探偵小説とは、探偵を主人公とした謎解き物語であった。探偵小説が発展して周辺分野を取り込んだ文芸ジャンルが、現在、ミステリと呼ばれている。その核には探偵小説があり、したがって、これを分類するのに最も適切なのは「探偵」である。そして、区分肢の排他性と網羅性を確保するために、区分視点には「探偵の職業」を用いる。これが前回の結論だった。
現在、日本で一般的に考えられているミステリの分類は、おおよそ以下のようなものだろう。
- 本格ミステリ(謎解き小説/パズル・ストーリイ)
- ハードボイルド
- 警察小説
- サスペンス小説
- スパイ小説
これに、適時、法廷ミステリ(リーガル・サスペンス)、犯罪小説(クライム・ノヴェル/ノワール)、サイコ・サスペンスなどが加わる。ミステリの範囲を広くとれば、冒険小説や怪奇小説を別項立てにすることもあるし、逆にスパイ小説をジャンル外とする見解もある。類型分類としては、ほかにも歴史ミステリ、ユーモア・ミステリ、コージー・ミステリ、社会派推理小説、青春ミステリ、トラベル・ミステリ、SFミステリなど、いくらでも項目を挙げることが可能だが、これらは区分視点がそれぞれに異なっており、同列にあつかうことはできない。
さて、ここに基本分類項目として挙げた五つのサブ・ジャンルを見てみよう。
これまでに分析してきたように、「本格」という概念は、探偵小説の一部ではなく、探偵小説そのものを指している。したがって、上に挙げたような、ハードボイルドや警察小説やスパイ小説とならべて、本格ミステリという項目を設けると、矛盾が生じてしまう。なぜなら、ハードボイルドや警察小説も、それをミステリの一分野として考える限り、謎解きの物語として捉えることができるからだ。「本格」とは探偵小説の下部分類項目ではない。分類の階層が一段上なのである。したがって、ここでは「本格ミステリ」(パズル小説・謎解き小説)という分類項目は採用しない。
ハードボイルドから発展してきた小説群は、現在は、私立探偵小説(PI Novel)と呼ばれる。探偵が私立探偵であるミステリはここに含められる。警察小説もまた、現在書かれている作品のほとんどは、警察官を主人公にしたばあい、警察の捜査活動をリアルに描くことは基本であるから、探偵が警察官である作品は、この項目に入れればよい。スパイ小説は、もちろん、スパイが主役の小説だ。では、それ以外は。警察官でも、私立探偵でも、スパイ(国事探偵)でもない探偵はなにか。それがアマチュア探偵である。
区分視点を「探偵の職業」とした場合、上の五つのサブ・ジャンルのうち、「本格ミステリ」に相当するものは、アマチュア探偵もの、として捉えれば、区分視点の一貫性、排他性、網羅性を保ちつつ、分類できる。探偵の職業を区分視点とした場合、職業探偵を除けば、残るものはすべて、アマチュア探偵となるはずだからだ。では、サスペンス小説はどうするのか。
これには、「シンポ教授のシンポ的ミステリ講座」*1で新保博久が示したミステリ分類が参考になる。新保はミステリを分類するのに主人公に着目し、以下のように分類した。(実例は引用者が文章を変更)
- 主人公が探偵
- 警察官(階級は不問)
- 警察小説/八七分署、マルティン・ベックものなど
- 警察官(原則的に警部以上)
- 素人探偵(弁護士・新聞記者などを含む)・私立探偵
- 警察官(階級は不問)
- 主人公が犯人
- 主人公が被害者
- 以上の何でもあり
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- スリラー/007号シリーズ、競馬シリーズ
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まず、主人公を探偵・犯人・被害者に三分し、さらに探偵を警察官とそれ以外に分類する。警察官が主人公のミステリは、警察小説と本格推理に二分され、本格推理は警察官以外の探偵役にもかぶさっているジャンルとなっている。同じように、警察官以外が探偵役となる場合も、本格推理から軽パズラー(新保の造語=本格とハードボイルドの中間派)、ハードボイルドへと移っていき、ハードボイルドは犯人が主人公のものも含んだジャンルとなる。
この分類の欠点は、主人公に着目しながら、従来のサブ・ジャンル名を当てはめていく時に、区分視点の一貫性を欠いたことで、解説文のなかで「本格」という名称やトリック重視を誹謗しながらも、じつは「本格」という従来の概念から抜け切れなかったことにある。
しかし、ミステリを主人公の役割によって探偵・犯人・被害者に三分した点は、非常に興味深い。
これまでぼくは、探偵小説とは探偵が主人公となった小説である、としてきた。その探偵小説が発展していく中で、探偵小説が持っていた各要素が、触手を伸ばすようにして周辺分野を取り込んだのが現在のミステリである、と。例えば、ミステリは探偵小説の要素のうち、「犯罪」の方向に触手を伸ばして犯罪文学の一部を(あるいは多くを)ジャンル内に取り込み、「驚き」の方向にに触手を伸ばしてオチのある都会小説や意外性のある恋愛小説を取り込んだ。また、「宝探し」の物語として、冒険小説が入ってくる場合もあれば、「奇妙な思考法」という項目に着目して、いわゆる「奇妙な味/異色作家」などを含んだり、センセーショナルな要素から、あるときは犯罪実話、あるときは怪奇幻想ものを含んだりする。
これらは、探偵小説を核として、周辺ジャンルを取り込んだものだ。しかし、これとは別に、核となる探偵小説そのものが変化した作品がある。「探偵小説」という物語を、探偵の側から描かずに、犯人の側から、また被害者の側から描いた小説。これは探偵小説そのものの、ひとつの進化(変化)の姿であった。それがフランシス・アイルズの『殺意』(1931)であり、『レディに捧げる殺人物語』(1932)だ。これ以降、ミステリは、「探偵の物語」という視点だけでは語ることができなくなる。サスペンス小説は、犯人あるいは被害者を主人公にしたミステリである、としなければならない。
ミステリには謎解きを主題とした物語(=探偵が主人公の物語=探偵小説)と、そうでない物語がある。そこで、ミステリを探偵小説とそれ以外に二大別しよう。これは、A・非A型の分類であるが、ぼくの思考の根本には「探偵小説」というものがあり、すべてはここから出発している。
謎解きを主題とした物語は、すなわち探偵の物語なのだから、探偵の職業で分類する。これを大別すれば、職業探偵とアマチュア探偵になるだろう。職業探偵は、警察官と私立探偵のほか、弁護士や検事などの法廷関係者や新聞記者、保険捜査官、レポーターなども含むものとする。趣味や個人的興味(だけ)で事件に関るのではなく、あくまで仕事として事件を調べていく探偵は、すべて職業探偵なのだ。大きく分ければ、警察官(公的機関に属する探偵)とそれ以外となる。これは、事件の依頼人がいいるか、いないかの違いだ。依頼人がいる場合とそうでない場合では、事件への関与の仕方が異なり、ひいてはプロットに大きな影響をおよぼす。つまり、物語が別の類型となるはずだからだ。
そこで、ミステリの分類として、次のようなものを提示する。
刑事探偵小説(警察小説)には、すでに述べたように、八七分署シリーズやマルティン・ベック・シリーズ、ジョン・ボールのヴァージル・ティッブス刑事、ヒラリー・ウォーやモーリス・プロクターやトニイ・ヒラーマンの諸作だけではなく、シムノンのメグレ、クロフツのフレンチ、レンデルのウェクスフォード、ポーターのドーヴァー、P・D・ジェイムズのダルグリッシュ、デクスターのモースなどの各シリーズも含まれる。もちろん、松本清張の『砂の器』や水上勉の『飢餓海峡』、鮎川哲也の『黒いトランク』や大沢在昌の『新宿鮫』なども、同じジャンルとなる。探偵役が警察官なら、すべてここに入れるのである。これは、ハメットの『血の収穫』、チャンドラーの『長いお別れ』、ロス・マクドナルドの『さむけ』、スピレーンの『裁くのは俺だ』、ローレンス・ブロックの『八百万の死にざま』、リューインの『沈黙のセールスマン』、ロバート・B・パーカーの『初秋』、ビル・プロンジーニの『誘拐』など、探偵の性格も事件の解決方法も社会的背景も異なる諸作を、私立探偵が主人公だという理由で同類にまとめていたのと、同じことである。探偵の職業が同じなら、探偵の性格や探偵手法が異なっても、そこになんらかの物語の類型を見出すことができる、という判断なのだ。そして、それは間違いではない。
刑事探偵小説(警察小説)をさらに小分類しようとするならば、個人捜査型と組織捜査型に分けられるだろうか。大雑把にいって英欧の警察小説は前者のタイプが多く、アメリカの警察小説は後者の場合が多い。日本でも松本清張の作品は組織捜査型であり、鮎川哲也の作品は個人捜査型になっている。また、捕物帳は日本タイプの警察小説と捉えることが出来るかもしれない。しかし、こうした小分類は、作品の数だけ考えられるため、いくつも類例を挙げていってもあまり意味はないだろう。
私立探偵小説は基本的には個人捜査型となる(例えばジョー・ゴアズのダン・カーニー探偵事務所シリーズのように、集団捜査ものもないわけではない)ため、小分類をするならば、やはり探偵の性格か。「ハードボイルド」と「ハーフボイルド以下」の二分類とすると、意外に「ハードボイルド」の作例が少ないのが分かって、ジャンルの本質がつかめるかもしれない。
職業探偵小説の分類に、法廷探偵小説という項目を設けるかどうかは微妙である。検事ならば、公的機関の探偵であるし、弁護士ならば、依頼人がいるわけだから、私立探偵と同じ類型になる。しかし、かりに法廷ミステリ、リーガル・サスペンス、司法ミステリなどという分類項目を設けようとするならば、法廷を舞台とした小説とするのではなく、司法関係者を探偵役とした小説とするべきだろう。あくまでも、分類視点は探偵役の職業である。
スパイ小説も同様だ。スパイ小説、エスピオナージュをミステリのジャンルに入れるべきかどうか、疑問に思う人もいるだろう。かりに含めるとしても、ディック・フランシスの競馬シリーズやアリステア・マクリーンの小説などとともに、冒険小説やスリラーとして、活劇の要素が強い作品として括ってしまうことが、これまでの通例だった。しかし、活劇的要素、冒険的要素などで括るのは、視点の異なる分類方法である。警察小説や私立探偵小説と同列の分類ではない。そして、フランシスの競馬シリーズのプロットを推し進めていく中心的興味は、あきらかにフーダニット、ハウダニット、ホワイダニットである。マクリーンの冒険小説、ル・カレのスパイ小説も同様で、二重スパイは誰か、この困難な状況から脱出する方法はなにか、何のために国を売ったのか、などなどの、探偵小説的興味が非常に強い。探偵小説の技法で書かれたスパイ小説、冒険小説ともいえるだろう。したがって、これを探偵小説の側から見るならば、活劇要素ではなく、探偵役の職業として分類しなくてはならない。ディック・フランシスの作品の多くはアマチュア探偵小説であり、ル・カレやイァン・フレミングのスパイ小説は国際的犯罪を解決する国事探偵の物語として捉えることが出来る。こう捉えておけば、かりに活劇や冒険的な要素に着目したとしても、ジェームズ・ボンド対スメルッシュの戦いは、ホームズ対モリアーティ、ルパン対ショルメス、明智小五郎対怪人二十面相の戦いと、本質的には変わらないことが明確になるだろう。分類によって、本質がより明確になるとはいえないだろうか。
アマチュア探偵小説という枠組は、英米の「コージー/伝統派」に概ね合致する。職業探偵にはいくつかの中分類項目を設けたが、ではアマチュア探偵に下部分類は可能だろうか。探偵の職業に着目して分類しようとするならば、科学者探偵、聖職者探偵、学者探偵などが類型としてうかんでくる。ポーのデュパン、初期の明智小五郎などは遊民探偵というべきか。職業かどうかはさておき、老嬢探偵・主婦探偵という類型もありうるかもしれない。ただ、警察官と私立探偵では依頼人の有無で事件への関り方が大きく異なるほどには、科学者探偵・聖職者探偵・学者探偵などの間に本質的な類型の差異は見出せない。しかも、このように分類していくと、職業の数だけ類型が生じ、区分の網羅性の確保が困難となる。そもそも、探偵が本来の職業ではない人々の集まりなのだから、これを職業で分類しても、あまり意味がないのだ。分類視点を変えて、コージー(ユーモア)、とか、大学ミステリ(オックスフォード派)、田園ミステリ、などの項目がうかぶものの、区分の排他性や網羅性に疑問がある。もちろん、クローズド・サークル(こんな分類枠は、英米にはないが)とか、館ものなども同様だ。アマチュア探偵小説の本質を明確にするような分類方法は見出せなかった。
もう一つ、犯罪者が探偵役となる物語を分類項目としてみた。倒叙ものではない。倒叙探偵小説は、視点人物のほかに探偵役がいるわけで、フリーマンの作品はソーンダイク博士が主役、刑事コロンボの場合はもちろんコロンボが主役探偵なのだ。探偵役の職業で分類すればよい。ここでいっているのは、犯罪者を主役とした探偵小説(謎解き小説)のことである。犯罪者の悪行を描くのではなく、いかにしてものを盗むか、警察を出し抜くか、など探偵小説的な興味が濃厚な作品は、探偵小説史の初期から書かれており、歴史的にもひとつのジャンルを構成している。犯罪者のシリーズ・キャラクターも枚挙にいとまがない。ローレンス・ブロックの泥棒バーニイがやむにやまれず探偵をするのは、アマチュア探偵の変形ともとれるのだが、ここはひとまず、犯罪者探偵小説という分類項目を設けておこう。(もう少しいいネーミングが欲しいところだ)
次回は、探偵小説以外のミステリについて考察する。