海外のミステリの類型分類(サブ・ジャンル分類)を見ていこう。
H・R・F・キーティングが編集したミステリ解説書『フーダニット』 Whodunit?(1982)では、ジャンル全体の歴史が以下のカテゴリーに分けられて解説されている。()内は引用者の注記である。
- A Pre-history(ミステリ前史/ポーまでの流れ)
- The Godfather and the father(ミステリの始祖と父/ポーとドイル)
- The English Detective Story(英国探偵小説)
- The American Detective Story(米国探偵小説)
- The Anerican Police Procedural(米国警察小説)
- The British Police Procedural(英国警察小説)
- The Short Story(短篇)
- Suspense Novel(サスペンス小説)
- The Thriller(スリラー)
- The Gothic(ゴシック小説)
- The Espionage Novel(スパイ小説)
「ミステリの始祖と父」では、シャーロック・ホームズから始まった名探偵(Great Detective)時代を語り、続く黄金時代以降は、英米のジャンル作品を「探偵小説」と「警察小説」に二分している。この構成は、ある意味、系統分類ともとれるが、ここで注目したいのは、「探偵小説」「警察小説」という大別である。警察官が主人公となる作品は、基本的に Police Procedural の枠内で語られている。ヒラリー・ウォーが書いた「米国警察小説」の冒頭には、The police procedural detective story なる言葉もある。そのまま訳せば「警察捜査型探偵小説」となり、これからすると、「探偵小説」には私立探偵とアマチュア探偵が含められることになる。実際、「米国探偵小説」ではハメットやチャンドラーと共に、ヴァン・ダインやクイーンも一緒に語られているのだ。つまり、「探偵の物語」を警察官とそれ以外に分けたことになる。
これからはみ出した周辺ジャンル(探偵の物語ではないもの)が「サスペンス」「スリラー」「ゴシック」「スパイ小説」の四つである。では、「サスペンス」と「スリラー」の違いは? 「サスペンス」に含められた作品は、『犯行以前』(アイルズ)、『太陽がいっぱい』(ハイスミス)、『わが目の悪魔』(レンデル)、それにシリア・フレムリンなどである。「スリラー」には、『砂洲の謎』(チルダース)、『三十九階段』(バカン)、ブルドック・ドラモンド・シリーズ(サッパー)、フー・マンチュー・シリーズ、ジェームズ・ボンド・シリーズ、それに『ミス・ブランデッシの蘭』や『ジャッカルの日』などが入っている。つまり、より心理的なものが「サスペンス」で、動的なものが「スリラー」という分類なのであろう。イァン・フレミングのボンド・シリーズは、エスピオナージュではなく、スリラーという扱いである。もっとも、エスピオナージュを「スパイ小説」と訳してはいけないのかもしれないが。
『フーダニット』 はイギリスの解説書だが、アメリカの作品案内『ミステリ千一夜』 1001 Midnight (1986)を見てみよう。これは、ビル・プロンジーニとマーシャ・マラーが編纂したミステリ・マニア向けの本で、なんと1001冊の作品が紹介されている。歴史的な名作からマニアしか知らないような珍品まで挙げられ、それぞれに、次のような内容分類がついている。
- A Action and Adventure(アクションと冒険)
- AD Amateur Detective(アマチュア探偵)
- C Comedy(コメディ)
- CS Classic Sleuth(古典的探偵)
- E Espionage(スパイ小説)
- H Historical(歴史ミステリ)
- O Paperback Original(ペイパーバック・オリジナル)
- PI Privete Eye(私立探偵小説)
- PP Police Procedural(警察小説)
- PS Psychological Suspense(心理サスペンス)
- R Romantic Suspense(ロマンティック・サスペンス)
- SS Short Story Collection(短篇集)
- T Thriller(スリラー)
- W Whodunit(犯人あて)
区分視点の一貫性がないようだが、これははひとつの作品に複数の分類記号をつける場合もあるからで、分類内容を見れば、いくつかの基準が見出せる。。探偵の職業・性格によるもの(アマチュア探偵、古典的探偵、私立探偵小説、警察小説)、作品の題材やプロットによるもの(アクションと冒険、歴史ミステリ、スパイ小説、心理サスペンス、ロマンティック・サスペンス、コメディ、スリラー、犯人あて)、本の形態によるもの(ペイパーバック・オリジナル、短篇集)などだ。「ペイパーバック・オリジナル」がひとつの分類項目になっていることは、これだけで作品内容のある種の「雰囲気」が分かるということだろうから、この分野にはそれだけ独特のものがあるということだ。
「警察小説」「私立探偵小説」「アマチュア探偵」は、比較的分かりやすい分類で、探偵が主人公の作品を、探偵の職業で分けている。P・D・ジェイムズでいえば、『ナイチンゲールの屍衣』や『黒い塔』はPP、『女には向かない職業』はPIというわけだ。では、CS(古典的探偵)とAD(アマチュア探偵)は、どこで区分されるのか。CSに入っているのは、概ね1930年代までにデビューした探偵のようだ。クリスティーのポアロやミス・マープル、クロフツのフレンチ警部、エラリイ・クイーン、セイヤーズのピーター卿、マージェリー・アリンガムのアルバート・キャンピオン、レックス・スタウトのネロ・ウルフ、ニコラス・ブレイクのストレンジウェイスらは、すべて古典的探偵になっている。しかし、クリスチアナ・ブランドの『緑は危険』(1944)はPP(警察小説)なのだ。ハメットでは『マルタの鷹』がCS/PIで、『デイン家の呪い』はPIのみ。チャンドラーの作品はすべてPIだが、ロス・マクドナルドは逆にすべてCS/PI。サム・スペードやリュー・アーチャーは古典的探偵だが、フィリップ・マーロウとコンチネンタル・オプは現代的な私立探偵ということらしい。ちなみに、『影なき男』はW(犯人あて)で、E・S・ガードナーのペリー・メイスンものはAD/PIとなっている。ポール・ドレイクも主人公探偵というわけか。
では、W(フーダニット/犯人あて)には、どんな作品が挙げられているのか。ジェームズ・アンダースンの『血のついたエッグ・コージー』やノーマン・ベロウの『魔王の足跡』などにWがついていると、なるほどと思うかもしれない。しかし、黄金時代の作品は、クイーンもヴァン・ダインもセイヤーズもクロフツも、すべてフーダニットではないのである。クリスティーは『アクロイド殺し』だけがWだが、そのほかの『カリブ海の秘密』『オリエント急行の殺人』『ABC殺人事件』『パディントン発4時50分』はCSのみでWはついていない。古典的作品はWが基本だからつけてないのかと思うと、カーの作品にはすべて、CSと共にWが併記されている。ヘレン・マクロイの『暗い鏡のなかに』、リック・ボイヤーの『ケープ・コッド危険水域』(Tと共に)、そしてなんと、ピーター・チェイニイ『この男危険につき』がフーダニットだ。こうして見ていくと、このフーダニット(犯人あて)というジャンルは、日本で言う「本格ミステリ」とはかなり違った概念なのだと類推できる。
フーダニットが分類項目として挙げられたものに、CWA(英国ミステリ作家協会)が1990年に行なったアンケート調査がある。CWAの会員65名に10のジャンルごとに「好みの作品」を五作ずつ選んでもらい、それを集計して総合ベストを出したもので、ミステリマガジン1991年4月号で集計内容のみ紹介された。10のジャンルとは、以下のようになっている。(詳細はWebサイト「海外ミステリ オールタイム名作集」)
- 創始者たち The Founding Fathers
- 黄金時代(1914-1939) The Golden Age
- 警察小説 Police Procedural
- 心理サスペンス Psychological Suspense
- フーダニット The Whodunnit
- 歴史ミステリ Historical of Mystery
- ロマンティック・サスペンス Romantic Suspense
- スリラー Thrillers
- スパイ小説 Espionage
- ハードボイルド Hardboiled
黄金時代を1914年から1939年としているから、「創始者たち」はそれ以前、つまり1913年までの作品ということになる。そして、1940年以降を8つのジャンルに分類したというわけだ。ただし、どの作品がどのジャンルに入るのかは、各会員の判断に任されたようで、「心理サスペンス」や「ハードボイルド」などには、1930年代までの古典的名作が入っているし、同一作品が複数の項目にあがっていることもある。
先の『ミステリ千一夜』の分類項目と比べてみると、共通項目が多く、非常に似通っている。どちらも、サスペンス小説を「心理サスペンス」と「ロマンティック・サスペンス」に分けているのも興味深い。セイヤーズの『学寮祭の夜』はロマンティック・サスペンスの1位になっている。「私立探偵小説」に当るものが「ハードボイルド」となっているのは、アメリカではすでにハードボイルドという概念で、このジャンルを捉えるのが困難になっているのに対し、自国に明確にこのジャンルをもたない英国では、まだ「ハードボイルド」がジャンルとして認識されていることが伺える。また、「アクションと冒険」は「スリラー」に統合され、「アマチュア探偵」「コメディ」は(同列の)ジャンルとは捉えられていない。
さて、このCWAの分類による「フーダニット」には、以下の作品が上位に挙げられた。(邦訳がある作品のみ)
- 『フランチャイズ事件』ジョセフィン・テイ
- 『消えた玩具屋』エドマンド・クリスピン
- 『推定無罪』スコット・トゥロー
- 『死の味』P・D・ジェイムズ
- 『逃げるアヒル』ポーラ・ゴズリング
- 『スモールボーン氏は不在』マイケル・ギルバート
- 『黄泉の国へまっしぐら』サラ・コードウェル
英国では、『推定無罪』や『逃げるアヒル』と、『消えた玩具屋』や『フランチャイズ事件』は、同じジャンルなのである。この中で、日本で言う「本格ミステリ」の概念にあたる作品はいくつあるだろうか。
このCWAのアンケートから5年後に、MWA(アメリカ探偵作家協会)でも似たようなアンケートがなされた。MWAの現役会員に10のジャンルごとに好きな作品を五作ずつ選んでもらい、それを集計して総合ベストを出すという試みだ。この結果は、『アメリカ探偵作家クラブが選んだミステリBEST100』(ジャパン・ミックス)として邦訳されている。10のジャンルは、以下のものである。(日本語のジャンル名は、邦訳書による。詳しくはWebサイト「海外ミステリ オールタイム名作集」)
- 古典 Classics
- サスペンス Suspense
- ハードボイルド/私立探偵もの Hardboled/Private Eye
- 警察捜査もの Police Procedural
- スパイもの/スリラー Espionage/Thriller
- 犯罪もの Criminal
- 本格推理もの Cozy/Traditional
- 歴史ミステリ Historical
- ユーモア・ミステリ Humorous
- 法廷もの Legal/Courtroom
ここでも、「古典」は別枠だ。エスピオナージュはスリラーと統合され、サスペンスはまとめてひとつだけである。対して増えたのが「犯罪もの」「ユーモア」「法廷もの」だ。
「犯罪もの(Criminal)」には、『ゴッドファーザー』『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』『冷血』『殺人保険』『太陽がいっぱい』『内なる殺人者』『エディ・コイルの友人たち』などが挙げられる。これまで、一部はサスペンス(心理サスペンス)であり、一部はハードボイルドだった。しかし、『ゴッドファーザー』や『冷血』を入れる枠組は、Criminal (犯罪者もの)とすると明確に浮かび上がるのもたしかだ。「ユーモア」は『フレッチ/殺人方程式』『ホット・ロック』『顔を返せ』などと共に、『スイート・ホーム殺人事件』『消えた玩具屋』『にぎやかな眠り』が入っている。やはり、この枠組を導入すると、他のジャンルとの「区分の排他性」がなされなくなる。「法廷もの」が一項目とされたのは、当時、急激に多くなったリーガル・サスペンスのためだろう。
さて、邦訳書で「本格推理もの」とされたジャンルが Cozy/Traditional (コージー/伝統派)である。挙げられた作品は、クリスティとセイヤーズのものが殆んどで、それ以外には、『三つの棺』、『消えた玩具屋』、『悲しみにさよなら』(ナンシー・ピカード)、『フランチャイズ事件』、『霧の中の虎』(マージェリー・アリンガム)、『災厄の町』(エラリー・クイーン)、『緑は危険』(クリスチアナ・ブランド)などだ。ジャンル説明ではマーガレット・マロンが次のように述べている。
クリスティやセイヤーズを想起させるすべてのミステリに、便宜上いまだに“正統”とか“本格”というラベルをつけているが、たとえその直系をもって持する現代のミステリ作家たちでも、その作品世界はじつに広範にわたっているため、そうしたラベルでくくられることに居心地の悪さをおぼえる場合も多い。
邦訳で「“正統”とか“本格”」となっている箇所は、原文では Cozy と Traditional だ。そして、「たとえその直系をもって持する現代のミステリ作家たち」でも、伝統派(Traditional)と呼ばれることに、「居心地の悪さをおぼえる」ようなのだ。すでに過去の形式のままでは、現代ミステリとして提示できないことを、認識しているからである。また、マロンは「ごく厳密な意味で、そこには職業的な探偵も登場しなかった」とも言う。P・D・ジェイムズのダルグリッシュやトニイ・ヒラーマンのジム・リーなどは、警察官であるがゆえに、同一ジャンルとは認めていない。その上で、このジャンルの現状を次のように説明する。
今日の選りすぐりの本格推理作品は、いまなお巧妙にプロットが組み立てられたフーダニット、つまり犯人さがしのかたちをとっている。クリスティやセイヤーズが好んで使った込み入った時間割や不可思議な要素にはあまり重きがおかれなくなってはいるものの、ほとんどの作家は、謎解きに必要な手掛りをみなフェアに示している。とはいえ、殺人のための殺人より以上のものに関心を示す読者が増えていくとともに、多くの小説は社会問題を背景として織りこみ、さまざまな固定観念に挑戦するようになっている。*1
これは、要するに「社会派」ということではないのか? アメリカのジャンル「コージー/伝統派」は、職業探偵が主人公ではなく、生々しい暴力描写もなく、無意味な偶発的な犯罪もない、しかし現代社会を描いたミステリを指している。
アメリカのミステリ案内本から、もうひとつ。ジーン・スワンソンとディーン・ジェイムズ編の Killer Books (1998) では、次のような項目で古典から現代までのミステリが紹介されている。(並べ順は引用者による)
- Cops(警察官)
- British Police Stories(英国警察小説)
- American Cops(米国警察小説)
- Police Stories from Other Lands(その他の国)
- Amateur Sleuths(アマチュア探偵)
- American Mysteries(アメリカ・ミステリ)
- Older Dtetctives(老人探偵)
- English Mysteries(英国ミステリ)
- Private Eyes(私立探偵小説)
- Legal Thrillers(法廷ミステリ)
- Reporters, Writers, and Filmmakers(記者、作家、映画関係者)
- Capers and Criminals(強盗と犯罪者)
- Suspense/Psychogical Mysteries(サスペンス/心理ミステリ)
- Romantic Suspense(ロマンティック・サスぺンス)
- Historical Mysteries(歴史ミステリ)
- Sci-Fi/Horror/Fantasy Mysteries(SFミステリ/ホラー/ファンタジー・ミステリ)
「ユーモア」はなくなったが、「歴史ミステリ」や「法廷ミステリ」は健在である。「フーダニット」「コージー/伝統派」は姿を消し、そこに入るべき多くの作品は、「アマチュア探偵」というジャンルになった。もうひとつなくなったのが「エスピオナージュ」で、これはジャンル外という認識なのだろう。サスペンスは「心理」と「ロマンティック」に分けられている。これまでにない分類項目が、「記者、作家、映画関係者(Reporters, Writers, and Filmmakers)」と「アマチュア探偵」の中の「老人探偵(Older Dtetctives)」だ。そして、こうして並べると、ここでいう「法廷ミステリ」は、法廷が舞台というよりも、「弁護士(法律関係者)が主人公の探偵小説」と捉えた方がいいように思える。つまり、区分視点は主人公の職業(位置づけ)であり、主人公の探偵の作品を「警察官」「アマチュア」「私立探偵」「弁護士」「その他の専門家」に分け、主人公が探偵でないものを「犯罪者」「狂人」「被害者」と分類している、と捉えることもできる。「歴史ミステリ」と「SFミステリ、その他」が別枠というわけだ。(「サスペンス/心理ミステリ」を「狂人」としてしまうのは、かなり強引だが。なにせここには、トマス・ハリスやジョナサン・ケラーマン、マーガレット・ミラー、ルース・レンデル、ジョン・サンドフォードなどだけでなく、ディック・フランシスやスチュアート・ウッズらも含まれているのだから。)
英米のミステリの類型分類の例をいくつか見てきた。日本の分類方法との相違点を見ていくと、ミステリというジャンルの全体像が少しずつ見えてきたように思えないだろうか。次回は、このあたりを考察してみたい。
*1:「今日の選りすぐりの本格推理作品」にあたる箇所は、原文では単に Today's best examples とのみ書かれている。