深夜の謎(その1)


 山中版シャーロック・ホームズの第1話は、『緋色の研究』を原作とした『深夜の謎』。原作でもシリーズ第1作で、この作品でホームズとワトソンが出会うのだから、これを最初にもってきたのは、正しい判断だといえよう。もっとも、「名探偵ホームズ全集」としては5巻にあたり、すでに何度も述べているように、訳者の山中峯太郎の意向を無視して、巻数が振られているため、混乱する。


 ところで、児童向けのホームズ叢書は、第1巻になにを持ってきているだろう。前にあげた代表的な叢書以外にも、今回調べたものを加えてみると、以下のようになる。

  1. 「深夜の恐怖」  【名探偵ホームズ】偕成社
  2. 「赤い文字の謎」 【シャーロック・ホームズ全集】ポプラ社 ★阿部知二
  3. 「赤い文字の秘密」 【名作選 名探偵ホームズ】講談社      
  4. 「名馬銀星号の謎」 【名探偵シャーロック・ホームズ集英社 ★「緋色の研究」は11巻
  5. 赤毛連盟」 【名探偵ホームズ】学習研究社 ★「赤い文字の秘密」は9巻
  6. 「のろいの魔犬」 【名探偵ホームズ全集】小学館 ★「赤の怪事件」は3巻
  7. 「まだらのひも」 【名探偵ホームズ全集】小学館 ★上記の新版でなぜか巻数が変更になっている/「赤の怪事件」は5巻
  8. 「まだらのひも」 【シャーロック・ホームズの冒険春陽堂 ★春陽堂少年少女文庫/全12巻/「赤い文字のなぞ」は3巻
  9. 赤毛軍団のひみつ」 【名探偵シャーロック・ホームズ岩崎書店 ★全28巻/全短篇を収録しているが長篇はなし
  10. 「緋色の研究」 【シャーロック=ホームズ全集】偕成社 ★原典の出版順に収録
  11. 「消えたグロリア・スコット号」 【ホームズは名探偵】金の星社フォア文庫 ★「ローリストン・ガーデン殺人事件」は2巻
  12. 赤毛組合」 【名探偵ホームズ】講談社青い鳥文庫 ★巻数なし/出版順では「緋色の研究」は4番目
  13. 「緋色の研究」 【まんがシャ-ロック・ホ-ムズ全集】小学館 ★小林たつよし=まんが
  14. 「緋色の研究」 【The Kumon manga library】くもん出版 ★石川森彦=まんが 藤岡美暢=シナリオ


 おおむね、刊行順に並べている。7・8・9と11以降が新しく付け加えた叢書である。7は6の新版で、挿し絵を上村一夫が担当。8は武田武彦、11は小林司東山あかねの、12は日暮まさみちの訳である。また5の学習研究社の亀山龍樹訳は現在、ポプラポケット文庫に収録されつつある。最期の二つはマンガ版だ。

 こうしてみると、「深夜の恐怖」「赤い文字の謎」「赤い文字の秘密」など題名は違っても、なるほど、やはり『緋色の研究』を最初にもってくるケースが多い。しかし、もう一つの傾向としては、「赤毛連盟」「まだらのひも」「名馬銀星号の謎」「のろいの魔犬」などのように、代表作・有名作を第1巻にするもので、これはこれで、営業策として納得できる。

 変り種は、金の星社フォア文庫の【ホームズは名探偵】シリーズで、全巻構成は次のようになっている。

  • 消えたグロリア・スコット号(消えたグロリア・スコット号/マスグレ-ブ家の秘密)1989.10
  • ローリストン・ガーデン殺人事件               1989.10 ★緋色の研究
  • 怪事件まだらのひも(怪事件まだらのひも/あやしい入院患者) 1990.02
  • 花よめ失そう事件(花よめ失そう事件/第二の血のあと)    1990.04
  • ボヘミア王の秘密(ライゲートのなぞ/ボヘミア王の秘)    1990.08
  • アヘン窟に消えた男(アヘン窟に消えた男/五つのオレンジの種)1991.02
  • なぞの赤毛連盟(花むこ失そう事件/なぞの赤毛連盟)     1991.06
  • 青い宝石盗難事件(死にかけた名探偵/青い宝石盗難事件)   1991.12 ★1990.9に別版?
  • 恐怖の谷                          1992.06
  • ギリシャ語通訳の悲劇(黄色い顔/ギリシャ語通訳の悲劇)   1993.05
  • インドの秘宝怪事件                     1995.12  ★四つの署名
  • バスカヴィル家の魔犬                    1997.02


 訳者が小林司東山あかねだと言えば、予想がつくかもしれないが、実は、この配列はベアリング=グールド説の事件発生順なのである。しかし、これはいかがなものか。いきなりホームズの若かりしころの活躍を読まされるのもどうかと思うし、それよりなにより、昔から長沼弘毅のホームズ本などを読んできた身にしてみれば、ベアリング=グールド説はあまりに異端である。(「ボヘミアの醜聞」が「四つの署名」よりも前に起きたなど、どうして信じられよう)現在のホームズ研究がどうなっているのかは知らないが、こういう珍妙な説をさも公式見解のように示すのは、賛成できない。こういうのは、子供向けの「安易な改変」以上に始末が悪い。もし「原典主義」を貫くのなら、やはりドイル執筆順であろう。

 ところで、 このお二人が監修した小学館の【まんがシャ-ロック・ホ-ムズ全集】も、次のような作品配列になっている。

  • 1.緋色の研究 1996.10
    • 緋色の研究/グロリア・スコット号の謎/マスグレーブ家の奇妙な儀式
  • 2.まだらの紐 1996.12
    • まだらの紐/花嫁失そう事件/ボヘミアの醜聞/くちびるのねじれた男/花むこの行方
  • 3.恐怖の谷 1997.03
    • 恐怖の谷/赤髪組合/ひん死の探偵
  • 4.四つの署名 1997.05
    • 四つの署名/青いガーネット/ギリシャ語通訳
  • 5.バスカヴィル家の犬 1997.09
    • バスカヴィル家の犬/海軍条約事件/技師の親指
  • 6.ホ-ムズ最後の事件 1997.11
    • ホ-ムズ最後の事件/白銀号事件/空き家の冒険/美しき自転車乗り/六つのナポレオン


 監修は石ノ森章太郎になっているものの、くもん出版の【The Kumon manga library】も、以下のような構成である。

  • 1.緋色の研究 1996.11
  • 2.まだらの紐・グロリア・スコット号 1996.11
  • 3.ボヘミアの醜聞唇のねじれた男 1996.12
  • 4.赤髪連合・第二の汚点 1997.02
  • 5.青いガ-ネット・瀕死の探偵 1997.03
  • 6.恐怖の谷 1997.05
  • 7.四つの署名 1997.07
  • 8.バスカヴィル家の犬 1997.09
  • 9.ぶな屋敷・ボスコム谷の惨劇 1997.10
  • 10. 銀星号事件・ウィスタリア荘 1997.11


 全作品が収録されてないので、ちょっと見には分からないかもしれないが、どちらもベアリング=グールド説の事件発生順をあるていど踏まえているようである。これは、マンガの場合、ワトソンが結婚していたり、まだだったりするのはややこしい、という判断なのかもしれない。だけど、これこそは、面白く改変してしまえばいいのだよ。そう、山中峯太郎のように。

 いや、リスト好きなもので、なかなか本題に入れません。次は、内容に触れていこう。