■1945〜1949(昭和20年〜24年)その11/その他の出版社の大衆児童文学3
この時期、児童読物を数冊だけ刊行した出版社の作品を見ていこう。
名張市図書館『江戸川乱歩著書目録』(2003)によると、戦後の乱歩の著書は昭和21年(1946)1月から刊行されているが、児童向けでは1947年6月に光文社の痛快文庫で再刊された『怪人二十面相』が最初である。*1引き続いて痛快文庫から『少年探偵団』(1947年7月5日刊)『妖怪博士』(1948年4月20日刊)と出版されるのだが、その間に次の著書が出ている。
『新宝島』は「少年探偵団」シリーズのあと、1940年4月から1941年3月まで『少年倶楽部』に連載された作品で、戦前に一度、本になっているが、戦後の出版はこの文化出版のものが最初である。1942年1月から1943年1月まで『少年倶楽部』に連載された連作短篇「知恵の一太郎」シリーズは、戦前の出版はなく、前半が『知恵の一太郎』、後半が『魔法の眼鏡』の二分冊となった京橋書房版が初刊となる。*2のちにこれを一冊にまとめ、『少年名探偵』と改題した本が出雲書房から出ている。出雲書房は『新宝島』も出したほか、山中峯太郎の本も刊行した。
一星社からは『西遊記』やグリム童話集『星の銀貨』のほか、「少年科学探偵」と角書きのある『呪ひの宝石』『地底の宝庫』や、『猿飛佐助』『宮本武蔵』の二冊が確認できた「少年評判講談」のシリーズが出ている。
- 一星社
昭和24年(1949)に『少年時代』という雑誌を出していた同盟出版社からは、「少国民シリイズ」として、西條八十や山中峯太郎の作品が刊行されている。
- 同盟出版社
『宝島物語』の巻末広告文から、探偵小説関連のものを引用しておく。
根本書誌によれば、御影文庫から『砂漠の大金塊』の出版が確認され、同書の広告欄に『謎の白髪鬼』と『乙女の誓い』があるとの由。また大阪国際児童文学館のデータに『正太の故郷』がある。
- 御影文庫
- 『謎の白髪鬼』森下雨村
- ニューヨークに暗躍する謎の白髪! 鬼飛行技師の奇怪な失そうをめぐって活躍する鬼警部とジョン少年。謎とスリルの少年探偵小説。
昭和20年代前半に大衆児童読物の分野で最も活躍した作家は、海野十三と南洋一郎だろう。戦後の新作に加えて戦前作品の復刊も多く、これまでにあげた各出版社のリストでもその活躍ぶりは充分に確認できたが、それ以外の出版社からも多くの本が刊行された。まず、海野十三から『海野十三全集別巻2』の著書目録を参考にして、見ていこう。同じ出版社から海野以外の児童書の刊行が確認できた時は、あわせて記載した。
- 自由出版社/【DS選書】
- 『地球盗難』海野十三 1946-07-01
- 労働文化社
- 開明社
- 高志書房
- 自由書房
- 日本正学館/【冒険少年文庫】
- ロッテ出版社
- 青葉書房
- 八重垣書房
- 至元社
- 『月世界探険』海野十三/飯塚羚児・絵 1948-06-15 ★「月世界探検記」改題
- 『黄金十字城』北村寿夫/小山田三六・絵 1948-11-07
- 日本放送出版協会
- 『宝島』西山敏夫/梁川剛一・絵 1947-05-01 ★ロバート・ルーイス・スティヴンスン原作
- 『ふしぎ国探検』海野十三/村上松次郎・絵 1949-01-10
労働文化社から出た『地球発狂事件』の表題作は、海野十三の戦後最初の作品である。敗戦で家族と共に自決すら考えた海野であるが、根本書誌に引用されている同書の「作者の言葉」によれば、敗戦三日目の8月17日に協力新聞社から「科学性のある探偵小説の連載」を依頼され、この作品の執筆を通して「その後生長らへることが出来、その虚脱状態を短縮することが出来た」と回想している。開明社から刊行された『火星探検』は、1945年12月から雑誌『サイエンス』に連載された長編SFだ。「生命ある限り、科学技術の普及と科学小説の振興に最後の努力を払わん」と日記に記したのは、その年の大晦日だった。*3こうして1949年5月に死去するまで、その決意のままに、膨大な量の科学小説や探偵小説を、主に少年向け雑誌に書き続けた。
同じく開明社から出た富士光一の『獣人島物語』も、表題作は『サイエンス』の連載小説で、『モロー博士の島』の翻案のようである。また、この本にはほかに「花の博士」(牧野富太郎伝記)、「細菌の父」(北里柴三郎伝記)が併録されている。高志書房からは海野の著書のほかに、木々高太郎の作品も出版された。その『緑の秘密国』の巻末には、木々の『三面鏡の恐怖』の広告もある。青葉書房の『月光の怪人』の巻末広告には、南洋一郎の『謎の怪力光線』があり、さらに長田幹彦『嘆きの夜曲』や加藤まさを『消えゆく虹』が近刊となっている。
日本正学館は雑誌『冒険少年』を刊行していた出版社だが、同社の叢書「冒険少年文庫」は『冒険少年』の連載小説をまとめたものではないようだ。野村胡堂の『馬子唄六万石』は戦前作品の再刊だし、海野の『海底都市』も他の雑誌に掲載された作品である。逆に『冒険少年』に連載された野村胡堂の『大宝窟』、海野十三の『怪星ガン』などは、単行本が別の出版社から出ている。
上記リストに見るとおり、日本正学館や自由書房からは南洋一郎の著書も刊行された。南洋一郎も、池田宣政名義を含め、著作、著書ともに非常に多く、さらに偉人伝や少年向けの翻訳作品(再話)も、余技と呼べないほど多岐にわたっている。さらに、特に昭和20年代前半は新作に加えて戦前の復刊本も多く、その全貌はなかなかつかめない。『少年小説大系/南洋一郎集』に掲載された池田陽子・秋山賢司共編の著作年表によると、戦後最初の著書は偕成社から1946年5月に出版された『小公子』だった。これ以降、同年表とその他の資料で確認できたかぎり、1946年に7冊(『小公子』含む)、1947年に18冊、1948年に35冊、1949年に11冊の著書があり、これまでに挙げてきたほか、以下のような出版社から刊行されている。同じ出版社から刊行された児童書も、あわせて記載した。
- ともだち社
- エルム社
- 『荒野の風雲児』池田宣政 1947-11
- 民衆書房
- 隆文堂
- 新日本文化協会
- 不二書房
- 門野書店
- 『大海賊の秘宝』南洋一郎 1948-08
- 文林社
- 『大冒険王』南洋一郎 1948-09-20
- 文陽社
- 淡路書院
- 『火地獄と氷地獄』南洋一郎 1949-03-10
この中では、ポウの翻訳をしている文陽社の『氷海の冒険児』に注目したい。南洋一郎(=池田宣政)の作家歴の中で、海外小説の再話は当初から重要な位置づけをもつ。「再話をした作品も、もともと大人の文学作品として日本に移住され普及したもの、欧米の近代児童文学の古典、大衆読物のジャンルに入るものと、多岐にわたる。」*4そもそも、南洋一郎の名を知らしめた秘境冒険譚『吼える密林』(1932年連載)が、海外の探検実話の再話なのである。南は1955年からポプラ社を中心として海外探偵小説の翻訳・再話を数多く手がけ、やがてルブランのルパン物語にたどりつく。南名義の翻訳では、戦前の『ロビンソン漂流記』や戦後の『孤島の十五少年』があるが、それら秘境冒険小説と探偵小説をつなぐ位置に、このポウの『氷海の冒険児』を置いてみることも出来るだろう。なお、この作品は、のちに「黄金虫」を追加して、ポプラ社の《世界名作物語》に組み込まれた。
南洋一郎以外では、ともだち社の蘭郁二郎『少年探偵王』が目を引く。海野十三による作者紹介の序文がついているこの本は、7話の連作と1作の短篇が収録された短篇集。大下宇陀児は上記の不二書房『鉄腕拳闘王』以外にも、次ぎのような作品が刊行された。例によって、同一出版社のそのほかの児童読物もあげた。
- 青柿社
- 六桜社
春江堂の「少年痛快文庫」には通番がうたれている。確認できたのは四作だけ。
- 春江堂【少年痛快文庫】
- 『少年拳闘王』古川真治/富田千秋・絵 1948-04-30
- 『覆面怪投手』今井達夫/富田千秋・絵 1948-01-10
- 『海の野獣』梶野悳三/中島喜美・絵 1948-08-10
- 『街の太陽』山岡荘八 1948-09-05
川流堂書房から刊行された児童書で確認できたのは次の通り。
- 川流堂書房
- 『南海の奇蹟』小奈晴夫/木川秀雄・絵 1948-12-25
- 『ダイヤの鍵』佃順/木川秀雄・絵 1949-02-15
- 『謎の一本杉』吉田武三/木川秀雄・絵 1949-05-15
- 『熱血の握手』箱崎四郎/木川秀雄・絵 ★発行年月不明
『謎の一本杉』巻末の広告文を、根本書誌から引用してみる。
また、『南海の奇蹟』には作者の次のような「あとがき」がある。(新字になおす)
くだらないマンガやあくどい読物が、いま洪水のように溢れている。そんなものを読んではいけないと言っても、少年少女たちにはけっこう面白いのである。大人が眉をしかめても、少年少女たちは矢張り冒険物や探偵物が好きである。だから彼等が面白く読もうとするのをむげにしりぞけるのは罪である。そうかといって怪しげな読物によって、彼等の素純な心がむしばまれて行くことは悲しいことである。
彼等の好むまゝに冒険物でも探偵物でもいい、その内容には少なくとも彼等の空想や夢を美しく育てるものがなければならない。彼等は自ら描くところの夢をたべて生きている生活体である。成長する彼等の心情に豊かなカロリーを与える読物であることが大切である。(後略)
内容からいって、読者である少年少女ではなく、父兄向けの文章と思われる。1948年から急速に勢いを増した大衆児童読物の(少年向きの)中心は、「冒険物や探偵物」だった(少なくともそう捉えられていた)ことがわかる。そうした「冒険物や探偵物」を中心としたのが、明々社の《冒険活劇文庫》シリーズだ。明々社はこのほかに、《冒険活劇絵物語》という叢書も出しており、永松健夫の「黄金バット」や小松崎茂の「太陽児」のシリーズで当てた。こうして1948年8月に、「黄金バット」をメインに雑誌『冒険活劇文庫』を創刊。1950年4月号から『少年画報』と誌名変更してからも、別冊付録に「冒険活劇文庫」の名が見られる。
- 明々社【冒険活劇文庫】
- 『怪獣国探検』(冒険科学小説)伴大作 1948-04-25
- 『ライオンマン』(冒険活劇小説)松井みつよし ★発行年月不明
- 『怪傑黄金仮面』(冒険活劇小説)マキ・イチロー ★発行年月不明
- 『怪盗ゼット団』(冒険探偵小説)中丸蛍介 ★発行年月不明
- 『怪傑骸骨王物語』(冒険探偵小説)伴大作 ★発行年月不明
明々社(のちの少年画報社)はマンガ史の中で語られることが多いが、雑誌『野球少年』を出していた尚文館もマンガとの関わりが深い。発行者の加藤謙一は戦前の『少年倶楽部』黄金期を築き上げた名編集者で、戦後は学童社の『漫画少年』を編集したことで知られる。尚文館からは加藤の人脈からか、『少年倶楽部』連載作品の再刊もあるが、富田常雄の『虹を射る少年』は『野球少年』に連載された野球小説である。
- 尚文館
野村胡堂の児童向け作品は鷺ノ宮書房と駿台書房からも出ている。
- 鷺ノ宮書房
- 駿台書房
このうち、『水中の殿堂』は「少年探偵小説」と銘打たれ、表題のほかに「眠り人形」「向日葵の眼」が収録された短篇集である。
その他の少年向け児童読物には次のようなものがある。
- 東山書房
- 『鉄十字架の秘密』北町一郎/井口文秀・絵 1947-04-25 ★長篇探偵小説
- 日の出書房
- 『虹の出帆』土家由岐雄 1947-05-10 ★少年小説
- 文人社書店
- 『魔法少年』大下宇陀児 1947-05-20
- 今瀧書房
- 『春となれば』筑紫文雄 1947-05-30 ★短篇集
- 新世堂
- 『海洋の王者』北町一郎/井口文秀・絵 1947-11
- 曙出版
- 第一文庫
- 『少年冒険文庫』 1948-03-05 ★アンソロジー
- 広島図書【銀の鈴文庫/伝記創作篇】
- 『古城の秘密』城昌幸/嶺田弘・絵 1948-06-01
- 神田出版
- 『星吠ゆる海』山岡荘八/飯塚羚児・絵 1948-08-05 ★長篇冒険小説
- 中文館書店
- 『海の隼』千葉省三 1948-10-30 ★少年少女小説
- 『ヒマラヤの牙』野村愛正 1948-12-30 ★少年冒険小説
- 新風社
- 『富士の秘宝』永松浅造 1949-02-25 ★少年少女怪奇冒険小説
- 山田書店
- 『魔獣の叫び』山路壮太郎/樺島勝一・絵 1949-10-25 ★大アフリカ探検
- 青い鳥社【青い鳥文庫】
少女小説は次の出版社からも出ている。
- 丹頂書房
- 『夕映少女』川端康成 1946-04-25
- つるべ書房
- 『司馬家の子供部屋』吉屋信子 1947-10-05
- 永晃社
- 『美しい国』横山美智子 1948-12-10
- 華頂書房
- 『めぐり会い』谷村満智 1949-09-25
- 尾崎書房
- あおぞら出版社
- 『さすらいの旅』森晴代 1949-11-10
- 『薔薇は花咲けど』玄海浩 1949-12-30
- 『母星子星』大木六郎 1949
- 『光の巨人』泊新二郎 1951-10-10
- 『悲願城』山室龍馬 1953-10-25
- 大泉書店
- 日昭館書店
- 『乙女と湖』戸田みち子 1950-12-20
- 『髑髏十字架の秘密』織隆介 ★発行年月不明(ネットオークションの出品本)
サトウ・ハチローのユーモア小説は、これまで挙げた以外に、次の出版社からも出た。
- 全音楽譜出版社
- 『若い雨』サトウ・ハチロー 1948-08-25
- 東京プレス・サービス社
- 『春を握る』サトウ・ハチロー 1948-05-05
- 卍書林
- 実業之日本社
- 『ポロンポロン物語』サトウ・ハチロー/藤井千秋 1949-05-12
- 紅葉書房
少年向き時代小説の補遺は次の通り。なお、少年講談を刊行した出版社には、ほかにも金鈴社、黎明社、少年講談社などがある。
- 艸文社
- 『黒衣剣侠』高垣眸 1947-05-20
- 新地館
- 愛甲書房
- 『真田雪村』中野錦一郎 1949-02-15
童話や海外児童文学の翻訳(再話)を刊行した出版社で、これまで触れられなかったものをまとめておく。
- 牧陽社
- 岩井書店
- 啓文館【学童文庫】
- 『愛の学校』児童文化振興会/斎田喬 1946-12-15
- 『ロビンソン冒険物語』児童文化振興会/田代寛哉・絵 1948-10-15
- 『声の島』児童文化振興会/村山薫・絵 1948-08-20 ★『南島夜話』
- 啓文館【愉快な冒険ブック】
- 『兎の丸さんの冒険』宇多五郎/水野清之・絵 1948-11
- 『じいさん蛙の冒険』宇多五郎/水野清之・絵 1948
- 丹羽書店【キリン版世界名作文庫】
- 『少年捕鯨王』スタックプール/南沢十七・訳 1948-11-30 ★2巻とあるが、これ以外は未確認
- 愛宕書房
- 『コルネリの幸福』ヨハンナ・スピリ/野上弥生子・訳 1946-09-15
- 操書房
- 『孤児マリイ』マルグリット・オオドウ/堀口大学・訳 1946-11-25
- 美国堂紅葉書房
- 日本文化出版
- 『少年ジャングル王―マーチンの冒険』R・バランタイン/加能越郎・訳/西崎大三郎・絵 1949-01-15