『ヴェサリウスの柩』

今年の鮎川哲也賞受賞作。読みました。


ヴェサリウスの柩

ヴェサリウスの柩


選評によると、

小説としての出来は申し分ない。(中略)わたしが引っかかったのは、この作品が本格ではなく、江戸川乱歩賞では定番の業界ものサスペンスという点だった。(笠井潔

文章の上質さ、意識の好ましさは、一種の香気さえ感じさせ、(中略)女性描写も巧みで、(中略)客観性は見事である。そういったひとつひとつが、作中世界をきわめてビリーヴァブルにした。(島田荘司

描写力、構想力ともに他作品に比して群を抜いている。乱歩の復讐劇のような凄まじい展開を大学病院という現代的な舞台においてくりひろげているのがおもしろい。(山田正紀

いやあ……(笑)鮎川哲也賞の伝統に恥じない、トンデモ・ミステリでした。

選考委員たち、大丈夫か!? これを「小説としての出来は申し分ない」「一種の香気さえ感じさせ」「ビリーヴァブル」というのかなあ。それこそ、アンビリーヴァブル、シンジラレナーイ。

まあ、乱歩の通俗長篇と似たような世界である。しかし乱歩の通俗長篇が、荒唐無稽な設定ながらリアリティを感じさせるのに、この作品はまさに荒唐無稽なだけなのだ。それは、復讐者の心理、犯人の心理、被害者の心理がおざなりで、設定を説明するだけのご都合でしかないからだ。「リーダビリティが高い」のも、描写をほとんどしていないからだろう。

ところで、笠井潔鮎川哲也賞を「日本で唯一の本格探偵小説新人賞」と言っているが、いつからそうなったのか? 巻末の応募規定を見ても、「創意と情熱溢れる鮮烈な推理長篇を募集します」としか書かれていないでないか。

それより、根本的な問題は、そうでもしないと鮎川哲也賞が「第二乱歩賞化していく危険」という認識である。これは、つまり「本格」ってものは、そういう風に「保護」でもしないと死滅する脆弱なジャンルだという認識だろう。これって「本格」をバカにしてるってことじゃないの?

 「本格ミステリ」は、小説性やエンターティンメント性を他のジャンルと比較すると、ハナっからかなわない、程度の低いジャンルってことね。その程度の「本格ミステリ」しか出てこないのなら、いっそのこと滅んでしまったほうが、すっきりする。

 もし、ミステリというジャンルの王道を歩む作品を生みたいのなら、そういう「保護」を自らなくそうとしないと、未来はない。