ミステリの分類(12)/さまざまな分類法・その3――類型分類(1)


 今回から数回にわたって、類型分類よるミステリ分類法について検討していくことにする。


 しかし、類型分類というのは、じつにさまざまな方法を思いつく。なにせ、類型分類は、その分類大系の各階層をどのような分類基準を設けてもかまわないのが特徴なのだ。ある分類基準の下位に、上位分類概念とは全く違う基準をもってきても、分類大系がなりたってしまうのである。長所は、人間のイメージに合致しているので使いやすいことであるが、逆にイメージのたよりなさに基因する分類単位の厳密性に欠けやすく、各分類単位の境界が不明瞭になりやすいのが欠点となる。*1

 多くの入門書や解説書でなされてきた「ミステリの分類」も、ほとんどは、この類型分類だと思ってよい。たとえば、乱歩が「探偵小説の定義と類別」で例示した、探偵小説の作風分類がそれである。

  • 正統派 ドイル クリスティ ヴァン・ダイン
  • ロマン派 恋愛の要素を多分に取り入れたもの 例えば「トレント最後の事件」
  • 写実派 フレッチャー クロフツ 凡人探偵を主人公にする
  • ユーモア派 マーク・トウェン クレイグ・ライス

 正統と写実、ユーモアとロマンは、どこで区切るのか明確ではない。クリスティの作風はロマン派ともユーモア派ともとれる一面をもつ。四つの分類基準が、おなじ概念によるって設定されていないため、一つの作品が複数の分類項目に入ってしまうのである。それでも分類として成り立ってしまう(ように見える)のが、類型分類のよさでもあり、欠点にもなる。ここでは論理的な分類の基本である「区分の視点の一貫性」「区分肢の排他性」「区分肢の網羅性」の三点を頭に入れながら、いくつかの類型分類の例を見てこう。

 類型分類は多くの場合、ミステリのサブ・ジャンルの検討となる。例えば、九鬼紫郎の『探偵小説百科』(1975)[金園社]では、次のような探偵小説の分類が挙げられている。(各項目の内容説明は、引用者による)

  • 探偵小説の分類
    • 本格探偵小説……江戸川乱歩の「探偵小説の類別」のゲーム型
    • 探偵小説……江戸川乱歩の「探偵小説の類別」のプロット型
    • 倒叙探偵小説……フリーマン、F・アイルズ『殺意』、クロフツ『クロイドン発12時30分』、ヴィカーズ「迷宮課」など
    • 冒険探偵小説……プロット型通俗探偵小説に冒険味を加えたもの/探偵小説とピカレスク(侠盗・悪漢小説)の結合
    • 暗号小説……ポー「黄金虫」、ドイル「踊る人形」、乱歩「二銭銅貨」など
    • ハードボイルド……ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルド、スピレーン
    • 警察小説……警察の捜査活動を中心とする作風
    • SF探偵小説……アシモフ、ホックの一部作品など
    • サスペンス小説……ウールリッチ、ハイスミスアイラ・レヴィンなど
    • スリラー小説……『レベッカ』、『ミス・ブランデッシの蘭』、『わらの女』など
  • 別格
    • スパイ小説
    • 犯罪実話と犯罪事件小説
    • 怪奇幻想の小説
    • 捕物帳

 この分類法の欠点は、最初の「本格探偵小説」と「探偵小説」がどこまでの作品を含んでいるのかが、きわめて曖昧なことである。乱歩の「探偵小説の類別」では、たしかに探偵小説をゲーム型と非ゲーム型、トリック型とプロット型に分けているが、この二つの分け方は微妙に違っている。乱歩はゲーム型とプロット型を並列しているわけではなく、九鬼紫郎は読み違いをしている。さらに、乱歩の定義のゲーム型にのみ「本格」の名前を与えてしまったために、プロット型が「探偵小説」という、「本格探偵小説」の上位概念なのか同列の分類項目なのか、はっきりしない名前になってしまった。説明を読むと、同列としているようなので、それならせめて、「非本格探偵小説」とかにしなくてはなるまい。さらに、以下に続く「冒険探偵小説」「暗号小説」「警察小説」などと「探偵小説」との上下・同列関係も不明である。かりに同列分類項目とするならば、これらは「探偵小説」ではないことになり、上位分類項目の「探偵小説の分類」と矛盾してしまう。そもそも、「探偵小説の分類」の下位項目に「探偵小説」という名前があること自体、おかしいのである。また、「冒険探偵小説」「スリラー小説」までは探偵小説に含まれるが、「スパイ小説」は別格だというもの、分かるようで、よくわからない。

 とはいえ、「ユーモアは、探偵小説上では味つけであり、「形式」ではないから問題外」として分類項目として挙げなかったことなど、分類基準の一貫性をまるっきり無視しているわけではないのだ。同じように、「歴史ミステリ」などという項目も挙げていない。

 九鬼紫郎の説明や例示された作家・作品を加味しながら、これを(無理やり)階層的に再構成すると、以下のようになろうか。九鬼紫郎のような並列よりも、少しは整理されてないだろうか。

  • 探偵小説
    • 思索型探偵小説(探偵が思索的なもの)
      • 本格探偵小説(ゲーム型探偵小説)
      • 暗号小説
      • SF探偵小説
    • 行動型探偵小説(探偵が行動的なもの)
      • プロット型探偵小説
      • 冒険探偵小説
      • ハードボイルド
      • 警察小説
    • 犯罪系探偵小説(犯罪者や被害者の側から書いたもの)
      • 倒叙探偵小説
      • サスペンス小説
      • スリラー小説
  • 別格
    • スーパーナチュラルな要素のないもの
      • スパイ小説
      • 犯罪実話と犯罪事件小説
      • 捕物帳
    • スーパーナチュラルなもの
      • 怪奇幻想の小説

 次の例は、各務三郎が『推理小説の整理学』(1977)[かんき出版]で「必読の名作・傑作」を区分したもの。5項目に分類しているのが、比較的シンプルである。

  • パズル(謎解き)小説
  • ハードボイルド
  • 警察小説
  • サスペンス小説・犯罪小説
  • 冒険小説・スパイ小説

 まず目を引くのは「本格」という言葉を使用しなかったことだろう。1970年代には、主に海外ミステリの解説・紹介では「本格」という言葉をなるべく使用せず、「論理による謎解き小説」とか「パズラー」「パズル小説」という言い方が現われた。*2「本格」に含まれる「これぞ正統派」というイメージが嫌われたのも一因だろうが、それよりもこのタイプの作品が海外ミステリの主流ではなくなり、実情にわなくなったことが主因と思われる。この言葉がどこまで一般化されたかはさておき、こうした試みがあったことは記憶しておくべきだろう。お馴染みの古典的名作のほかに、レックス・スタウトの『料理長が多すぎる』、バークリーの『試行錯誤』、テイの『時の娘』、ガードナーの『ビロードの爪』、マガーの『探偵を捜せ!』、ケンリックの『スカイジャック』などがここに分類されている。これを見ると、パズル小説という名称からくる「純粋なゲーム型探偵小説」というイメージよりも、もう少し広い範囲の作品を含めているようだ。

 ハードボイルドに選ばれた作品はハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルド、ロバート・B・パーカーなどで、とくに目新しいものはないが、警察小説には『警官嫌い』『笑う警官』『失踪当時の服装は』『男の首』『ギデオンと放火魔』などに混じって、P・D・ジェイムズの『黒い塔』、パトリシア・モイーズの『死人はスキーをしない』、ジョイス・ポーターの『切断』、ピーター・ディキンスンの『英雄の誇り』が入っている。これに、当時(つまり1970年代)のぼくは、かなり違和感を覚えた。というのは、それまでこれら4作は「イギリス本格」とされていて、ぼくもそう感じていたからだ。確かにこの4作の主役探偵は警察官である。しかし、「たんに警察官(職業探偵)が難事件を解決するという趣向では、それは普通の探偵小説であり、べつに新しいものではない」(『探偵小説百科』)わけで、黄金時代の作風を濃厚に受け継いでいるこれらを警察小説として、エド・マクベインらと一緒に括るのは、違うのではないかと思ったのだ。これについては、後述する。

 サスペンス小説・犯罪小説には、『幻の女』『太陽がいっぱい』『レベッカ』『死の接吻』『悪魔のような女』『わらの女』『ミス・ブランデッシの蘭』などにまじって、『バスカーヴィル家の犬』が入れられているのが珍しい。

 続いて、中島河太郎、権田萬治監修の『推理小説総解説』(1982)[自由国民社]の分類(章立て)を見てみよう。

  • 本格推理
  • サスペンス
  • 冒険・スパイ
  • ハードボイルド
  • 法廷・警察
  • 怪奇幻想・ユーモア
  • 社会派推理

 「社会派推理」と「怪奇幻想・ユーモア」を分類項目に立てたのが特徴だろうか。「法廷・警察」は一緒になっているが、これは章立ての分量の関係であり、選ばれた作品は「法廷ミステリ」「警察小説」とはっきりと区分できる。「怪奇幻想・ユーモア」も同じである。

 「本格推理」が全体の半分を占め、そこには『グリーン家』『Yの悲劇』『ユダの窓』『アクロイド』『獄門島』『黒いトランク』などだけでなはく、次のような作品も含まれている。『二輪馬車の秘密』(ヒューム)、『螺旋階段』(ラインハート)、『試行錯誤』(バークリー)、『伯母殺人事件』(ハル)、『消された時間』(バリンジャー)、『古書殺人事件』(ペイジ)、『死の接吻』(レヴィン)、『陰獣』(江戸川乱歩)、『黒死館殺人事件』(小栗虫太郎)、『四万人の目撃者』(有馬頼義)、『虚無への供物』(中井英夫)、『三重露出』(都筑道夫)、『人間の証明』(森村誠一)、『蒸発』(夏樹静子)、『原子炉の蟹』(長井彬)、『終着駅殺人事件』(西村京太郎)――これが1980年代の「本格」だった。この顔ぶれを見ると、むしろ他の分類項目に入れにくいものをすべて、「本格」としてしまったかのような印象をうける。例えば、別項に「ユーモア」を立てたが故に、『ドーヴァー4/切断』(ポーター)、『三毛猫ホームズの推理』(赤川次郎)、『名探偵は多すぎる』(西村京太郎)などはここに入っていないのだ。九鬼紫郎も言うように、「ユーモア」は作品の味付けであり、他の分類項目とは分ける視点が異なるはずなのに、並列の分類項目とするから、こういうことになる。

 「サスペンス」には『闇からの声』や『殺意』(アイルズ)『幻の女』『わらの女』というような作品のほかにも、『男の首』『ジャッカルの日』『シャドー81』『半七捕物長』『ドグラ・マグラ』『動脈列島』(清水一行)『戻り川心中』などが入る。別項に「警察」があるにもかかわらず、メグレものは「サスペンス」なのだ。はたして、『半七』と『ジャッカルの日』を、「サスペンス」を共通項として、同類としていいのだろうか、という疑問もわく。

 区分の視点の一貫性も排他性も、まったく確保されていないため、『毒薬の小瓶』(アームストロング)はサスペンスだが、『スイートホーム殺人事件』はユーモアとなってしまう。また、法廷場面の多い『試行錯誤』が本格推理で、法廷場面がほとんどない『奇妙な花嫁』(ガードナー)が法廷・警察ジャンルになっているのも、不思議といえば不思議である。

 次は、仁賀克雄が『海外ミステリ・ゼミナール』(1994)[朝日ソノラマ*3で示した分類。1930年(カーの登場)以降を以下の流派にわけている。作者曰く「このころからミステリの分化現象がはじまった。そこで今までの本格ミステリ一筋の編年体では書き切れないので、ミステリをさまざまな流派に「分類」し、列伝体のかたちをとって次章より述べていくことにしたい。(p56)」とのことだ。

  • 謎と追跡のミステリ
    • 本格ミステリ(パズル・ストーリー)
    • 警察ミステリ
    • 司法ミステリ
    • ユーモア・ミステリ
    • ハードボイルド(私立探偵小説)
    • ショート・ミステリーとアンソロジー
  • スリルと冒険のミステリ
    • サスペンス・スリラー
    • サイコ・スリラー
    • スパイ小説
    • 冒険小説

 ここでも、本格ミステリを「パズル・ストーリー」として捉えているが、扱われる作家は、「不可能犯罪」(ロースン、H・H・ホームズ、ハーバート・ブリーン)、「イギリス本格派」(ニコラス・ブレイク、マイクル・イネス、ナイオ・マーシュ、セイヤーズ、アリンガム、テイ、デ・ラ・トーレ)、「アメリカ本格派」(ケメルマン、ヤッフェ、アシモフ)、「技巧派」(パット・マガー、フレドリック・ブラウン、ビル・バリンジャー、フレッド・カサック、ジャプリゾ)と案外ひろい。『推理小説総解説』もそうだったが、バリンジャーのような作風も本格推理=パズル・ストーリーとして扱われているのだ。

 警察ミステリには、マクベイン、ジョン・ボール、ドロシー・ユーナックなどだけでなく、クリスチアナ・ブランド、モイーズ、P・D・ジェイムズ、ルース・レンデル、レジナルド・ヒル、ピーター・ディキンスン、ピーター・ラヴゼイ、コリン・デクスターら英国作家や、スチュアート・ウッズ、エルロイ、マーサ・グライムズら米国作家も含まれる。しかし、ここでもユーモア・ミステリを一項目としたため、ジョイス・ポーター、トニー・ケンリック、ニコラス・メイヤーは別扱いとなってしまった。

 もっとも、作者自身、「この分類方法は、読者の便宜を考えて、私的に項目別にしたものもあるので、一作家が各分野にまたがたっり、傾向と形式を一緒にしたり、不自然な点もあることを、あらかじめおことわりしておく。(p58)」と言っているのだから、あまりつっこむのもナンなのだが。

 もう一つ、瀬戸川猛資編『ミステリ絶対名作201』(1995)[新書館]から。

  • 本格
  • ハードボイルド
  • 警察小説
  • サスペンス
  • スパイ小説
  • 法廷ミステリ
  • その他(短篇集含む)

 これは、「その他」項目があるので、区分肢の網羅性は確実である。どこにも入りそうにないものは、ここに入れてしまえばいい。

 今回は国内の入門書の類から、類型分類の例を見てみた。次回は、海外の例も引きながら、分類内容の詳細に触れてみたい。

*1:参考/中尾佐助『分類の発想』p81[朝日選書]

*2:この背景には、都筑道夫の『黄色い部屋はいかに改装されたか』その他による影響が大きかったように記憶する。

*3:最近出た論創社刊の『新 海外ミステリ・ガイド』とほとんど同じ内容。