色による早分かりミステリー小説史(3)

●1970年代〜


 イギリスの謎解き小説はクリスティ、セイヤーズから始まって、ナイオ・マーシュ、マージェリー・アリンガム、ブランド、モイーズと女性作家が活躍をしてきましたが、さらに新しい作家が登場します。『黒い塔』(1975)を書いたP・D・ジェイムズと緑の檻(1974)や『指に傷のある女』(1975)のルース・レンデルがそれで、二人とも1960年代のデビューですが、1970年代に代表作を発表し、現代イギリスを代表するミステリ作家となりました。男性作家ではダルジール警部で有名なレジナルド・ヒルと、歴史ミステリのピーター・ラヴゼイが、共に1970年に登場し、今も活躍を続けています。こうした作家たちはいずれも警察官のシリーズ・キャラクターをもち、その捜査活動をきちんと描写するため、イアン・ランキン『黒と(1997)などのイギリス型警察小説と、あまり区別がなくなっていきます。

 イギリスの伝統派ミステリーは人工的な謎を前面に押し出したり、理詰めで謎をさぐっていく小説は少ないですが、アメリカではこうした作風が廃れていません。アイザック・アシモフ黒後家蜘蛛の会(1974)は短篇集ですが、毎回、登場人物たちの謎解きの議論でなりたっていますし、ジョン・スラデック見えないグリーン(1977)には奇想天外なトリックが出てきます。

 60年代はハードボイルド派が低調でしたが、70年代になると私立探偵を主人公としたシリアスな作品が再び勢いを取り戻します。しかし、新しくはじまったハードボイルドの波は、社会的問題を正面から扱うよりも、探偵の個人的問題を通して社会を描くようになりました。マイクル・コリンズの片腕探偵ダン・フォーチューン・シリーズがその先駆で、『黒い風に向かって歩け』(1971)や鮮血色の夢(1976)があります。ジョゼフ・ハンセンのブルー・ムービー(1979)などに登場するホモセクシャルの保険調査員ブランドステッター・シリーズもこの流れにあるといえるでしょう。このころから、私立探偵を探偵役にしたミステリーは、文体も主人公たちの性格もハードボイルドではないため、私立探偵小説(PIノヴェル Private Eye Novel)と呼ぶのが一般的です。1980年代からは女性作家による女性私立探偵が多く書かれ、なかでもサラ・パレツキーバースデイ・ブルー(1994)にも登場する女性私立探偵V・I・ウォーショースキーは映画化されました。

 また、近過去を舞台にしたハードボイルド作品も登場します。ブルー・ドレスの女(1990)からはじまるウォルター・モズリイの黒人私立探偵イージー・ローリングものは1940年代を舞台にしていますし、マックス・アラン・コリンズ『黒衣のダリア』(2001)などネイト・ヘラー・シリーズは1930年代から40年代が舞台です。『黒衣のダリア』と同じ実話事件を題材にした作品に、ジェイムズ・エルロイブラック・ダリア(1987)があります。この作品から『ホワイト・ジャズ』(1992)までの四作は《LA4部作》といわれ、アメリカの近現代史を暗黒社会から描いた名作です。エルロイの作風は暗黒社会だけでなく人間の暗黒面も描いてノワールと呼ばれました。一方、設定にエルロイの影響も見られる『ブラック・ハート』(1994)を書いたマイクル・コナリーは、現代アメリカ社会を描きながらも意外性のあるプロットを採用することが多く、2000年代を代表する作家です。

 1971年にフレデリック・フォーサイスが『ジャッカルの日』を発表し、ドゴール暗殺計画という一種の歴史ホラ話に、現実の国際情勢に関する情報を盛り込んで、あたかも史実のように描く手法が話題を呼びました。これにより国際謀略小説やポリティカル・サスペンスとでもいうべきジャンル、すなわち作中に多くの政治・経済・軍事情報を含めるドキュメンタリー・タッチの作風が隆盛します。すべて灰色の猫(1988) のクレイグ・トーマスなどを経て、この分野は1980年代になると、レッド・オクトーバーを追え1984)のトム・クランシーらのハイテク軍事スリラーへと発展しました。一方、国際的テロを題材にしたブラック・サンデー(1975)でデビューしたトマス・ハリスは、レッド・ドラゴン(1981)で殺人鬼にして名探偵というハンニバル教授を登場させます。ここからサイコ・サスペンスがブームとなり、ジョン・サンドフォードの『ブラック・ナイフ』(1990)などの《獲物》シリーズや、ジェフリー・ディーヴァーリンカーン・ライム・シリーズは、かつてのルパン対ホームズのような、怪人(シリアル・キラー)対名探偵の対決の面白さをもっています。

 日本ではあまりにリアリズムに走りすぎた現代ミステリへの反動からか、1960年代末から70年代にかけて、戦前の探偵小説リバイバル・ブームがはじまります。横溝正史の作品が角川文庫から次々と刊行され、ベストセラーになったのもこの頃です。横溝正史には『白と黒』(1961)を最後にして長篇新作がなかったのですが、このブームによってふたたび筆をとるようになりました。歌舞伎役者中村雅楽が探偵役となる戸板康二グリーン車の子供(1976)や猫が探偵となった赤川次郎の『三毛猫ホームズの推理』(1978)など、個性的な作品も登場します。また赤い帆船(クルーザー)(1973)で登場した十津川警部が活躍する寝台特急ブルートレイン)殺人事件(1978)の人気で、トラベル・ミステリーがブームとなりました。

 1980年代になると海外ミステリーと連動するように、日本でも冒険小説の人気が高まります。船戸与一谷恒生谷克二、伴野朗、森詠、逢坂剛らが登場し、話題作をつぎつぎと発表しました。一方、島田荘司が極め付きの不可思議な連続殺人をあつかった『占星術殺人事件』(1981)でデビュー。その影響で、黒猫館の殺人(1992)や緋色の囁き(1988)の綾辻行人『白い家の殺人』(1989)の歌野晶午ふたたび赤い悪夢(1992)の法月綸太郎朱色の研究(1997)の有栖川有栖黒白』(2002)の森博嗣など、これまでのリアリズムにとらわれない奇想にあふれた作品を書く若手新人作家が次々と登場し、彼らの作品は「新本格ミステリー」と呼ばれました。一方、『新宿鮫』(1990)の大沢在昌パーフェクト・ブルー(1989)の宮部みゆき『白馬山荘殺人事件』(1989)や赤い指(2006)の東野圭吾など人気作家も多く、ミステリーはエンターテイメント小説の重要な存在となっています。