ミステリー短編史のアンソロジー

日本で刊行された海外短編ミステリーのアンソロジーの中から重要なものを選べといわれれば、江戸川乱歩編の『世界短編傑作選』(創元推理文庫、全五巻)をまず筆頭に挙げねばなるまい。これが完結したのは1961年のことだった。この乱歩編の傑作集は古典であり、短編ミステリー・ジャンルの聖典である。

 これは《名作短編で編む推理小説50年史》という副題のついた『世界ベスト・ミステリー50選』(光文社文庫/上下巻)の解説で、小鷹信光が冒頭に述べた文章である。この小鷹の説に異論のあるミステリー・ファンはほとんどあるまい。『世界短編傑作選』はその前に東京創元社の世界推理小説全集に収録された『世界短編傑作集』(三巻/1957-59)を増補する形でまとめられたもので、乱歩が推理小説100年間の傑作集を精査した「英米短編小説吟味」(『続・幻影城』収録)を元に編まれた、文字通り「聖典」といっていいアンソロジーである。これを読めば、黎明期から1950年代頃までの推理小説史を俯瞰できるという、まことに見事な構成になっている。ただ、編まれた年代の所以もあり、1940年代以降は吟味が甘い部分もある。


 小鷹が次にあげる重要なアンソロジーは、早川書房の《世界ミステリ全集》に収められた石川喬司編の『37の短編』(1973)である。これにそれほど異論のある方も、少ないだろう。このアンソロジーははっきりと、『世界短編傑作選』以後、というコンセプトによって編まれたもので、1940年代から60年代までの短篇ミステリの変遷がたどれる構成になっている。このアンソロジーの歴史的価値もすでに定まっているだろう。これも難を言えば、「クロウト好みの異色アンソロジー」(前述小鷹解説)であり、正統派といいがたい部分であろうか。これは仕方のないことかもしれない。1950年代以降は、ミステリのジャンルは多様化し、ひとつの流れを「正統」としてとらえることは不可能になっている。

 日本で独自に編まれたアンソロジーで次に重要なのは、各務三郎編『クイーンの定員』(全3巻/文庫版全4巻/文庫版の追加作品「バチニョルの小男」)である。クイーンが著した短篇ミステリ変遷史を元にしてアンソロジーを編むという恐るべき企画で、まさに正統派。乱歩の『世界短編傑作選』とこの『クイーンの定員』を読めば、ミステリ短篇史の概要は把握できる(はずだ)。

 アンソロジーによるミステリ史というコンセプトでは、ハヤカワ・ミステリに収録されている『名探偵登場』(全6巻/1956-63)も見逃せない。このアンソロジーは「シリーズ・キャラクター」に注目して推理小説の発展史をたどろうという試みである。1巻〜3巻は比較的オーソドックスな作品が多いが、それでも他で読みにくい作品もいくつか収録されている。さらに後半の4〜6巻は独自の編集がなされ、異色のアンソロジーとなっている。

 アメリカで編まれた短篇ミステリー史アンソロジーとしては、すでに挙げた『世界ベスト・ミステリー50選』が最重要であろう。EQMM収録作によって1940年代から1980年代までの流れを俯瞰する試みである。このアンソロジーは受賞作ははずしているため、MWA短篇賞の受賞作をまとめた『エドガー賞全集』(ハヤカワ文庫/上下巻)『新・エドガー賞全集』(ハヤカワ文庫)も重要となる。

 これらの短篇ミステリ史をたどる上で重要なアンソロジーのうち、現在手軽に入手できるのは、江戸川乱歩編『世界短編傑作選』のみ、というのは、いささか寂しい状況ともいえよう。少なくとも、『クイーンの定員』と『世界ベスト・ミステリー50選』は読めるようになってほしい。