■第二次世界大戦と戦後 1940~1959(その2)
第二次大戦後のフランスでは、1947年から〈楽しき時〉と名づけられた児童読物叢書が刊行をはじめた。最初のうちはアーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』など良書の翻訳が中心であったが、やがて戦前から冒険小説作家として著名だったルネ・ギヨ*1の児童向け冒険物語、『野獣の王国(未訳)』Au pays des bêtes sauvages,(1948) や『幸福な仲間(未訳)』Les Compagnons de la Fortune (1948) などが名を連ねるようになる。「これが戦後における子ども向き冒険小説の復権ともいうべき現象であった。」*2
こうした海外作家の輸入からはじまり、のちに国内作家が加わってゆく状況は、フランスにおけるミステリの発展経過と似通っている。1945年に刊行が開始された〈セリ・ノワール〉(暗黒叢書)はチャンドラー、ジャイムズ・M・ケイン、ホレス・マッコイ、ピーター・チェイニイ、ジェイムズ・ハドリー・チェイスと、ハードボイルド派の作家を次々とフランスに紹介し、やがてボリス・ヴィアンがアメリカ作家ヴァーノン・サリヴァンとして『墓に唾をかけろ』(1947)などアメリカン・ノワールの贋作を書きはじめた。こうした流れが1950年代になってからフランス独自の「ハードボイルド」、いわゆる〈ロマン・ノワール〉を生むことになるのである。
ルネ・ギヨの児童文学は、青少年賞を受賞した『ぞうの王子サマ』Sama Prince des éléphants (1950) をはじめ、『チンパンジーのウオロ』Ouoro, le Chimpanzé (1951) 、『ミシェルのかわった冒険』 L'extraordinaire aventure de Michel Santanrea (1951)、〈小さないぬの〉シリーズなど動物物語・冒険物語を中心に、一時はよく翻訳紹介されていた。フランス国内外の賞をいくつも取り、1964年にはこれまでの業績により、フランス人ではじめて国際アンデルセン賞に輝いた。
ギヨは多彩・多産の熱血男児で、教師、ハンター、冒険家でありつづけながら、作家としては、動物物語、冒険小説、推理小説、SF小説などさまざまな分野で、百冊以上の作品を発表している。
ギヨの特徴は、こよなく愛し熟知しているアフリカを舞台とした作品をしきりに書いていたということと、筋書とサスペンスで読者をとらえる驚くべきストーリーテラーであるということであろう。国際アンデルセン賞の授賞式では「ギヨは構成と均衡と均整(シンメトリー)をきわめて重んじた」とたたえられたほど、そのロジカルな構成はしっかりしていて、その点ではきわめてフランス的な作家である。しかし、描写はつねに迫真力があるにしても、ストーリー性とサスペンスを追求するあまり設定が非現実的になっている作品があることも否定できない。(『フランスの子どもの本』p173)
ギヨはまた『ピーター・ヒルの乗組員たち(未訳)』Les Équipages de Peter Hill (1946) で戦後初の冒険小説大賞*3を受賞していることからもわかる通り、ミステリの創作にも長けていた。邦訳のある中では『ビュスカンビーユの冒険』L'Aventure de Buscambille (1952) がミステリ要素の強い児童文学である。動物園に寝泊まりしているバイオリン弾きの少年が、町の乞食の元締めらしき怪しい男と出会い、やがて有名な俳優に見出されて映画に出ることになる。そうした少年の出世物語の裏で重大な犯罪が進行しているという、なかなか意外性のある作品だ。ただ、先の評にもあった通り、浮浪者に近い少年がいきなり映画の主役に抜擢されるあたり、「設定の非現実性」の誹りをまぬがれまい。
『377号機関車の男』L'Homme de la 377 (1967) は作者晩年の作品で、ナチス・ドイツ占領中の時代が舞台である。ドイツ軍の軍事物資の輸送を阻止しようとする抵抗派の一員となった十五歳の少年の冒険が描かれる。爆破技術をもって潜入したイギリスの軍人、機関車をわが子のように大事にしている少年の伯父、同じ鉄道マンとして伯父と心を通わせるドイツ人らが絡んで、クライマックスの列車爆破へと向かう。迫力のあるシーンが続き、その意味ではよく出来ているが、やはり人物造形が物足りなく、プロットも納得しがたい部分が多い。
フランスにおけるジュヴィナイル・ミステリで、戦後最も重要な作家はポール・ベルナ *4であろう。初期は童話や名作の再話をしていたが、『宇宙への門』 Le continent du ciel (1954) などSFを書きはじめ、『首なし馬』Le Cheval sans tête (1955) が児童サロン大賞を受賞したことで、作家としての地位を築いた。この作品は『エーミールと探偵たち』の多くの模倣作の中で、ケストナーのものに匹敵する数少ない良作*5とされ、1963年にディズニーで映画化され、日本でも1965年に「首のない馬」の邦題で公開されている。これ以降、多くの作品がミステリー的な手法を用いて書かれているようで、『フランスの子どもの本』でもかなりのスペースを割いて言及されている。1968年には L'Epave de la Berenice(英題The Secret of the Missing Boat)で、フランス人ではじめてMWAのジュヴナイル賞の候補になった。
「首なし馬」とは、古くなって首のとれた木馬型自転車のことで、この自転車に乗って急坂を駆け下りる遊びにふける10人の貧しい子どもたちが、ひょんなことから列車強盗の隠した大金にかかわる物語である。舞台は、住人の多くが鉄道にかかわる仕事にたずさわっている町ルビニー。町の操車場の片隅には、錆びるにまかせて放置された客車が、黒い姿を夕日に浮かべている。10人の少年少女のボス、ガビーはもうすぐ12歳になるため、12歳以上の者は仲間にいれない、という自ら作った規則で、仲間たちと離れる時期が近づいている。
少年たちにとっては宝物だが、実際はクズ同然の首なし馬が、怪しい人物たちに狙われ、ついには強奪されてしまう。少年たちは警察に駆け込み、たまたま暇をもてあましていたシネ刑事が捜査に乗り出すことになる。一方、少年たちも独自の方法で馬の行方を追っていく。篇中、もっとも魅力的なのが、町中の犬を自在にあやつる少女マリオンだろう。集団の中にひとり異能の人物を配置し、それが少女である、という、現在のわれわれにも馴染み深い設定が、すでにここに見られる。「黄金の羅針盤」シリーズで活躍する少女ライラのイメージは、このマリオンらしい。作者のフィリップ・プルマンが幼少時に『首なしうま』を読んで、そこに登場した挿し絵の少女に惚れ、それがライラのイメージにつながったという。*6
なるほど、作家の出世作になっただけあって、よく出来た児童文学だ。ミステリとしては意外な展開があるわけではないが、少年たちが自分たちの宝を取り戻すために、手掛りをたどって犯人にたどりつく過程は、充分にスリリングである。「この作品は児童推理小説の誕生として大きな評価と成功を博した。ギヨやボンゾン(後述)が探偵小説シリーズを書き始めたのも、この本を読んだのがきっかけだという*7」が、先輩作家のギヨはその前からミステリを書いているし、wikipediaでは探偵小説のシリーズは確認できなかった。もう一人のボンゾン(ポール=ジャック・ボンゾン)は1960年代から〈クロエ・ルス探偵団〉シリーズ他、多くのジュヴナイル・ミステリを量産している作家で、次回に取り扱う予定である。
『首なし馬』は貧乏な子どもたちの物語だったが、『尾行された少年たち』Les Peleris de Chiberta (1958)に登場するのは、おじいさんの田舎の家に行こうとする裕福な兄弟である。14歳のダニエルとまだ幼い弟のマヌー、それにマニーのペットねずみのパタポンは、頼りにしていた伯父さんの自動車事故と鉄道ストが重なり、おまけに所持金をだまし取られたため、ふたりだけで家族の待ち合わせ場所であるシベルタに向かうことになる。ダニエルは弟の面倒を見ながら、はじめての子どもだけの旅への不安とかかえ、しかし責任感をもって行動する。そんな彼らを、なぜか尾行する怪しい人物がいた。
物語は推理(謎解き)ものというよりは、いわゆる道中もので、おんぼろ自転車を借りたり、免許取立て男の運転する暴走車に同乗したり、移動中の客車にもぐりこんだり、パリ祭に参加したりと、尾行者の謎よりもそうした旅のさなかのさまざまな出来事が楽しめる。ダニエルとマヌーは途中で自分たちに似た資産家の兄弟と出会うが、彼らもまた、幸せではない。人間の幸福は金で買えるものと密接に結びついているが、金があるだけでは幸福にはなれない。逆に金があるから不幸になるわけでもない。資産家のお礼はちゃんといただいて、お金で買える幸福が必要な人のもとに届くことになる。
もう一冊の『オルリー空港22時30分』 La Kangourou Volant(1957)の舞台は題名どおりオルリー国際空港で、そこには多くの人々が集まって、さまざまな事件が並行しておこっている。アナーキストの爆弾騒ぎ、空港警備に借り出された警官たち、なぜかものをなくしてばかりの陽気なイタリア人、誘拐された科学者、そしてひとりぼっちになった科学者の幼い娘。空港案内所の助手ラファエルを中心にして、アナーキストの空港爆破予告時間の22時30分までの数時間を、緊迫感とユーモアをもって描いていき、3作の中ではもっとも面白かった。また、『首なしうま』にも出てきたシネ警部が再び登場する。よれよれのグリーンのトレンチコートを来た馬づらの刑事で、ルウビィニイから来たことになっているから、間違いなく同一人物だろう。「警部」になっているのは、翻訳のためだけなのか、それとも『首なしうま』事件で手柄をたてたために昇進したのかは不明だが、この作品でも、ユーモラスな役割で座を盛り上げる。
幼い少女が父親から聞いた「世界中の事を知ることが出来る砂ばくのやさしい妖精グロックおじいさん」の存在を信じたラファエルは、港内放送でグロックおじいさんを呼び出す。この物語の白眉は、それに応じて本当に「グロックおじいさん」が現れるシーンで、この部分はミステリとしてもよく出来ている。ただ、爆弾騒ぎや空港警備は、テロリズムが冗談ではすまない現代の目からするとまだまだ牧歌的で、児童文学の世界でも、こうしたユーモアが通じたのは、1950年代から60年代あたりまでなのかもしれない。
この時代のジュヴナイル・ミステリで挙げなくてはいけないのが、スウェーデンの児童文学者アストリッド・リンドグレーン*8の〈名探偵カッレくん〉シリーズである。
北欧は豊かな自然と神話・伝承を持ち、また一般に読書人口が多いとされる。教育に力を入れていることでも知られ、スウェーデンのフェミニストで教育学者エレン・ケイ*9の『児童の世紀』(1900) ではすでに「あらゆる階層の子どもたちを自由に教育し、育てることについて説得力をもって語っている*10」。児童文学も英米仏とは異なる魅力を持っていて、デンマークのアンデルセン、フィンランドのトーベ・ヤンソン*11、スウェーデンのセルマ・ラーゲルレーフ*12など、世界的に著名な作家も多い。また、近年はミステリの分野でも多くの作家を輩出している。
『名探偵カッレくん』(新訳『名探偵カッレ 城跡の謎』)Kalle Blomkvist(1946) は『長くつ下のピッピ』の版元でもあるラベージ&シューグレーン社主催の青少年向け探偵小説のコンクール*13に応募し、受賞した作品である。リンドグレーンは1939年に著名な犯罪学者ハリー・ソーデルマンの秘書として雇われているが、この時の経験がカッレくんシリーズの参考になったと言われる*14。
カッレくんは食料雑貨店の息子で、名探偵に憧れる十三歳の少年だ。冒頭、空想の中でパイプをくゆらせながら、ロンドンの貧民窟かシカゴの暗黒街へと思いを馳せ、将来は名高き名探偵と自分の名前が並ぶことを夢見る。「シャーロック・ホームズ、アスビョルン・クラーグ、エルキュール・ポワロ、ピーター・ウィムジイ卿、そしてカッレ・ブロムヴィスト!」
19世紀末の『宝さがしの子どもたち』で、バスタブル家の子どもたちが探偵行為に乗り出す時のお手本は、ホームズとガボリオーのルコック探偵だった。黄金時代を経た1940年代のスウェーデンの少年が憧れる名探偵の中に、すでにルコックはなく、代わりにポワロとウィムジイ卿が加わっている。13歳の少年がドロシー・L・セイヤーズを愛読し、その主人公に憧れるというのは、なかなかのものである。見慣れぬアスビョルン・クラーグは、ノルウェーの作家ステイン・リヴァートン*15が生みだした探偵で、『怪盗』(荒井詩夢訳、新東京社)や短篇「グランド・ホテル怪事件」(『新青年』1936年夏季増刊号)が邦訳されている。北欧やドイツでは当時、シャーロック・ホームズと並ぶ人気があったらしい。*16
カッレは幼馴染のアンデッシュとエヴァロッタの三人で、別の三人グループと「バラ戦争」と名づけた宝の奪い合いごっこをしている。その合間に探偵として町のあやしい出来事を観察しているのだが、友人たちにはなかなか理解してもらえない。斎藤美奈子は『挑発する少女小説』[河出新書2021]の中で「『長くつ下のピッピ』ほど、主人公の孤独を感じさせる物語もない」と述べているが、谷口俊彦も「悪漢と少年たちの楽園」で「名探偵をもって自任するカッレが時として非常に孤独な存在に感じられる」としている。というのも、空想癖が強いわりには、カッレはどこか醒めているのである。アンディシュが悪人をおびき寄せて捕まえようと提案するのにも、首を振る。
ああ、これまでに名探偵ブロムクヴィストが一ダースもの大悪党をたったひとりでやっつけたことは何度もあった。だが、名探偵ブロムクヴィストと少年カッレは別人なのだ。そしてカッレはときに現実的で、ものごとの道理をよくわきまえている少年だった。
また宝石泥棒逮捕にいたる重要な手掛かりを警察に伝えて、警部に褒められた時も、
「まあ、探偵の基本的な仕事にすぎませんよ」名探偵ブロムクヴィストはこたえたが、すぐに、ただのカッレでいなくてはと気がつき、「たまたま思いついてんです」とあわててつけたした。
つまり、彼は「少年探偵」が現実には通用しないことを理解している少年探偵なのである。彼が名探偵でいられるのは、頭の中で架空の聞き手と会話している時だけなのだ。憧れと現実の狭間で、常に揺れている。無二の友人にも、それは理解してもらえない。
そんなカッレが殺人事件に遭遇するのが、第二作の『カッレくんの冒険』(新訳『名探偵カッレ 地主館の罠』)Mästerdetektiven Blomkvist lever farligt (1951) だ。ここでも、エヴァロッタが死体の発見者となったショックで寝込んだにもかかわらす、探偵として乗り出すのを尻込みする。
いま、カッレは現実に起きたことを、ようやくはっきりと理解した。名探偵でありたいという思いを吹きとばしてしまうほどのショックだった。あざやかな手腕でみごと解決し、それを架空の聞き手に自慢げに話すような、そんな架空の名探偵ではない。実におそろしい、気味の悪い、受け入れがたい現実の事件に、カッレは気分が悪くなりそうだった。そして自分自身を軽蔑した。白状すれば、今日、エヴァロッタのかわりにならなかったことをよろこんでいた。心の底からよろこんでいた。ああ、なんてかわいそうなエヴァロッタ!
かつて、こんな少年探偵がいただろうか。しかし、警察が事件解決に手こずっているとき、普段から観察に怠りなかった彼だけが、ある手掛かりに気づく。一度は挫折したカッレをもう一度、事件に向かわせるのはも、やはり脳内の名探偵である
すると、探偵業解禁のその言葉を待ってましたとばかりに、このところ身をひそめていた架空の聞き手が、かけ足で寄ってきた。
「プロムクヴィスト先生、なにをしようとお考えなんですか?」(中略)
「いまいったように、ちょっとした基本的な調査だよ」
カッレは突然、名探偵にもどっていた。それは止めようがなかった。(中略)いまは自分の疑念にじゅうぶんな根拠があるのか、まったく自信がなかったので、探偵であるふりをしてたしかめるしかないと思った。
こうしてカッレは犯人を追いつめる決定的な証拠を手に入れる。それを持って警察署に向かう途中で、親友アンディッシュはこう言うのだ。
「ひとつだけ、はっきりしていることがある」警察署にむかう足を速めながら、アンディッシュはいった。
「なにが?」
「この事件は、カッレ、おまえが手がけろよ。そうでなくちゃ、ぜったいだめだ。おれは最初からそういってただろ」
感動的な少年名探偵の再生がここに描かれている。見事、事件解決したあと、カッレに脳内の聞き手が静かに近づいてくる。
「ブロムクヴィスト先生、今度はまた殺人犯を捕まえるのに、ご活躍なさったそうで」架空の聞き手は、おべっかを使うようにいった。
突然、カッレ・ブロムクヴィストの中に怒りが燃えあがった。(中略)
「ばかなことをいわないでくれたまえ。殺人犯を捕まえたのは、ぼくじゃない。警察が捕まえたんだ。(中略)ぼくは、自分の人生で殺人犯を捕まえようとは思わない。もう探偵ごっこはおしまいにする。いろいろと面倒なことにかかわるだけだからね」
そこにアンディッシュとエヴァロッタがあらわれ、三人は元気よくバラ戦争に向かう。この物語の最後は、こうしめられている
そのあいだに架空の聞き手は姿を消し、どこかへ行ってしまった。まるで夏の風にさらわれたかのように、だれも気づかぬうちに、そっと消えていった。
明らかにこれは、子ども時代の終わりを暗示している。それは少年探偵の消滅でもあった。このシリーズはここで終わりでもよかったが、もう一作、カッレたち三人の仲間が国際スパイ事件に巻き込まれる『名探偵カッレと黒スパイ団』(新訳『名探偵カッレ 危険な夏の島』)Kalle Blomkvist och Rasmus (1953) が書かれた。子ども時代を終えかけている彼らは、この作品で、もっと天真爛漫で無邪気な五歳のラスムスに出会う。彼を守るためエヴァロッタは母性を発揮し、カッレとアンディッシュは雄々しく悪に立ち向かう。リアリティラインが前二作とは違っているのは、作中のこんな会話にも表れている。
「まったくおかしいじゃないか。ぼくたちだけが、いつもいつも事件にぶつかるなんて……」
「たしかに」アンディッシュも同意した。「こういうのって、物語の世界の話だよな」
「そう、これも物語の世界の話さ」
「どういうこと?」
「ぼくたちは、だれかが思いついた物語の中にだけ存在するんだ」
自らを物語の登場人物と感じている少年探偵! しかし、これはディクスン・カーの『三つの棺』の例とは違って、処理しきれない災難に陥った子どもの実感でもあろう。手塚治虫が大阪大空襲のさなかに、「僕はマンガの登場人物だ」と思ったというエピソードを想起する。
この時期のスウェーデンのジュヴナイル・ミステリとしては他に、どちらもユーモラスなオーケ・ホルムベルイ*17の私立探偵スベントン・シリーズと、ニルス=オルフ・フランセン*18のアガトン・サックス・シリーズがある。
私立探偵スベントン・シリーズは第一作の『迷探偵スベントン登場』 Ture Sventon, privatdetektiv (1948) 以降、1973年のTure Sventon i Venedig まで9作あり、その他に絵本でも活躍している。そのうち五作が眉村卓によって邦訳されているが、あいにく読むことができなかった。ネットで知りえた限りでは、ストックホルムで開業している私立探偵で、シュークリーム好き(舌足らずたため、チュークリームとしか言えない)。空飛ぶ絨毯や「何でも入る魔法の冷蔵庫」を駆使するとのことだ。
一方、アガトン・サックスは1955年から1978年にかけての全11冊で活躍する。小さな地元紙を経営している小太りの男で、口ひげとプラム色の帽子がシンボル。すぐれた語学力を駆使して、さまざまな事件を解決する。三作が邦訳されているが、ユーモアの質がどうも肌にあわず、面白さが理解できなかった。
日本は第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受けたものの、戦後数年であらゆる分野で新たな出発をはじめる。探偵小説でみれば、敗戦の翌年には早くも〈宝石〉〈ロック〉などミステリの専門誌が創刊され、両誌には横溝正史の『本陣殺人事件』(1946連載)、『蝶々殺人事件』(1946-47連載)が連載された。戦前は伝奇時代小説の第一人者だった角田喜久雄も『高木家の惨劇』(1947)などの謎解き長篇を執筆し、一般文壇から坂口安吾が『不連続殺人事件』(1947)で参入。また〈宝石〉から登場した新人たち、特に「戦後派五人男」といわれた高木彬光、山田風太郎、島田一男、香山滋、大坪砂男が精力的な活躍をはじめた。
児童文学は世界名作の戦前の大衆児童文学者を動員した翻訳出版からはじまり、その中には海野十三によるホームズ譚、『まだらの紐』もあった。〈赤とんぼ〉をはじめとする「良心的」児童雑誌が多く創刊され、そこに「この時期もっとも注目すべき作品」*19とされる竹山道雄の『ビルマの竪琴』(1947-48連載)も載った。この作品はミステリ的な要素も多く持っている。*20戦後まもない時期の注目すべき作品に、木々高太郎の『少年珊瑚礁』(1948) がある。
これは科学冒険小説集と名づけられた短編推理小説集。(中略)少年を中心に、科学的なきっかけで何か事件が解決されるという短編をいくつか集めているこの本は、今でもそのまま読んでも面白いと思います。(中略)アイディアの独創と、精確な情景描写は。いつの時代の読者もうなずかせます。(「日本児童文学の流れ」(平成17年度国際子ども図書館児童文学連続講義議事録)内の神宮輝夫「子どもの文学の新周期―1945-1960」)
しかし、1949年から1951年にかけて「良心的」児童雑誌はすべて廃刊となり、かわって登場したのが大衆的娯楽児童雑誌である。1947年の〈痛快少年〉からはじまり、1951年までに20誌以上が創刊されている。そこでは探偵小説が大きな一画を占めていた。まず、1949年に『青銅の魔人』で少年探偵団が活動を再開し、やがて「怪魔もの」の流行につながる。「怪魔もの」とは、これらの雑誌に掲載され、のちに単行本化された小説の題名に「怪」や「魔」の字が多く用いられることからきた蔑称である。その内容は時代もの、秘境冒険もの、SFなどもあったが、多くは探偵小説(通俗スリラー)だった。こうした「怪魔もの」は1950年を境に勢いをまし、1955年ごろまで児童出版界を席巻した。
「怪魔もの」を多く単行本化したのはポプラ社の〈探偵・冒険〉シリーズと、偕成社の〈冒険・探偵〉シリーズである。やはり探偵と冒険は密接なつながりがあるのだ。両叢書で合計200冊近くあり、そこでは江戸川乱歩、大下宇陀児、横溝正史、角田喜久雄ら戦前から活躍する探偵作家だけでなく、橘外男、香山滋、高木彬光、島田一男の戦後派探偵作家たち、さらに柴田錬三郎や西城八十のように他分野の作家も動員された。また児童向け専門の作家では、久米元一、寒川光太郎、持丸良雄などがいる。江戸川乱歩は『探偵小説四十年』のなかで、「戦後の探偵作家は、大人ものを書き出したかと思ったらすぐに少年ものに手をつけ、収入の大半を少年ものから得ているというような人が多くなった。」と当時を回顧している。
大衆作家が児童向けの娯楽作品を執筆するということでは、戦前の〈少年倶楽部〉に例えられるだろう。しかし〈少年倶楽部〉の作品が佐藤忠男や二上洋一らによって再評価されたのと比べ、「怪魔もの」はそのほとんどが歴史の中に埋もれてしまった。著名作家の作品が再刊されることや、珍品として紹介されることはあっても、全体を通してのまとまった評価・考察は見かけない。谷口俊彦は「怪魔もの」が消えていった理由として、「支持層をマンガなどの視覚メディアに奪われたから*21」とし、二上洋一は(「怪魔もの」だけでなく大衆的児童文学=少年小説全般が)「衰退は当事者である作家の責任ではなかったのである。時代の趨勢は、変貌を遂げたまんがの時代に移りつつあったのである。*22」としている。たしかに創世期の児童マンガの魅力が多くの人々によって、さまざまな角度から愛情をこめて語られるのに比して、あまりにもさびしい現状である。
一方、「良心的」児童文学作家も模索を続けていた。そのひとりに国分一太郎*23がいる。彼の長篇『鉄の町の少年』(1954) は、「労働組合結成運動のなかで、少年工たちが、組合とは何か、労働者が人間らしく生きていくとはどういうことかを学んでいく*24」作品だが、最初に想定された題名は「ぼくらは探偵をしたかったのです」*25だった。凹版印刷機のインキ吸い取り用の皮が大量に盗まれ、山形から来た見習少年工五人が「少年探偵エーミール」を思い出しつつ、力をあわせて探偵をはじめるのだ。時代背景もあって子どもたちを善導しようという意識が高く、現在読むと少々苦しいのだが、途中で、父親が政治犯として捕らえられていた少女美恵子が仲間に加わるあたりは楽しい。国分自身、「長篇を書くためには謎解きプロットを用いるのが一番のコツだ」と述べていたという*26。戦後初期の児童文学においても、「少年探偵」は子どもたちに興味を持って読んでもらい、またテーマを浮かび上がらせる上で、有効なアイテムであった。しかし、刊行当初から評価がわかれた。
それぞれの少年主人公が十分に書ききれていないといった問題もあるのですが、それ以外に「長篇が出てきたのは喜ばしいが、探偵小説なぞというものの形式を真似ているのはそうもね」といった意見があるのです。要するに「探偵小説』という通俗的な、娯楽的な、読み物的なものなんぞの力を借りているのは、当時の自防文学界ではマイナス要因でした。(佐藤宗子「エンターテインメントの変遷」)
成人向けを含めて、探偵小説の一般的なイメージは「俗悪なスリラー」であり、実際そういう作品もあふれていた。児童向けでは、すでに述べた「怪魔もの」がその典型である。そうした俗悪さこそが魅力でもあるのだが、それは現在だから言えること。当時の親たちに眉を顰められたのも、ある意味、仕方のない面もあった。そのため、当時刊行されていた娯楽要素の強い児童書には、教育者や著名な児童文学者たちによる「ためになる」要素を力説する推薦文が載っていた。SFは科学的な知識や思考を伸ばすため、探偵小説は理詰めで物事を考えることや、悪を憎む心をはぐくむため等々。そうでもしなければ、親の購買を促せなかったのだ。
その好例が早川書房が出した〈ジュニア・ミステリ〉叢書(1957-12~1958-09)で、前回紹介したエラリー・クイーン名義のジュニア向け作品を8冊、訳者に西脇順三郎、福田恒存(中村保男)、石井桃子、村岡花子など、名だたる文学者・児童文学者を集め、上品な装幀で出版した。各巻には訳者の前書きがあり、解説は都筑道夫が担当して、それぞれが知的な読物であるミステリの魅力を語る構成になっている。
戦後の探偵小説の創作は1950年代になると低迷し、かわりに欧米ミステリの翻訳が活況を呈していた。新樹社、雄鶏社、日本出版共同、東京創元社などがきそって海外ミステリの叢書を刊行し、なかでも早川書房は1953年からはじまるハヤカワ・ポケット・ミステリ、通称ポケミスと、1956年の〈EQMM〉日本語版の創刊で、その中心的存在となった。翻訳出版を通して、探偵小説を俗悪なイメージのものから、ミステリという知的でセンスのいい読物へと変えていったのだ。その手法を児童書にも適用したのである。
ここで戦後、1950年代までの児童向け探偵小説の叢書を概観しておこう。1947年にはじまる光文社の〈少年探偵江戸川乱歩全集〉はご存じ明智小五郎対怪人二十面相のシリーズを戦前作品を含めて刊行していったもので、1960年まで23巻を刊行。のちに大人向けの乱歩作品をリライトしたポプラ社の〈名探偵明智小五郎文庫〉(1957~1963)と合わせて、ポプラ社版〈少年探偵江戸川乱歩全集〉全46巻(1964~1973)となる。これが長年、学校図書館や児童図書館で見られた乱歩作品である。同様に児童図書館で人気のあったのがポプラ社の〈名探偵ホームズ全集〉全20巻(1956~1957)と〈怪盗ルパン全集〉全30巻(1958~1980)。前者は山中峯太郎、後者は南洋一郎のリライトで親しまれた。特に〈怪盗ルパン全集〉はルブランの原作がなくなったあとも、ボアロー=ナルスジャックの贋作まで収録した、息の長いシリーズとなった。後年、原稿が発見された『ルパン最後の恋』まで那須正幹によるリライトを同様の装幀で出している。ルパンものでは、戦前から翻訳に携わった保篠竜緒による〈探偵名作少年ルパン全集〉全12巻(1955~1956) が講談社から出ている。
海外作品のリライトものでは、ポプラ社の〈世界名作探偵文庫〉(1954~1957) が戦後最初の叢書である。全30巻で企画されたが、山中峯太郎訳のポームズものの人気が高かったのか、前出の〈名探偵ホームズ全集〉へと独立させ、抜けた巻を別の作品で埋めていったため、同じ巻番号で二種類の作品があるというおかしなことになっている。ホームズ、ルパンのほか、サックス・ローマー、ボアゴベイ、マッカレー、フレッチャー、サッパー、ブースビーなど、戦前人気のあったスリラー系の作品が中心だった。一方、講談社の〈少年少女世界探偵小説全集〉全23巻(1957~1959) は装幀こそ垢ぬけないが、ディクスン・カー、エラリー・クイーン、クリスティ、ヴァン・ダイン、クロフツ、アイリッシュ、ミルン、E・S・ガードナーなど、謎解きミステリや新しいタイプのサスペンスものを多く取り入れた構成である。なかでもクイーンは、早川書房に先駆けてリライトではないオリジナル・ジュヴナイルのジュナ・シリーズを三冊出しているのが特筆に値する。わずか数年の違いであるが、両叢書には編集方針に大きな違いがあった。1955年あたりを境にして「怪魔もの」が廃れていったように、海外作品の紹介も変わっていったのだ。
オリジナル・ジュヴナイルとしては、保育社の〈少年少女探偵冒険全集〉全25巻(1957~1958) がストラテマイヤー・シンジケート作品を中心に編まれたものだ。ハーディー・ボーイズが15冊、ナンシー・ドルーが4冊の他、マーガレット・サットン、フランシス・ジュッド(ジャッド)などアメリカ産のジュニア・ミステリが入っているなかで、一冊だけ、イギリス作家R・J・マックレゴア(マグレガー)の『マッキー探偵団』があるのが目を引く。このあたりは第三回・第四回ですでに紹介した。一部にミステリを含めたリライト系の叢書では、偕成社の〈名作冒険全集〉全45巻(1957~1962) がある。動物物語、秘境冒険、歴史ロマンス、SFと幅広いジャンルで構成され、探偵小説はホームズとルパンがそれぞれ4冊(ホームズものは『地球さいごの日』にも二篇併録)あてられた。
日本作家のものでは、前出のポプラ社〈探偵・冒険〉シリーズと偕成社〈冒険・探偵〉シリーズの他に、少し遅れてポプラ社の〈日本名探偵文庫〉全25巻(1955~1957) が刊行された。江戸川乱歩、大下宇陀児、海野十三、角田喜久雄、甲賀三郎、水谷隼、久米元一、島田一男らの名探偵ものを集めたもので、大人向けの作品のリライトを多く含んでいる。これ以降、日本作家による探偵叢書は、ポプラ社が〈少年探偵小説全集〉(1960~1961) を全20巻で企画したものの10巻に変更されたように振るわなくなり、以前の叢書の再刊をのぞいては刊行されなくなった。怪奇スリラーはすでに古臭いものになっていたのかもしれない。
成人向けミステリの分野では、『黒いトランク』(1956) の鮎川哲也、『猫は知っていた』(1957) の仁木悦子、『点と線』(1958) の松本清張、『天狗の面』(1958) の土屋隆夫、『ひげのある男たち』(1959) の結城昌治、『一本の鉛』(1959) の佐野洋たちが登場し、60年代にかけて活躍する。その多くは怪奇テイストを廃した現代的な作風であった。そうした流れの中で、戦前から戦後初期にデビューした作家たちも作風を変えざるを得なくなっていく。こうしてミステリが変化していったように、児童文学にも大きな転換期が訪れようとしていた。
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◆参考資料
「悪漢と少年たちの楽園~ジュヴナイル・ミステリ雑考」谷口俊彦[『帝王』9号/1978]→「悪漢と少年たちの楽園」と表記
The Oxford Companion to Children's Literature (1984) 『オックスフォード世界児童文学百科』ハンフリー・カーペンター、マリ・プリチャード編/神宮輝夫=監訳[原書房 1999]→『世界児童文学百科』と表記
The Oxford Companion to Children's Literature 2nd edition (2015) 『新版オックスフォード世界児童文学百科』ダニエル・ハーン編/白井澄子・西村醇子・水間千恵=監訳[原書房 2023]→『世界児童文学百科/新版』と表記
『はじめて学ぶ日本児童文学史』鳥越信編編[ミネルヴァ書房 2001]
『フランスの子どもの本』私市保彦(さきいち やすひこ)[白水社 2001]
『挑発する少女小説』斎藤美奈子[河出新書 2021]
『少年小説の系譜』二上洋一[幻影城 1978]
「推理小説叢書目録/3.児童書篇」芝隆之編[『帝王』9号/1978]
「第6回 北欧その3 ノルウェー編(執筆者・松川良宏)」翻訳ミステリーシンジケート https://honyakumystery.jp/1377132012
「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(2)北欧編」アジアミステリリーグ https://w.atwiki.jp/asianmystery/pages/206.html
「日本児童文学の流れ」平成17年度国際子ども図書館児童文学連続講義議事録 https://www.kodomo.go.jp/about/publications/trans/2005
「日本の子どもの本100選」大阪国際児童文学振興財団 http://www.iiclo.or.jp/100books.htm
Wikipedia (日本語版/English版/フランス版/スウェーデン版)
◆作品案内
『一角獣の秘密』La Légende des licornes (1953) ルネ・ギヨ/塚原亮一訳[学習研究社/少年少女・新しい世界の文学]
『ビュスカンビーユの冒険』ルネ・ギヨ/安東次男訳[河出書房新社/少年少女世界の文学]
『377号機関車の男』L'Homme de la 377 (1967) ルネ・ギヨ/安東次男訳[学習研究社/少年少女サスペンス冒険篇]
『ミシェルのかわった冒険』 L'extraordinaire aventure de Michel Santanrea (1951) ルネ・ギヨ/波多野完治訳[あかね書房/国際児童文学賞全集 1965]→[福武文庫 1990]
『首なし馬』Le Cheval sans tête (1955) ポール・ベルナ/那須辰造訳[講談社/少年少女世界文学全集 1961]→[講談社 1965]/花輪莞爾訳[偕成社文庫 1977]
『オルリー空港22時30分』 La Kangourou Volant(1957)上野瞭訳[学習研究社/少年少女・新しい世界の文学]
『尾行された少年たち』Les Peleris de Chiberta (1958)ポール・ベルナ/榊原晃三訳[学習研究社/少年少女サスペンスシリーズ推理編]
『児童の世紀』エレン・ケイ/小野寺信・小野寺百合子訳[冨山房百科文庫 1979]
『名探偵カッレくん』Kalle Blomkvist(1946) リンドグレーン/尾崎義訳[岩波少年文庫]/『名探偵カッレ 城跡の謎』菱木晃子訳[岩波書店]
『カッレくんの冒険』Mästerdetektiven Blomkvist lever farligt (1951) リンドグレーン/尾崎義訳[岩波少年文庫]/『名探偵カッレ 地主館の罠』菱木晃子訳[岩波書店]
『名探偵カッレと黒スパイ団』Kalle Blomkvist och Rasmus (1953) リンドグレーン/尾崎義訳[岩波少年文庫]/『名探偵カッレ 危険な夏の島』菱木晃子訳[岩波書店]
『少年珊瑚礁』(1948) 木々高太郎[湘南書房]
『鉄の町の少年』(1954) 国分太一郎[新潮社]/[講談社 1962]/[ポプラ社/新日本少年少女文学全集36 1966]/[小峰書店 1967]/[小峰書店/国分太一郎児童文学集 1968]/[講談社/少年少女日本文学全集18 1977]
■スベントン・シリーズ オーケ・ホルムベルイ作
『迷探偵スベントン登場』 Ture Sventon, privatdetektiv (1948) 眉村卓訳[講談社/世界の児童文学名作シリーズ]
『私立探偵スベントン1 ストックホルムのひまなし探偵』 Ture Sventon, privatdetektiv (1948) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
『私立探偵スベントン2 北極怪盗とさばくの怪職人』 Ture Sventon i öknen (1949) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
『私立探偵スベントン3 ねことり怪人と地下室ギャング』 Ture Sventon i London (1950) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
『私立探偵スベントン4 デパート怪人はにおいなし』 Ture Sventon i varuhuset (1968) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
『私立探偵スベントン5 おばけ屋敷と四つの怪事件』 Ture Sventon i Spökhuset (1965) 眉村卓・ビアネール多美子訳[講談社 1973]
■アガトン・サックス・シリーズ ニルス=オルフ・フランセン作
『アガトン=サックスの大冒険』Agaton Sax klipper till (1955)/Agaton Sax och den ljudlösa sprängämnesligan (1956) 鈴木武樹訳[学習研究社/少年少女学研文庫 1968]
『アガトン・サックスとダイヤモンド泥棒たち 名探偵アガトン・サックス1』Agaton Sax och de slipade diamanttjuvarna (1959) 山岡武訳[評論社/児童図書館・文学の部屋]
*1:René Guillot (1900-1969) 高校で数学を教えながら、狩りに夢中になり、またアフリカの民俗に興味を持つ。1929年からからアフリカを舞台にした小説を多数執筆。戦後は児童向けの作品を多く書くようになった。
*2:『フランスの子どもの本』/なお、同署『幸福な仲間』では1948年作となっているが、Netで確認したところ、ほとんどが1950年初刊となっている。
*3:名前の印象とは違ってミステリの賞。ステーマンの『六死人』、ボアローの『三つの消失』、シャルル・エクスブライヤの『パコを憶えているか』、夏樹静子の『第三の女』、ポール・アルテの『赤い霧』などが受賞している。
*4:Paul Berna 本名Jean Sabran (1908-1994) 南仏イエール生まれ。18歳の時に母親の再婚でパリに住むようになり、職を転々としながら作家をめざす。
*5:『世界児童文学百科』/「エーミールと探偵たち」の項
*6:『「ライラ」からの手紙~フィリップ・プルマン』マーガレット・S・ユアン/中村佐千江訳[ぶんげい 2007]
*7:『フランスの子どもの本』
*8:Astrid Lindgren (1907-2002) 高校を卒業後、新聞社の校正係やいくつかの企業・団体の秘書を経て、創作活動に入る。第二作の『長くつ下のピッピ』(1945) で世界的に有名に。
*9:Ellen Key (1849-1926)
*10:『世界児童文学百科』「スウェーデン」の項
*11:Tove Jansson (1914-2001) ムーミン・シリーズが有名。
*12:Selma Lagerlöf (1858-1940) 女性初のノーベル文学賞受賞者。『ニルスのふしぎな旅』(1906-07) で知られる。
*13:『ピッピ』も同社のコンクールの受賞作。また探偵小説のコンクールはこれ一回だったようだ。
*14:wikipedia
*15:本名 Sven Elvestad (1884-1934)日本ではこちらの名前で邦訳されている。
*16:翻訳ミステリーシンジケート「第6回 北欧その3 ノルウェー編(執筆者・松川良宏)」 https://honyakumystery.jp/1377132012 //「シャーロック・ホームズの異郷のライヴァルたち(2)北欧編」 https://w.atwiki.jp/asianmystery/pages/206.html
*17:Åke Holmberg (1907-1991) ストックホルム生まれ。ストックホルム大学で文学士号を取得し、博物館で数年働いたのち、1946年より専業作家となる。
*18:Nils-Olof Franzén (1916-97)
*19:『はじめて学ぶ日本児童文学史』p298
*20:「戦後ジュヴナイル・ミステリの系譜(3)」https://mystery-ym.hatenablog.com/entry/20090725/1248509448#fn-33fc75c8
*21:「悪漢と少年たちの楽園」
*22:『少年小説の系譜』
*23:(1911~1985) 山形県生まれ。尋常小学校で綴り方教育に打ちこむが、自由主義的思想を問題視されて教職を追われ、治安維持法により検挙される。戦後は教育雑誌の編集をしつつ、生活綴方の発展に尽力。『鉄の町の少年』で第5回児童文学者協会児童文学賞を受賞した。
*24:『はじめて学ぶ日本児童文学史』
*25:(大阪国際児童文学振興財団「日本の子どもの本100選」 http://www.iiclo.or.jp/100books/1946/htm/frame011.htm/解題・書誌作成担当 大藤幹夫。なお、「ぼくらは探偵をしなければならない」とした資料もある。
*26:「日本児童文学の流れ」(前出)内の佐藤宗子「エンターテインメントの変遷」


