークレット・セブン〉(1943~) などが代表例だろう。

 そのひとつに、R・J・マクレガー*22『地下室の少年探偵団』The Young Detectives (1934) がある。マッキー(マッケンジー)家の五人の子どもたち(男三人、女二人)が、母親と共に手に入れたばかりの海辺の古い別荘に行き、そこで秘密の通路を見つけたことから冒険がはじまる。海岸に打ち上げられていた沈没船を探検したり、村の祭りに参加したりと、さまざまなエピソードを交えながら、やがて密輸事件へと発展する。大事件を背景にしているわりには、アメリカのストラテマイヤー・シンジケート作品ほどには荒唐無稽にならず、危険すぎるところには子どもたちを参加させないという良識が働いているあたり、見方によっては物足りなさを感じるかもしれない。家族構成だけでなく、父親が海外に出張中で不在というのも、『ツバメ号とアマゾン号』の影響が見られる。マクレガーは英米の児童文学辞典にも記載がない作家だが、出来はそう悪くない。当時のイギリスの児童文学のレベルの高さを示す作品と云えよう。なお、The Secret of Dead Man's Cove (1937) という続編があるらしい*23


 この時代の英米以外の国の子ども向けの作品に、ミステリがどの程度浸透していたかを確認する資料は、ほとんど見当たらない。フランスは英米に次ぐミステリの発達した国で、19世紀から大衆娯楽に犯罪ドラマが頻繁に取り上げられてきた。またジゴマ、ファントマ、ロカンボール、アルセーヌ・ルパンと、凶賊・怪盗・怪人の伝統がある。これらが児童にどう受容されていたのか、実のところよくわからない。おそらく、禁止されながらも隠れて読んでいたと思われるが、あくまで推測の域をでない。

 私市保彦『フランスの子どもの本』によれば、19世紀中頃からマリアット、バランタイン、フェニモア・クーパーと英米の冒険小説はよく翻訳され、児童たちに人気だった。なかでもよく読まれたのがメイン・リード*24で、ほとんどの作品が訳されたという。これらの影響でガブリエル・フェリーギュスターヴ・エマールなど、自国でもインディアンが活躍する冒険小説が生まれる。19世紀後半に児童向け図書の出版で大きな役割を果たしたのは、ルイ・アシェッ*25ピエール=ジュール・エッツェル*26で、アシェットは「鉄道文庫」という新しい流通ネットを創設し、1850年代~70年代にかけてセギュール夫人の童話を目玉にした「バラ色叢書」を出版する。一方、エッツェルはロマン派の大作家たちと親交を結び、さまざまな出版企画を立ち上げたが、やがて児童図書出版に力を入れるようになる。ジュール・ヴェルヌを見出すと、1864年に創刊した〈教育娯楽雑誌〉に「驚くべき冒険旅行」シリーズを掲載し、大評判となった。〈教育娯楽雑誌〉は「面白くてためになる」をモットーに、読者対象は子どもだけでなく家族全体を視野に入れていたようだが、青少年が中心ではあったから、ヴェルヌ作品がジュヴナイルとして受容されたのも当然であった。

 またロビンソンものも流行し、多くの類似作が書かれた。

(フランスでは)デフォーのもっていた実存的ともいえる極限の無人島体験や、ヴィーズの『スイスのロビンソン』にひきつがれた原自然から文化を創造するという文化英雄的な叙事詩は、漂流者たちが無人島で生活を建設するヴェルヌの壮大な作品『神秘の島』(1874~75) などをのぞけば、きわめて矮小化された形でしか再現されていないようだ。つまり、児童文学のなかに完全にとりこまれたロビンソンは、子どもを楽しませる娯楽的な読み物として流行したのである。(私市保彦『フランスの子どもの本』)

 世紀が変わって、1905年にはモーリス・ルブランアルセーヌ・ルパンがお目見えし、1907年にはガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』が発表される。これらの物語には少年探偵が登場するから、まず間違いなく子どもたちにも読まれていただろう。ルルーのルレタビーユものは1920年代まで書かれ、ルパンも長い活躍を続ける。ルパンの初期作品にはホームズもどきのイギリス探偵が登場するので、当然ながらホームズものはよく知られていたはずだ。

 純粋に児童向けに書かれた探偵もので判っているのは、ジャン・レイ*27ハリー・ディクソン Harry Dickson シリーズである。この探偵はもともとドイツのパルプ雑誌に1907年に登場していたが、ジャン・レイはそのオランダ版シリーズをフランス語に翻訳するよう依頼される。原作の質が低いと判断した彼は徐々に作品に手を入れ、やがて表紙の挿絵に沿って完全に書き直しはじめた。1929年にフランス版の「ハリー・ディクソン、アメリカのシャーロック・ホームズ」として刊行がはじまると、たちまち人気を呼んで、1930年代末までに200編ちかい作品が書かれた。*28

 ハリー・ディクソンはアメリカ生まれだが、イギリスで教育を受け、第一次大戦中はイギリス軍に入隊。戦後、ロンドンで開業した私立探偵だ。助手のトム・ウィルズ青年と共に、レーザー光線や遠隔操作装置、古代文明、呪術などを駆使する悪人たちと戦いを繰り広げる。岩波少年文庫で出た三冊にそれぞれ二編づつ入っている。フランス版セクストン・ブレイクといったところか。1930年代のフランスでは、アメリカ人がイギリスで活躍する話が受けていたのかという驚きがある。

 フランスではサン=テグジュペリやモリス・ドリュオン、アンリ・ボスコ、ミシェル・トゥルニエなど多くの一流作家が児童文学を執筆した*29らしいが、推理作家のピエール・ヴェリー*30もジュヴナイル作品『サン=タジールの失踪人(未訳)』Les disparus de Saint-Agil (1935) を書いている。高校の寮で生徒の失踪と殺人事件が起こり、弁護士プロスペール・ルピックが乗り出す*31。映画化もされて評判だったという。邦訳のある『サンタクロース殺人事件』L'Assassinat du père Noël (1934) にも同じ弁護士が登場する。

 この他、チェコの作家ヴァーツラフ・ジェザーチ*32『少年よ、彼を追え!(未訳)』Kluci, hurá za ním (1933) がある。『エーミールと探偵たち』に影響を受けた作品で、三人の少年が秘密の隠れ家からラジオを盗んだ犯人を追う。泥棒をつかまえると「貧しさゆえに物を盗んだということがわかり、社会悪の問題に目覚めるという話で、少年の心理がよくとらえられ、スリルがあり、しかもファンタスティックな作品」*33ということだ。同じ作者の邦訳のある『かじ屋横丁事件』Poplach v Kovářské uličce (1934) は強欲な商人に苦しめられている貧乏人たちを助けようと、少年が商人の秘密ノートを盗もうとする話で、当時の社会背景があったとはいえ、小金持ちの商人は卑劣で、貧しい人々はみんな善良という図式が、いささか鼻につく。

 1920年代は日本のミステリ(=探偵小説)が大きく発展した時期である。1920年に〈新青年〉が創刊され、1921年に横溝正史が、1923年に短篇「二銭銅貨」で江戸川乱歩が同誌にデビュー。甲賀三郎、大下宇陀児らがそれに続いた。また児童向けの雑誌としては後発だった〈少年倶楽部〉(1914年創刊)が、華宵事件*34をきっかけに編集方針を一新し、躍進した時期でもあった。吉川英治『神州天馬俠』(1925.5~)を筆頭に、1927年には高垣眸『豹の眼』(1927.1~)、大佛次郎『角兵衛獅子』(1927.3~)、佐藤紅緑『あゝ玉杯に花うけて』(1927.5~)、佐々木邦『苦心の学友』(1927.10~) が立て続けに連載をはじめ、山中峯太郎『敵中横断三百里』(1930.4~) が続く。まさに大衆児童文学の黄金時代といえよう。

 探偵もので先陣を付けたのは、〈新青年〉の編集長だった森下雨村である。佐川春風の筆名で1916年に『怪星の秘密』(少女の友)を連載したのが最初で、〈少年倶楽部〉には「少年探偵富士夫の冒険」(1923.3~4) から『幻影魔人』(1925.9~26.9) まで合計8作の池上富士夫シリーズを発表した。池上富士夫は学校を辞めて民間の白井秘密探偵局に就職している16、7歳の少年で、数々の事件を解決し、天才少年探偵としてすでに名が通っている。第一話で真珠を取り戻したお礼に富豪令嬢にもらったオートバイに乗って活躍する。ハーディー・ボーイズよりも登場が早く、また変装したり徒手空拳で凶悪な悪人と闘ったりと、命知らずの活躍の程度も上をいっている。むしろ、ニック・カーターやセクストン・ブレイクの少年版といったところか。

 その後、森下雨村名義で、1933年1且から翌年2月にかけて、5篇の東郷富士夫シリーズを発表、短篇集『謎の暗号』(1934)としてまとまった*35。こちらの主人公は、フジー東郷とも呼ばれる、東郷富士夫少年である。

 (彼は)非常勤とはいえ警視庁という国家機関に勤務している。(池上富士夫との)両者の設定の違いに、発表された時代の空気の違いが反映している。
 東郷富士夫はアメリカ育ちの孤児で、英、仏、独語に堪能であったため、亡父の友人の紹介で警視庁特高外事課に出入りし、米、独スパイの摘発に貢献する。「暗号創作をやり、暗号で教師の悪口など書いた」(山中恒)ほどの影響を少年読者に与えた「謎の暗号」は、富士夫の語学力と暗号を解く能力、つまり知性が事件を解決するという趣向だが、2作目の「電気水雷事件」、3作目の「間諜?怪盗?」ではオートバイでの追跡、モーターボートと快速汽艇の追跡ごっこ、飛行機への搭乗など、冒険活劇の要素が取り込まれた。また4作目の「知恵の戦い」では、最後に敵国スパイ団の偵察機を日本海軍の戦闘機が撃墜する、軍事愛国物的な趣向も取り込んでいる。ところで4作目までは日本陸海軍の機密を暴こうとする米独のスパイとそれを阻止しようとする日本の警視庁と富士夫という枠組みが共通しているが、5作目「消えた怪盗」はこれに当たらない。自動車のタイヤについた泥や足跡、指紋の採取、聞き取り捜査など、いわゆる科学的捜査方法が持ち込まれている点も注目される。(大阪国際児童文学振興財団「日本の子どもの本100選」/解題・書誌作成担当 相川美恵子 http://www.iiclo.or.jp/100books/1868/htm/frame071.htm

 小酒井不木も早くに少年向けの探偵小説に手を染めた。〈子供の科学〉1924年12月から「紅色ダイヤ」を連載。以後、8編を同誌に書き、『少年科学探偵』(1926) としてまとまった。シリーズキャラクターの塚原俊夫少年はまだ12歳だが、小学校を中退して独学で勉強し、動植物・鉱物・物理・医学に通じている。犯罪者相手の探偵は危険だからと、両親が雇ったを柔道三段の助手が語り手となる。こうした知識で大人の鼻を明かすことは、いつの時代も少年少女のあこがれであろう。また最後の「玉振時計の秘密」は倒叙式探偵小説になっているのがめずらしい。小酒井不木はその他にも〈日本少年〉〈少年倶楽部〉〈少女倶楽部〉にも短篇を発表した。

 甲賀三郎も1930年7月の〈少年倶楽部〉に掲載された「お初桜事件」を手始めに、「贋紙幣事件」(1930.8)、「白鳥丸の宝石」(1931.1) と同誌に作品を発表。最初の二編では、級長の森春雄少年が探偵役となって謎を解く。森下雨村や小酒井不木と違い身近な事件をあつかって、ほのぼのした味わいがある。

 横溝正史には多くの少年向け探偵小説があるが、戦前のものとしては、〈少年世界〉に『怪人魔人』(1927/森下雨村名義)、『渦巻く濃霧』(1928)、『曲馬団に咲く花』(1928)、『鋼鉄仮面王』(1931) などを連載、また〈少年倶楽部〉には短篇「仮面の怪賊」(1931) を書いた。その後、結核に倒れたこともあり、少年ものはしばらく途絶えるが、〈新少年〉に『幽霊鉄仮面』(1937-38)と『深夜の魔術師』(1938-39) を連載している。

 江戸川乱歩が少年ものを書きだしたのは、〈少年倶楽部〉の歴史の中ではかなり遅い時期だった。しかし1936年1月からに『怪人二十面相』 の連載がはじまると、「この少年ものの第一作がまた、例によって非常な好評を博したのである。(中略)筋はルパンの焼き直しみたいなもので、大人ものを書くよりこの方がよほど楽であった。ところが、少年雑誌に従来そういうものがなかったと見えて、大いに受けた*36」。怪人対名探偵という英米仏の大衆小説に古くからあるパターンを利用し、探偵役には、すでに蜘蛛男や魔術師、黄金仮面、黒蜥蜴ら怪人・怪美女と闘っていた明智小五郎を起用し、新たに助手の小林少年を配するといった工夫がみられる。

 従来の少年物が少年を名探偵に仕立てたことが、非現実に思えてきたのに対し、この小林少年の役割を名探偵の助手にもってきたのがまだしも実在感に近づける効果があった。それに乱歩は海外探偵小説の子供に喜ばれそうなトリックを咀嚼してとりこむことに躊躇しなかった。大人向きの作品であれば、換骨奪胎を指摘されるところだが、少年物の場合にはそういう斟酌がなされなかったのである。(『少年小説大系 第7巻/少年探偵小説』解説/中島河太郎)

 「大人ものを書くよりこの方がよほど楽であった」と乱歩が回想しているのは、この従来のトリックの安易ともいえる再使用だろうが、不可思議な事件に出会った少年の不安や恐怖を描く筆力はさすがで、手抜きのかんじは一切ない。他の探偵作家のジュヴィナイル作品が短期間で消えていったなかで、長らく読み継がれたことが、なによりも作品の出来を証明している。

 第二作の『少年探偵団』(1937) で小林少年を団長とする探偵団が結成され、『妖怪博士』(1938)、『大金塊』(1939) とシリーズは続いた。この頃から戦時色が濃厚となり、探偵小説は書きづらくなる。次の『新宝島』(1940-41) は海洋冒険もの、さらに筆名を変えて「知恵の一太郎」(1942-43) を発表したところで、戦前の作品は途絶える。児童読物だけでなく、探偵小説全体が日本から消えていった。


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◆参考資料
「悪漢と少年たちの楽園~ジュヴナイル・ミステリ雑考」谷口俊彦[『帝王』9号/1978]→「悪漢と少年たちの楽園」と表記
『子どもの本の歴史 英語圏の児童文学』(1965/74) J・R・タウンゼント/高杉一郎訳[岩波書店 1982]→『子どもの本の歴史』と表記
The Oxford Companion to Children's Literature (1984) 『オックスフォード世界児童文学百科』ハンフリー・カーペンター、マリ・プリチャード編/神宮輝夫=監訳[原書房 1999]→『世界児童文学百科』と表記
The Oxford Companion to Children's Literature 2nd edition (2015) 『新版オックスフォード世界児童文学百科』ダニエル・ハーン編/白井澄子・西村醇子・水間千恵=監訳[原書房 2023]→『世界児童文学百科/新版』と表記
The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing (1999) by Rosemary Herbert ed. →Oxford M と表記
『英米児童文学史』瀬田貞二・猪熊葉子・神宮輝夫[研究社 1971]
『はじめて学ぶ英米児童文学史』桂宥子・牟田おりえ編[ミネルヴァ書房 2004]
『はじめて学ぶ日本児童文学史』鳥越信編編[ミネルヴァ書房 2001]
『フランスの子どもの本』私市保彦(きさいち やすひこ)[白水社 2001]
『児童文学―はじめの一歩』三宅興子・島式子・畠山兆子[世界思想社 1983]
〈学校図書館〉1980年11月号
Encyclopedia of Mystery and Detection (1976) by Chris Steinbrunner and Otto Penzler
『女になった海賊と大人にならない子どもたち ロビンソン変形譚のゆくえ』水間千恵[玉川大学出版部 2009]
『少年小説大系7巻 少年探偵小説集』解説/中島河太郎[三一書房 1986]
『かじ屋横丁事件』解説/イワン・クロウスキー[岩波少年文庫 1971]

大阪国際児童文学振興財団「日本の子どもの本100選」 http://www.iiclo.or.jp/100books.htm
ミステリー・推理小説データ・ベース Aga-Search  https://www.aga-search.com/
シルヴィア・サイレンス https://peterchrisp.blogspot.com/2021/07/sylvia-silence-girl-detective.html
スクールガール・ウィークリー  https://www.friardale.co.uk/Schoolgirls'%20Weekly/Schoolgirls'%20Weekly.htm
Wikipedia (日本語版/English版)

◆作品案内
アーサー・ランサム全集 全12巻/神宮輝夫訳[岩波書店 1967-68]
『ツバメ号とアマゾン号』上下 アーサー・ランサム/神宮輝夫訳[岩波少年文庫 2010]
『オオバンクラブの無法者』上下 アーサー・ランサム/神宮輝夫訳[岩波少年文庫 2011]
『六人の探偵たち』上下 アーサー・ランサム/神宮輝夫訳[岩波少年文庫 2014]
『マッキー探偵団』R・J・マッグレゴア/能島武文訳[保育社の探偵冒険全集 1958]
『地下室の少年探偵団』R・J・マグレガー/久保田輝男訳[学習研究社/少年少女サスペンス推理編 1972]
『怪盗クモ団 名探偵ハリー・ディクソン1』ジャン・レイ/榊原晃三訳[岩波少年文庫 1986]
『地下の怪寺院 名探偵ハリー・ディクソン2』ジャン・レイ/榊原晃三訳[岩波少年文庫 1987]
『悪魔のベッド 名探偵ハリー・ディクソン3』ジャン・レイ/榊原晃三訳[岩波少年文庫 1987]
『サンタクロース殺人事件』ピエール・ヴェリー/村上光彦訳 [晶文社/文学のおくりもの 1980]
『かじ屋横丁事件』解説/イワン・クロウスキー[岩波少年文庫 1971]
『少年小説大系7巻 少年探偵小説集』[三一書房 1986]
『怪星の秘密―森下雨村空想科学小説集―』森下雨村[盛林堂ミステリアス文庫 2017]
『謎の暗号』森下雨村[講談社/少年倶楽部文庫 1975]
『横溝正史探偵小説選II』[論創ミステリ叢書 2008]
『幽霊鉄仮面』横溝正史[角川文庫]

 

*1:Thomas Hughes (1822-96) 弁護士、のち国会議員で、晩年は州裁判所の判事となる。兄と共に入学したラグビー校での体験をもとに『トム・ブラウンの学校生活』を執筆。ラグビー校は最高峰のパブリック・スクールで、ラグビーフットボールの発祥の地でもある。卒業生にはルイス・キャロルやアーサー・ランサムらがいる。

*2:Talbot Baines Reed  (1852-93) 〈ボーイズ・オウン・ペイパー〉誌に多くの学校物語を連載し、冒険物語に匹敵する人気ジャンルとして確立するのに貢献した。(『世界児童文学百科』)

*3: L. T. Meade (1854-1914) 少女雑誌〈アトランタ〉の編集者を経て作家になり、生涯で280冊以上の本を出版。少女向けジュブナイルを中心とした同時代の最も多産な作家のひとり。ミステリの分野でもロバート・ユーステスらとの合作で医学的なアイディアを取り入れた作品や、女殺人者マダム・サラのシリーズなどで知られる。

*4:Angela Brazil (1869-1947) 『恐ろしいおてんば娘』A Terrible Tomboy (1904) 『フィリッパの運命』The Fortunes of Philippa (1906) (すべて未訳)など、道徳的な教訓よりも娯楽を主な目的とした女学生小説の初期の作家。

*5:Elsie Jeanette Oxenham (1885-1960) アビースクール・シリーズ (1914~) で知られるイギリスの少女向け物語作家。エリナー・メアリ・ブレンド=ダイヤー、ドリタ・フェアリー・ブルースとともに、20世紀前半の少女向け物語作家のビッグスリーとされる。

*6:Dorita Fairlie Bruce (1885-1970) ディムジー・シリーズ (1921~1941) で知られるスコットランドの児童文学作。1920年代から1930年代にかけて、アンジェラ・ブラジルの作品に次ぐ人気を誇った。

*7:Elinor Mary Brent-Dyer (1894-1969) 全58巻の学園小説シャレー校シリーズ (1925-1970) が人気だった。

*8:story paper 文芸雑誌に似た定期刊行物で、挿絵と物語が掲載され、主に子供やティーンエイジャーを対象としていた。セクストン・ブレイクが活躍したのもこの読物新聞だった。

*9:『世界児童文学辞典』「学校物語」の項

*10:『世界児童文学百科』「推理小説」の項

*11:John William Bobin (1889-1935) セクストン・ブレイクの執筆者のひとりでもあった。

*12:The Schoolgirls' Weekly

*13:Arthur Ransome (1884-1967) 海外特派員として動乱期のロシアや中国を取材。のちに二番目の妻になる女性はトロツキーの個人秘書だった。

*14:水間千恵『女になった海賊と大人にならない子どもたち』

*15:『児童文学 はじめの一歩』

*16:『女になった海賊と大人にならない子どもたち』

*17:前掲書

*18:前掲書

*19:前掲書

*20:原題の The Big Six は初期のスコットランドヤードの犯罪捜査部にいた五人の名刑事、通称〈ビッグ・ファイブ〉に由来する。

*21:谷口俊彦「少年少女向推理小説の系譜」(「学校図書」1980.11)

*22:Reginald James MacGregor (1887-1961) 1920年代から1950年代にかけて数多くの書籍や戯曲を執筆したイギリスの児童文学作家(英語版wikipedia)。最初の邦訳『マッキー探偵団』では「マッグレゴア」と表記されている。

*23:wikipedia

*24:Mayne Reid (1818-83) アイルランド生まれ。20代にアメリカにわたり、新聞記を経てメキシコ戦争にも従事。1848年から第一作の『義勇兵たち』を書きはじめ、以後、多数の冒険小説を執筆。

*25:Louis Christophe François Hachette (1800-64)

*26:Pierre-Jules Hetzel (1814-86)

*27:Jean Ray 本名 Raymond Jean Marie De Kremer (1887-1964) ベルギー生まれ。幻想小説で知られるが、その他にも多くのペンネームで膨大な量の作品を書く。

*28:岩波少年文庫の解説のほか、wikipediaなど

*29:『フランスの子どもの本』

*30:Pierre Véry (1900-60) 『絶版殺人事件』(1930) でデビュー。EQやHMMなどに邦訳あり。

*31:前掲書

*32:Václav Řezáč (1901-1956) 児童文学から出発し、のちには心理小説も書いている。

*33:『かじ屋横丁事件』解説

*34:1924年に〈少年倶楽部〉の中心的挿絵画家、高畠華宵が画料の値切りが原因でライバル誌〈日本少年〉に移籍した事件。〈少年倶楽部〉は大打撃を受けたが、新しい画家や作家の起用で、この後、飛躍的に部数を伸ばす。

*35:1950年に偕成社から出た同名の本とは別の作品。

*36:『探偵小説四十年』

五月の屋根裏の散歩会

五月の散歩会は、駒込の地域文化創造館での開催となりました。

日時:5月23日(第四土曜日)午後2時より

場所:豊島区駒込地域文化創造館第4会議室(東京都豊島区駒込2-2-2)

テキストは「死んだら永遠に休めます」遠坂八重/朝日新聞出版

ジュヴナイル・ミステリの系譜/世界篇(3)

■少年探偵・少女探偵の黄金時代 1920~1939 (その1)

 1920年代になると探偵小説はジャンルとして確立し、いわゆる「黄金時代」に入る。子どもの世界でも、シャーロック・ホームズだけでなく、ニック・カーターやセクストン・ブレイクなど多くの読物の影響で、探偵は少年の憧れの存在となった。当然、それは児童文学の世界にも反映されていく。例えば、ヒュー・ロフティング (1886-1947) の『ドリトル先生の動物園』(1925) には、かつて探偵をしていたベルギー出身の犬、クリングが登場して、名推理で悪人をつかまえるエピソードがあるが、これなども、すでに探偵がポピュラーな存在になっていた証しだろう。「探偵」は子どもたちにも人気で、チャンスさえあれば自分でもやってみたいものとなっていた。1920年代、1930年代は少年探偵・少女探偵にとっても「黄金時代」であった。

20世紀初頭は、探偵小説ファン、特に若い読者にとってまさに黄金時代だった。小説家のブース・ターキントンは、「少年たちは、物語で犯罪者がいるところには必ず探偵が、時には何人もの探偵が登場することを、喜びと感謝の念をもって発見した」と記している。探偵は、書籍、ダイム・ノヴェル、コミック、新聞、雑誌、舞台劇、ラジオドラマ、そして映画など、あらゆる媒体に登場した。(Oxford M "Juvenile Sleuths")

 ここで名の挙がったブース・ターキントン (1869-1946) は、今ではすっかり忘れられているが、生前にピューリッツァー賞を二度も受賞したアメリカの著名作家で、少年ペンロッド・スコフィールドを主人公にしたシリーズがある。その三作目、『ペンロッド・ジャシュバー(未訳)』(1929) で、ペンロッドは犯罪と探偵小説に並々ならぬ興味を持ち、ホームズとモリアーティの対決を模倣した作品をこっそりと書いている。最初は悪党に肩入れいていたが、やがて探偵の方がずっと立派な存在だと考え、ジャシュバーという偽名を用いて推理と尾行を駆使し、盗まれた馬の謎を解き明かそうとする*1。トム・ソーヤーと同系統の悪童ものと考えていいだろう。

 探偵活動に乗り出す少年たちを描いたエポック・メーキングな作品は、アメリカでもイギリスでもなく、なんとドイツに現れた。今も読み継がれる名作、エーリッヒ・ケストナー『エーミールと探偵たち』(1928) である。

 英米に比べ、そのほかの国の児童文学史については、詳しい資料があまりない。数少ない資料、野村泫の『ドイツの子どもの本』と『世界児童文学百科』の旧版の「ドイツ」の項*2を参考に、19世紀以降のドイツの児童文学の流れをざっと追ってみると――

 19世紀初頭のロマン主義の時代に、それまで子どもだましと貶されていたメルヘンが文学の最高の形式とみなされるようになり、ディークの『金髪のエッグベルト』(1797)、フケーの『ウンディーネ』(1811)、シャミッソの『影をなくした男』(1814)、E・T・A・ホフマンの『くるみ割りとネズミの王様』(1816)、ハウフの『隊商』(1825) などが書かれ、そのいくつかは子どもにも与えられた。また1812年にはグリム兄弟による『子どもと家庭のための昔話』の初版が出た。いわゆるグリム童話で、これは非常に多くの国の児童読物に影響をあたえた。その後、ハインリヒ・ホフマンの人気絵本『もじゃもじゃペーター』(1845) などを経て、19世紀後半には多くの子ども向けの本が出版されるようになる。

 一方で、デフォー、フェニモア・クーパー、マリアットを手本にした冒険物語もさかんで、1870年代からカール・マイ*3の異国冒険小説が大変な人気となり、子どもたちも競って読んだ。もっとも有名なのは『アパッチの酋長ヴィネトゥー』(1893) からはじまる連作で、アメリカに渡った若きドイツ人がアパッチ族のヴィネトゥーと義兄弟の契りを結び、恋人の敵を討つために荒野を駆け巡る物語だ。

子どもの本の量的な発展の背後には、商業化の問題があります。啓蒙主義の子どもの本には、「教える」という誠実な目的がありました。そしてそれ以後、「教える」と「楽しませる」の総合が計られてきました。その痕跡は、『もじゃもじゃペーター』にも残っています。それが今や商業主義の打算に取って代わられることになりました。子どもが読者としてばかりでなく、お得意さん、消費者であることがわかってきたのです。商売となれば、子どもの人気を博し、親の賛成を得ることが不可欠です。印刷術の進歩がそれに拍車をかけました。機械による色彩印刷の発達が、見た目のきれいな本を安く大量に作ることを可能にしたのです。(『ドイツの子どもの本』)

 つまり低レベルの作品が蔓延したということらしいが、色刷りの豪華本というから、ペニー・ドレッドフルやダイム・ノヴェルのようなものではなく、親受けしやすい感傷的・教訓的なものを指している*4

 19世紀末に、「豪華なだけが取り柄の、趣味の悪い本の氾濫に対して、ヴォルガストというハンブルグの小学校の先生が革新運動を起こし*5」、子どもの読物であっても文学の一分野とみなし、知識や道徳の運搬手段ではなく、その芸術性を重要視せよ、と唱えた。こうしてクライドルフの『花のメルヘン』(1898) など芸術性の高い絵本が現れる。ザッパーの『愛の一家』(1906)、ボンゼルフの『蜜蜂マーヤの冒険』(1912) のあと、「画期的影響を及ぼした」作品としてケストナーの最初の子ども向け小説『エーミールと探偵たち』が上梓される。

 この作品のユニークな点は「子供の環境と言葉がありありと写されていること、子どもたちが理性的に振る舞い大人をリードすること、ユーモアがあふれていること*6だ。それが、少年たちが力を合わせてで悪人を追い詰める物語だったのは、ジュヴナイル・ミステリの歴史においても幸運だった。

 少年エーミールは祖母の家で休暇を過ごすために、ひとりで列車に乗ってベルリンに向かう。その途中で母が懸命に稼いだ大事なお金を盗まれてしまった。エーミールが警察にたよらず、自分で容疑者を追いかけようと決心したのは、スリルのためでも功名心のためでもない。ささいなことで警察に負い目があったからだ。といっても、エーミールはトム・ソーヤーのような悪童とはほど遠い。むしろシングル・マザーの母親をよろこばすために、決心して模範少年となったような子だ。そんな子が自ら道を切りひらいていかざるを得ない、切羽詰まった心情が、実にリアルなのである。だからスリルがよけい身をもって感じられるし、心細い状況での仲間たちの助けが何よりありがたく思えるのだ。子どもは大人たちのような権力や財力を持っていないが、彼らだけが持っているそれに勝る能力がある。

 また、探偵団のひとりひとりが個性的で魅力がある。これは〈ベイカー・ストリート・イレギュラーズ〉には見られなかった特徴で、ここで初めて、真の意味での〈少年たちの探偵団〉が誕生したといってもいいだろう。

 この作品はたちまち成功をおさめ、さまざまな国で少年少女の集団が悪人を追いつめる多くの模倣作、追従作を生んだ。ヴァーツラフ・ジェザーチ『少年よ、彼を追え!(未訳)』(1933)、リンドグレーン『名探偵カッレくん』(1946)、セシル・デイ・ルイス『オタバリの少年探偵たち』(1948)、ポール・ベルナ『首なし馬』(1955)、今江祥智『山のむこうは青い海だった』(1960)*7と、チェコ、スウェーデン、イギリス、フランス、そして日本の児童文学に探偵団は誕生してゆく。

 一方、アメリカでは1890年代から1910年代にかけて学校や地域での図書館活動が活発になり、児童読書週間の設定 (1919)、世界最初の児童文学の賞であるニューベリー賞の創設 (1922)、児童文学の書評専門誌〈ホーン・ブック・マガジン〉の創刊 (1924)、児童文学協会の設立 (1929) と続く。この時期のアメリカの児童文学界は活気にあふれていた*8

 1905年に創設したストラテマイヤー・シンジケートもいくつかの人気作を上梓していたが、ここにきてかつてないヒットを飛ばす。それがティーンエイジャーの兄弟が活躍するハーディー・ボーイス The Hardy Boys で、1927年にはじまり、何度かリニューアルしながら1997年までに127冊が刊行された。作者はフランクリン・W・ディクソンとなっていたが、もちろんこれはシリーズのための名前で、初期の作品はストラテマイヤーが設定した内容でレスリー・マクファーレン Leslie McFarlane (1902-1977) が執筆したという。1959年から初期作品を含めて大幅に改訂がなされ、その後も出版形態を変えながらシリーズは継続された。日本では1957年から58年にかけて保育社の〈少年少女探偵冒険全集〉で14冊が、1976年に読売新聞社の〈アメリカン・ジュニア・ミステリー・ブックス〉で10冊が翻訳されている。どちらも初期作品の紹介だが、保育社は改訂前の原作をもとにし、読売新聞社は改訂後のものと思われる。

 16歳(のちに18歳)の兄のフランクと15歳(のちに17歳)の弟のジョーの兄弟は、世界的に有名な私立探偵フェントン・ハーディーの息子であり、力を合わせて麻薬の密売、競走馬の誘拐、ダイヤモンドの密輸、銀行強盗、誘拐、爆破、窃盗、医療過誤、大規模な自動車窃盗などとたたかう。「正義は必ず勝つ、法を犯す者は裁かれると信じ、ハーディー兄弟は昼夜を問わず目的達成のために奔走する」。*9舞台はおおむね、兄弟たちが住む港町ベイポートで起こるが、メキシコやエジプト、ケニアなど外国に行くこともあった。*10二人は探偵の父親を尊敬していて、将来は自分たちも同じ職業につきたいと考えている。オートバイやモーターボートを乗り回しつつも、いざとなったら父親に相談し、また父親も兄弟をたよりにしている。母親は心配しつつも兄弟を応援するという、当時のアメリカの少年たちの夢がつまったような内容で、人気が出るのも当然だと思われる。友人たちも協力するが、あくまで主役はフランクとジョーの兄弟であり、探偵団とは違う魅力があった。

 続く1930年に、ストラテマイヤー・シンジケートはさらなる人気キャラクターを生み出す。現在に至るまで「少女探偵」の代名詞となっているナンシー・ドルー Nancy Drew の登場である。

 作者名キャロリン・キーン Carolyn Keene は例によってシンジケートが作った名前で、ナンシーのキャラクター設定と初期の執筆を行ったのはミルドレッド・ベンソン*11だった。ハーディー・ボーイズと同じに1959年から大幅な改訂がなされたものの、シリーズはなんと2003年まで続き、総数は175冊になる。その他にも別シリーズ・新シリーズがあり、映画・テレビ・グラフィックノヴェル・ゲームにと活躍した。ハーディー・ボーイスと共に21世紀になっても人気が衰えず、2007年と2019年に映画化がされるという、まさに伝説の少女探偵である。エドワード・ストラテマイヤーの生前のほぼ最後の企画だったが、これが数多くのシリーズの中でも最大のヒットとなった。

 邦訳も多数ある。秋元書房のジュニア・シリーズ(1956~) をはじめとして、保育社の〈少年少女探偵冒険全集〉(1957)、金の星社の〈少女・世界推理名作選集〉(1962~1966)、ポプラ社の〈ジュニア世界ミステリー〉(1968)、読売新聞社の〈アメリカン・ジュニア・ミステリー・ブックス〉(1976) などに収録された。その他単発でも紹介され、初期8作の改訂版が創元推理文庫からも出ている。

 ナンシーは16歳(改訂版では18歳)の金髪碧眼の高校卒業生*12。母親はすでに亡く、刑事弁護士の父カーソン・ドルーと家政婦のハンナ・グルーエンと暮らしている。かなり裕福で、誕生日に送られた青いロードスター(改訂版ではコンバーチブル)を駆って事件解決に奔走する。ハーディー・ボーイズはオートバイで登場するから、当時の男女のカッコよさの比較にもなろうか。

 霜月蒼の『ガールズ・ノワール』は、タフでクールなミステリ史上の女性ヒーローを論じた書だが、そんな女性の嚆矢、アガサ・クリスティー『秘密組織』(1922) で創造したタペンス・ベレズフォードと、クレイグ・ライス『時計は三時に止まる』(1939) で登場させたヘレン・ジャスタスが、共に車の運転が得意な設定になっている点を挙げて、「身体的な制約ゆえに意志を貫くことが困難な立場に置かれたとしても、(車という)マシンがその困難を乗り越えさせてくれる。それはパワーを――自由を、彼女たちに与えてくれるのだ。」と評した。スポーツカーを巧みに運転するナンシーの登場は、タペンスとヘレンの中間に位置する。ヘレンのキャラクターは明らかにスクリューボール・コメディに影響を受けているが、その嚆矢とされる「或る夜の出来事」(1934) よりもナンシーは先行している。その活躍は「マイク・ハマーでさえ二の足を踏むような状況にも果敢に挑んでいく*13」と揶揄されるほどで、まさにヘレン・ジャスタスの少女時代を彷彿させる。プロム・クイーンの容姿を持ちながら頭脳明晰、悪人のみならずボーイフレンドも手玉にとるナンシーは、日々、社会的・金銭的に我慢を強いられがちな少女たちの夢を実行していたわけで、長らく熱狂的な支持を得てきた。

 ナンシー・ドルー・シリーズのヒットを受け、ストラテマイヤー・シンジケートは同じ作者名でダナ・ガールズ The Dana Girls を世に送り出した。ダナ・ガールズはジーンとルイーズのダナ姉妹で、寄宿学校に通いながら探偵活動にいそしんでいる。両親亡く、叔父のネッド・ダナとその妹のハリエット・ダナが後見人で、休暇中はふたりの家に滞在する。1934年からはじまり、1968年までに30冊が発行された。ナンシー・ドルーとハーディ・ボーイズの設定を合わせてみたようだが、期待されたほどの人気は得られなかった。

 同じ1934年には、フランシス・K・ジャッド Frances K.Judd 名義で、ナンシーと同じ16歳の少女探偵シリーズがはじまる。『仮装舞踏会の秘密』以降、1942年までの18冊で活躍するケイ・トレーシー Kay Tracey は、ナンシーとは逆に新聞記者だった父が亡く、母親と暮らしている。兄代わりの青年弁護士が相談役となり、高校の同級生の双子姉妹と力を合わせて難事件を解決してゆく。邦訳は4作ある。

 さらに1939年には、上記のシリーズすべてにかかわったミルドレッド・ベンソンがストラテマイヤー・シンジケートとは関係なく、ミルドレット・ワート名義でペニー・パーカー Penny Parker を創り出した。1947年までの17冊に登場するこの少女探偵は、新聞社社長の一人娘で、高校生でありながら副業として記者も務めている。第一作の『魔法人形の秘密』がポプラ社から出ている。

 ナンシー・ドルーの最大の対抗馬は、マーガレット・サットン*14の赤毛の少女探偵ジュディ・ボルトン Judy Bolton かもしれない。1932年からはじまったシリーズは1967までに38冊あり、保育社、金の星社、ポプラ社、講談社と邦訳も多数出ている。

 ジュディは町医者の娘で、のちに記者になる兄がいる。『消える影の謎』(1932) で登場した時はまだ高校生だったが、永遠に年を取らないナンシーと違って、巻を追うごとに成長し、ジュディをめぐる人々の関係性も変わってゆく。例えば、ジュディの友人のアイリーンは昼間は紡績工場で働きながら夜間学校に通う少女だったが、第6作の『黄色い幽霊』(1933) に登場したハンサムな推理作家と恋におちいり、第10作の『消えたダイヤモンド』(1937) では娘が誕生するなど、シリーズものの楽しさにあふれている。ジュディ自身は裕福な建築技師アーサー・ファリンドン=ペットと弁護士ピーター・ドブスのふたりの求愛の間で揺れ動いたすえ*15、最終的にの幼馴染のピーターと結ばれる。ジュディの父親が住む家は富裕層と貧困層のちょうと中間に位置し、両方の人々に医療を提供している。そのため、ジュディの友人たちの社会的階層もさまざまで、また裁縫や掃除が苦手で絵がヘタなど、ナンシーのようにすべてが得意なワンダーガールではない。

少女探偵たちは、良くも悪くも女性の人生に多大な影響を与えてきた。彼女たちの「解放」は刺激的だった――ついに女性が評価されるようになった――が、それだけでは十分ではなく、時にはその解放は欺瞞に満ちていた。しかし、ジュディ・ボルトン・シリーズは、少女探偵という形式の中に、リアリズム、心理的な深み、そして誠実な価値観を最もよく表現しているように思える。そこには、田舎から都会へ移り住む少女、都市化と移住の問題、過去の意味の発見、アイデンティティの探求といった、明確なテーマがあり、子供たちの想像力を刺激するファンタジーや憧れも含まれている。(The Girl Sleuth by Bobbie Ann Mason p.90)

 クレア・ブランク*16の創造したベバリ・グレイ Beverly Gray は少々年齢が上である。1934年の第1作で登場した時には、バーノン大学の新入生となったばかり。第2作、第3作で順調に一年ずつ進学してゆき、卒業後は数作にわたり世界一周のクルーズに出る。大学生活や恋愛をからめながら、やがてヒロインがジャーナリストとなって事件を追うようになるシリーズだ。1955年までに26冊が書かれ、翻訳された『秘密の地図』(1938) は世界一周中の8作目だ。

 このシリーズは、(ストラテマイヤー)シンジケート作品のような洗練された構成や巧みな構成がないため、極めてムラがあり、プロットや統一性に弱みがある。(中略)物語に奥行きを持たせようとするあまり、クレア・ブランクはシンジケートの力に追いつけず、ベバリもジュディ・ボルトンほどリアルでダイナミックなヒロインでもなければ、ナンシー・ドルーほど魅力的なヒロインでもない。しかし、このシリーズが人気を博したのは、ベバリが少女探偵の中でも特に冒険心にあふれ、自立したキャラクターだったからだと思う。(The Girl Sleuth by Bobbie Ann Mason p.107)

 1940年代から戦後にかけての少女向きの娯楽小説には、こうした少女探偵に加えて、職業を持つ若い女性探偵も登場してくる。大学生からやがてジャーナリストになるベバリ・グレイは、その橋渡し役だといっていいだろう。

 こうして大量生産された少年探偵・少女探偵たちは、単純であるがゆえに、その時代の少年少女の夢をかなえ、長年にわたって読み継がれてきた。一冊一冊の出来不出来は問題にされず、またするようなものでもなく、ファンや論者が語るのはキャラクターの魅力(または欠点)のみである。したがって、ここに黄金時代のミステリ独自の面白さ、すなわち意外性、推理の切れ味、伏線の妙味、精緻な構成などを期待することはむずかしいし、すべきでもないのだろう。ジュヴナイル・ミステリの世界にそれが現れるためには、児童文学が提示するものが根本的に変わる時代を待たねばならない。

 少女探偵ばかりになったが、この時代のアメリカの一般的な児童読物はどうだったのだろうか。

 二つの戦争の間のアメリカ児童文学の傑作は、主として歴史物語や時代物語のなかから生れた。それらの物語は、当然のことながら、おおむねアメリカの歴史を扱ったものであった。好んでとりあげられたテーマは、東部海岸におけるヨーロッパの植民、独立戦争、および西部への進出であり、その立場は(中略)白人のアングロ・サクソン民族のものとなるのが普通であった。(『子どもの本の歴史』)

 19世紀後半にダイム・ノヴェルで西部物が流行り、20世紀になってパルプ・マガジンがそれに代わった。本格的なウェスタン小説はオーウェン・ウィスター*17『ヴァージニアン』(1902) あたりかららしいが、ここにきて児童文学でも自国の歴史を扱うようになったということだろうか。コーネリア・メグス*18『サイモンおじさんの庭(未訳)』(1916) Master Simon's Garden を嚆矢とし、チャールズ・ボートマン・ホーズ*19 の歴史冒険物語、人形の目を通してアメリカ史を語るレイチェル・フィールド*20『人形ヒティの冒険』(1929)[講談社/世界少女名作全集 1964]、エリザベス・コーツワース*21の開拓物語五部作などがあり、なかでも最も有名なのがローラ・インガルス・ワイルダー*22のインガルス一家の物語だろう。『大きな森の小さな家』(1932) の第一作から『大草原の小さな家』(1935) を経て、『この楽しき日々』(1943) までの八作は、現在もひろく読み継がれている

 この時期のもっと大衆的な子ども向け読物にもそれは反映されていたようで、スティーヴン・W・ミーダー*23『黒馬の怪盗』(1937) は開拓時代のニューハンプシャー州を舞台にしている。孤児となったダン・ドルー少年が田舎町の宿屋の厩番をしながら強盗団の逮捕に協力する物語で、歴史ものであると同時に探偵冒険の要素も入っている。もっとも主人公の姓が少女探偵と同じなのは、単なる偶然だろう。

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◆参考資料
「悪漢と少年たちの楽園~ジュヴナイル・ミステリ雑考」谷口俊彦[『帝王』9号/1978]→「悪漢と少年たちの楽園」と表記
『子どもの本の歴史 英語圏の児童文学』(1965/74) J・R・タウンゼント/高杉一郎訳[岩波書店 1982]→『子どもの本の歴史』と表記
The Oxford Companion to Children's Literature (1984) 『オックスフォード世界児童文学百科』ハンフリー・カーペンター、マリ・プリチャード編/神宮輝夫=監訳[原書房 1999]→『世界児童文学百科』と表記
The Oxford Companion to Children's Literature 2nd edition (2015) 『新版オックスフォード世界児童文学百科』ダニエル・ハーン編/白井澄子・西村醇子・水間千恵=監訳[原書房 2023]→『世界児童文学百科/新版』と表記
The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing (1999) by Rosemary Herbert ed. →Oxford M と表記
『英米児童文学史』瀬田貞二・猪熊葉子・神宮輝夫[研究社 1971]
『はじめて学ぶ英米児童文学史』桂宥子・牟田おりえ編[ミネルヴァ書房 2004]
『ドイツの子どもの本』野村泫[白水社 2009]
『児童文学―はじめの一歩』三宅興子・島式子・畠山兆子[世界思想社 1983]
『ガールズ・ノワール ハードボイルドよりも苛烈な彼女たちのブックガイド』霜月蒼[左右社 2025]
Encyclopedia of Mystery and Detection (1976) by Chris Steinbrunner and Otto Penzler
The Girl Sleuth -On the trail of Nancy Drew, Juddy Bolton, and Cherry Ames  by Bobbie Ann Mason (1975/1995) →The Girl Sleuth と表記
ミステリー・推理小説データ・ベース Aga-Search  
Wikipedia (日本語版/English版)

◆作品案内
『アパッチの酋長ヴィネトゥー 1』カール・マイ/山口四郎訳[エンデルレ書店 1978]
『エーミールと探偵たち』(1929) エーリヒ・ケストナー/池田香代子訳[岩波少年文庫]
『かじ屋横丁事件』Poplach v Kovářské uličce (1934) V・ジェザーチ/井出弘子訳[岩波少年文庫]
『名探偵カッレくん』(1946) アストリッド・リンドグレーン/尾崎義訳 [岩波少年文庫]
『オタバリの少年探偵たち』(1948) セシル・デイ・ルイス/ 脇明子訳[岩波少年文庫]
『首なしうま』(1955) ポール・ベルナ/那須辰造訳[講談社 1965]
『山のむこうは青い海だった』(1960) 今江祥智[理論社]
『ヴァージニアン』オーエン・ウィスター/佐藤亮一訳[松柏社/アメリカ古典大衆小説コレクション 2007]
『黒馬の怪盗』Who Rides in the Dark?(1937)ミーダー/神宮輝夫訳[講談社/世界名作全集 1960]

〈少年・少女探偵冒険全集〉保育社 1957-1958 全25冊 ★ストラテマイヤー・シンジケートのものを中心にした叢書。
〈世界少女小説全集〉講談社 1957-1958 全25巻 ★少女小説の叢書だが、探偵ものが数冊入っている。
〈少女・世界推理名作選集〉金の星社 1962-1966 全30巻 ★装幀を変えて何度か再刊。一部は語句を修正してフォア文庫に入っている。少女探偵ものに加え、クリスティ、ラインハート、ヒルトン、ウールリッチ(アイリッシュ)の作品のリライトも。
〈ジュニア世界ミステリー〉ポプラ社 1968 全20巻 ★大人向け海外ミステリのリライトと児童向け作品のどちらも入っている
〈世界探偵名作シリーズ〉偕成社 1969-1970 全12巻 ★大人向け海外ミステリのリライトが中心だが、ナンシー・ドルーとジュディ・ボルトンものが一冊づつ入っている。
〈アメリカン・ジュニア・ミステリー・ブックス〉読売新聞社 1976 ★ハーディー・ボーイズ10巻、ナンシー・ドルー10巻

 

*1:Wikipedia "Penrod Jashber"

*2:新版には各国の児童文学の流れを記す項目ななくなった

*3:Karl May (1842-1912) はドイツでは知らないものがいないほど著名な大衆作家で、Wikipedia によればヘルマン・ヘッセやアインシュタイン、シュヴァイツアーも愛読者だったらしい。死後、忘れ去られるところを、熱心なファンの活動で復刊され、現在も読み継がれている。

*4:『世界児童文学百科』旧版「ドイツ」の項

*5:『ドイツの子どもの本』

*6:『ドイツの子どもの本』

*7:『児童文学―はじめの一歩』を一部修正

*8:『はじめて学ぶ英米児童文学』

*9:カバーの言葉/Oxford M "Juvenile Sleuths"

*10:Wikipedia "The Hardy Boys"

*11:Mildred A. Wirt Benson (1905-2002) ナンシー・ドルーを生んだ功績で2001年にMWAの特別エドガー賞とマリス・ドメスティック主催のアガサ賞生涯功労賞を受賞した。

*12:高校生と紹介されることもあるが、学校に行っている気配はなく、English版のWikipediaでは卒業生とされている。

*13:Encyclopedia of Mystery and Detection " Nancy Drew"

*14:Margaret Sutton (1903-2001) レイチェル・ビーブ Rachel Beebe として生まれ、21歳で社会運動家のウィリアム・サットンと結婚。娘のために書き始めた物語が雑誌にも載り、ジュディ・ボルトン・シリーズの他にも多くの作品がある。

*15:このあたり、邦訳ではかなりぼかされているる。

*16:Clair Blank (1915-1965) 高校在学中にベバリ・グレイ・シリーズの執筆を始め、18歳の時に第1作が出版された。

*17:Owen Wister (1860-1938) 『スイスのロビンソン一家』をパロディ化した『新スイスのロビンソン一家』(1882) で作家デビュー。1890年代から西部に取材した作品を書き始める。

*18:Cornelia Meigs (1884–1973) ルイザ・メイ・オルコットの伝記『オルコット物語』(1934)[岩崎書店 1934]でニューベリー賞を受賞。

*19:Charles Boardman Hawes (1889-1923) The Dark Frigate (1923) で死後、ニューベリー賞を受賞。

*20:Rachel Field (1894-1942)

*21:Elizabeth Coatsworth (1893-1986) 少女サリーを中心にした開拓物語を1934年から1946年に発表。

*22:Laura Ingalls Wilder (1867-1957)

*23:Stephen Warren Meader (1892-1977) 1920年から40冊以上の児童向け小説を執筆。