色による早分かりミステリー小説史(1)

 ネタとして、こんなもの書いてみました。ミステリを全く知らない人向けです。


●最初のミステリー小説

 ここでミステリー小説(以下、ミステリー)というのは、単に謎めいた、不可思議な物語をいうのではありません。探偵が不可思議な謎を理詰めで解いていく小説、謎解きが興味の中心となった小説、探偵小説や推理小説ともいわれる小説を指しています。

 こうしたタイプの小説をはじめて書いたのはアメリカのエドガー・アラン・ポーです。1841年に発表した「モルグ街の殺人」がそれで、ポーはこの小説で、奇怪な殺人事件の謎を犯行現場に残された手掛りから解明する名探偵デュパンを登場させました。引続き、「マリー・ロジェの秘密」「盗まれた手紙」とデュパンの探偵譚を書きましたが、ポーには他にも「黒猫」赤死病の仮面など、恐怖をテーマにした作品が多くあり、怪奇幻想的なものを含めた「ミステリー」の作家といえるでしょう。ちなみに少年探偵団で有名な江戸川乱歩は、彼の名前をもじったものです。

●長篇推理小説の時代
 ポーが書いた探偵小説はすべて短篇でしたが、こうした理詰めの推理だけでなりたっている作品は、その後しばらく書かれませんでした。イギリスのウィルキー・コリンズは、犯罪を中心にした物語をいくつも書き、たとえば『白衣の女』(1860)は、奸計に満ちた犯罪を計画する悪人と、それを阻止しようとする女性との知恵の戦いの物語ですが、探偵が謎解きをするわけではありません。しかし、続く『月長石』(1868)はダイヤモンド盗難事件の解明の物語で、また真相解明に至る手掛りが事前に読者にも与えられているため、「最初にして最長、最良の探偵小説」と呼ばれています。最長というのは、この作品が大変長いからですが、現在ではもっと長いミステリー小説がたくさんあります。

 もっとも、「世界最初の長篇探偵小説」はフランスのエミール・ガボリオーが書いた『ルルージュ事件』(1866)とされています。ガボリオーがこの小説で登場させたルコック探偵は、ポーのデュパンと違って、変装を得意とした行動的な刑事でした。また、アメリカでは女性作家アンナ・カサリン・グリーンが『リーヴェンワース事件』(1878)を発表し、「探偵小説の母」と呼ばれました。

 こうした作品はどれも、登場人物の複雑な人間関係が読者の興味の中心となり、また事件の背景に過去の因縁がからみます。純粋な謎解きの物語というよりも、犯罪事件を中心としたメロドラマといったほうがいいかもしれません。これらの小説は黒岩涙香らによって、明治20年代(1887-96)に日本にも盛んに翻訳紹介されました。


●短篇推理小説の時代

 コナン・ドイルが世界で最も有名な名探偵、シャーロック・ホームズを登場させたのは緋色の研究(1887)で、これはガボリオーの影響を受けた長篇小説でした。しかし、ホームズが人気を博したのは、1891年から短篇シリーズが雑誌《ストランド》に連載されてからのことです。ロンドンのさまざまな階級の人びとが持ち込んでくる怪奇な、不可思議な、奇妙な事件の謎を、ホームズはたちどころに推理解決し、多くの読者の心をつかみました。「赤髪連盟」「青い紅玉」「緑玉の宝冠などが載っている『シャーロック・ホームズの冒険』(1892)と、白銀号事件」「黄色い顔などが含まれる『シャーロック・ホームズの思い出』(1894)が有名です。

 ホームズに続けとばかりに、多くの名探偵が短篇シリーズで活躍しました。19世紀の最後の10年間から第一次世界大戦がはじまるまで、短篇推理小説の時代となります。名探偵たちは、科学的知識、深い人間洞察、奇矯な言動など、さまざまな方法でその存在をアピールしました。

 歴史冒険小説紅はこべシリーズで有名なバロネス・オルツイは、喫茶店で事件のあらましを聞いただけで謎をとく〈隅の老人〉と呼ばれる名探偵を登場させました。R・オースティン・フリーマンの科学者探偵ソーンダイク博士は長篇赤い拇指紋(1907)で登場し、のちに短篇のシリーズで活躍します。G・K・チェスタトンブラウン神父「青い十字架」が最初の作品で、逆説とトリックにあふれたすばらしい短篇が多数あります。また、アーネスト・ブラマは盲人探偵マックス・カラドスを創造しました。

 これらイギリス勢にたいし、アメリカではジャック・フットレルが創造したオーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドーゼン教授、通称〈思考機械〉が知られています。M・D・ポーストのアブナー伯父は開拓時代のアメリカを舞台にし、建国精神を体現した人物です。フランスではモーリス・ルブランの有名なアルセーヌ・ルパンが1907年に登場し、多くの長篇だけでなく、「黒真珠」「赤い絹のマフラー などの短篇で活躍します。また日本で、岡本綺堂の半七捕物帳が「お文の魂」(1917)からはじまったのもこの時代です。

 この時代は短篇シリーズが多く書かれたとはいえ、長篇のミステリーも数多くありました。しかしその多くは、謎解きを中心にした作風ではなく、19世紀以来のロマンティックな冒険や恋愛の要素が多いものでした。これらはスリラーと呼ばれ、通俗大衆小説として多くの読者から支持を得たのです。フランスのガストン・ルルーの書いた黄色い部屋の謎(1907)や『黒衣夫人の香り』(1909)には、少年探偵ルレタビーユが登場し、やはり犯罪メロドラマの要素が多いですが、前者は誰も出入り出来ない部屋から犯人が消えるという不可思議な事件を描いて、長らくミステリーのオールタイム・ベスト集に挙げられています。また、『螺旋階段』(1908)で登場したアメリカのラインハート女史は、女性主人公が犯罪に巻き込まれて恐怖におののくサスペンス小説を次々と発表し、黄色い間(1945)など長年にわたって絶大な人気を博しました。イギリスでは冒険スパイ小説『三十九階段』(1915)や緑のマント(1916)を発表したジョン・バカンがいます。