ミステリの分類(11)/さまざまな分類法・その2――規格分類


 ボアローナルスジャックは、評論集『推理小説論』(1964)[紀伊国屋書店/現代文芸評論叢書]の中で、次のようにいう。

編集者たちは、推理小説のいろいろな種類を強いて区分したがるという困った習慣をもつようになり、本のカバーに〈心理〉、〈苦悩〉、〈古典〉、〈ユーモア〉、〈謎〉という五つの類別を明示するようにまでなった。この区分は無意味である。推理小説はそれ以上細分されるものではない。それは歴史的にさまざまな形態をとってきただけなのだ。(p148/寺門泰彦訳)

 「困った習慣」をもつこちらとしては、耳が痛い。「推理小説はそれ以上細分されるものではない。それは歴史的にさまざまな形態をとってきただけなのだ」という意見は、ある意味、正しいのかもしれない。あるのは時代ごとの形態と、個々の作家の作風だけ、というわけだ。

 しかし、ある種の作風は時代を越えて受け継がれ、明確な影響関係にある流派を構成しているかのように見えることがある。ミステリという複雑怪奇な集合体を、なんらかの要素で切りとる「冴えた方法」はないものだろうか。

 分類のやり方には、大きく分けて三つの方法が考えられる。類型分類、規格分類、系譜分類である。*1

 類型分類は似たもの同士を集め類型に分けていくもので、人間が自然に行なっているモノの類別は、ほとんどがこの分類法によっている。似ているか似ていないかを決める着目項目の選び方が、人間の認識そのものといえるだろう。規格分類は、数量(重量・身長・おしべの数など)や明快に区別できる属性(左右・年代など)による分類である。A・非A型の分類にならずそれぞれの分類項目が完全に等価になることや、分類項目のどこにいれるのかが明確なのが特徴だが、人間のもつ同種イメージとずれてしまうことも多い。系譜分類は、この二つと違い、形態や形質の差違ではなく、過去の歴史をもとにした分類である。代表的な例としては、生物進化史や家系図があげられる。いわゆる系統樹として表現されるものは、この系譜分類といえる。

 さまざまな方法が考えられる類型分類や、はたして可能なのかどうかも分からない系譜分類は後回しにして、今回はまず、規格分類について考えてみることにしよう。

 一般的に見られる規格分類の例としては、ボクシングの体重制、服のS・M・Lなどがある。気温によって真夏日、夏日などと分類するもの、この規格分類だといえよう。これらは人間にとってなんらかの意味のある分類であり、一旦、分類基準を決めさえすれば、各個体をどこに含めればいいのか、すぐに判別する。しかし、どうしてその数字で分けなければならないのか、すべての人に納得のいくような理由を見つけることは難しい。人間の歴史を紀元前と紀元後に分けることに、キリスト教社会以外に何らかの意味があるのか、と問われると、答えられないのだ。リンネは植物をめしべとおしべの数で分類したが、「分類体系は論理的にほぼほぼ完璧」*2であったにもかかわらず、「人間の類似性の認知パタンと余りにも大きく矛盾したため」*3、すぐに誰も使わなくなった。

 規格によるミステリの分類で最初に思いつくのは、作品の長さによる分類である。これは江戸川乱歩の「探偵小説の定義と類別」にもある、以下のような分類だ。

  • 長篇(ノベル)
  • 中篇(ノヴェレット)
  • 短篇(ストーリー)
  • 掌篇(ショート・ショート)

 ここでは、長編と中篇、中篇と短篇がどこで区切られるのか明確ではないが、アレン・J・ヒュービンのミステリ書誌 Crime Fiction やウィリアム・G・コンテントの短篇書誌 Mystery Short Fiction などでは、次のように表記規格が決められている。

  • novel (over 100 pages, over 40,000 words)
  • novella (46-100 pages, 17,500-39,999 words)
  • novelette (21-45 pages, 7,500-17,499 words)
  • short story (4-20 pages, 1,000-7,499 words)
  • vignette (under 4 pages, under 1,000 words)

 どうして20ページとか45ページが区切りとなるのか、なにゆえ7500語とか4万語で分けるのかの理由はさておき、これならとりあえず、区分は明確である。区分肢は作品の分量で統一され、排他性も網羅性も確保されているし、各分類項目が互いに等価であることも明らかだ。

 しかし、この分類法はたしかにシンプルで明確ではあるものの、ではこれでミステリの全体像が掴めるのかと問われると、首を傾げざるを得ない。それは、これが小説すべてに当てはまる分類基準であり、ミステリに特有の基準ではないからだ。

 ところが、この作品の長さによる区分も、考えかたによっては、ミステリの流れを理解する一助になるのである。そうした視点の一例が、乱歩の「二つの角度から――探偵小説変遷史の一考察」(『幻影城』所収)である。ここで乱歩は探偵小説の歴史を、作品の長さと探偵の性格によって、次のように分析した。

  • 短篇時代(ポー)――天才型探偵の時代
  • 長篇時代(ポーからドイルまで)――努力型探偵の時代
  • 短篇時代(ドイルから第一次世界大戦まで)――天才型探偵の時代
  • 長篇時代(第一次世界大戦以降)――天才型・努力型混合時代

 かなり乱暴にまとめているとはいえ、探偵小説発展史のひとつの捉え方として、面白い提示といえる。この後を続けるなら、第二次世界大戦以降は、一時的に長篇・短篇混合時代があり、その後は次第に短篇が少なくなってきたといえようか。(ある時期以降は、短篇=アンソロジー時代となったようにも思える)

 乱歩がここで提示した探偵小説発展史との関連でいえば、もう一つの規格分類として、作品の発表年代による区分が考えられる。冒頭で引用したボアロ&ナルスジャックの言葉にあるように、それ以上細分化できない「探偵小説」という種の、歴史的なさまざまな形態を示そうという試みだ。ただし、年代区分法は、人間にとって意味のあるものにしようとするならば、その区切りは、純粋な規格(例えば十年ごと)によるものではなく、ある程度、類型分類の考えを取り入れることになる。例えば、ヘイクラフトの『娯楽としての殺人』では、次のような時代区分を提示している。

  • 発生(1841)
  • 中間期(年代は記載されてない)
  • ルネッサンス(ホームズの登場―1887)
  • ロマンティック期(1890-1914)
  • 黄金時代(1918-1930)
  • 近代派(1930- )

 ロマンティック期の終りの1914年は、第一次世界大戦の始まった年であり、黄金時代の始まりはその終了の年だ。この間に発表された作品がなかったわけではあるまいが、この区切りはたしかに、第一次世界大戦は探偵小説をも決定的に変えてしまったことを明確に示している時代区分である。現在のぼくの考えは、次のような時代区分が妥当だろうと考えている。

  • 1841年以前――探偵小説が生成するまで
  • 1841-1890――ポーの登場と、長篇探偵小説時代(ガボリオ期)
  • 1891-1917――短篇探偵小説の時代(ホームズ期)
  • 1918-1939――探偵小説の黄金時代
  • 1940-1949――第二次世界大戦と戦後
  • 1950-1959――心理サスペンスと警察小説の時代
  • 1960-1969――スパイ小説の時代
  • 1970-1979――新しい波の時代(国際謀略小説、歴史ミステリ、ネオ・ハードボイルド、ペイパーバック・ヒーロー、ネオ・ポラール、雑誌《幻影城》など)
  • 1980-1989――女性私立探偵、サイコスリラー、リーガル・サスペンス/(国内)冒険小説、トラベル・ミステリー
  • 1990-1999――コージーノワール、新警察小説/(国内)新本格ミステリー、新社会派ミステリー

 1841年を起点とするのは、もちろんポーの「モルグ街」発表の年だからなのだが、それだけではなく、同じ1月にイギリスでディケンスが『バーナビイ・ラッジ』を、フランスでバルザックが『暗黒事件』を、連載開始した年でもあるからだ。どちらも犯罪事件の解明を主題のひとつとした歴史物語であり、4月発表の「モルグ街」と合わせて、探偵小説発生の年とするにふさわしい。

 次の1891年は、いわずと知れたシャーロック・ホームズの短篇連載の開始年である。もちろん、ホームズ登場の1887年も、同年にファーガス・ヒュームの『二輪馬車の秘密』がイギリスで発売になった年でもあり、重要なのだが、しかし、ホームズの初期長篇二作は旧時代(ガボリオ時代)に入れたほうが分かりやすいし、なにより1891年は「モルグ街」からちょうど五十年目だ。短篇探偵小説時代の終りを、ヘイククラフトによる1914年でなく1917年としたのは、年代の空白を作りたくなかったためもあるが、それよりもこの年に実質上の最後のホームズ短篇である「最後の挨拶」が発表されているのが理由である。(これ以降に発表されたホームズ譚は、すべて過去の事件となっている。)この短篇が、ドイツのスパイとの戦いだというのも、時代の変遷を象徴している。

 次の黄金時代は、1918年からとしたが、実をいうとこの年に記念碑的な作品が発表されたわけではない。第一次世界大戦終結の年という意味合いが強い。作品を基点とするなら、クリスティとクロフツが処女作を発表し、H・C・ベイリーの「フォーチューン氏」の最初の短篇集が出版された1920年が、黄金時代の始まりの年となるだろう。この年は、アメリカで《ブラック・マスク》が、日本で《新青年》が創刊された年でもある。ちなみにこの二誌で活躍したハメットと乱歩は同年の生まれで、処女短篇の発表年や休筆の時期も、妙に似通っている。(全く同じではないが)ヴァン・ダインと同年のチャンドラーは、乱歩よりも(さらに言えば、森下雨村小酒井不木よりも)年長なのだ。

 黄金時代の探偵小説は、同時代の社会情勢とは無縁の、一種の現実逃避ともいえる桃源郷を舞台にした作品が多くなるが、これは第一次世界大戦前の作品には見られない特徴であり、黄金時代のさきがけ的作品とされる『トレント最後の事件』(1913)も当時の社会情勢を背景に物語が構成されている。ヘイクラフトは1920年代で黄金時代を区切ったが、その後も依然としてパズル的な作品は多かったし、アメリカではむしろ1930年代のほうが、このタイプは多く書かれていた。しかし、1940年代になるとバークリーやセイヤーズ、C・デイリー・キングらは沈黙し、クイーンも作風を変化させた。第二次世界大戦が始まり、ヴァン・ダインが死去した1939年で、黄金時代の終りとした。

 さて、この後の時代区分が難しい。日本では1945年の第二次大戦の終りが重要な意味をもつが、欧米の探偵小説の作風は1940年代を通じて、しだいに変わっていったのであって、1945年の前後で顕著な変化を示していないようにも見える。そして、その後は、大きな変化を示した年を設定することが出来なくなる。そこで、1940年以降は、単純に十年ごとに区切ることにし、その時代の代表的な(その時代に現われた)作風で、時代を語ることにした。といっても、1980年代以降は、わけがわからないといった方がよく、時代を切りとるキーワードにまったく自信がない。いっそ、1970年代以降をすべて「混沌の時代」として括ったほうがいいような気もする。どなたか、全体の流れを把握して、きちんとまとめてくれないものか。

 ミステリの規格分類の考察から、ずいぶんとズレてしまった気もするが、今回は(今回も)とりとめなく、ここまで。

*1:参考/中尾佐助『分類の発想』[朝日選書]

*2:池田清彦『分類という思想』[新潮選書]

*3:同前