ハードボイルドな奴


 H・C・ベイリーの『フォーチュン氏を呼べ』の解説(戸川安宣)を立ち読みで読んだが(いいのか?)、ハードボイルドへの言及はなかった。こうなると、ウィキペディアの記述の元ネタは不明である。どなたかご存知の方はいらっしゃるだろうか?

 さて、「ハードボイルド」という言葉はさまざまに用いられるため、人によってそのイメージするところは違うだろう。

 現在、「ハードボイルド」の定義でもっとも正確と思われるのは、木村二郎が書いた「ハードボイルドって本当は何なの?」[ミステリマガジン 2002-02]だろう。ガムシュー・サイトの以下のページでも読める。

http://www.nsknet.or.jp/~jkimura/jp-tgs/hardboiled-j.html



 僕もミステリマガジンでこの文章を読んでいたにもかかわらず、いまだに「私立探偵小説」=「ハードボイルド」という概念から抜け出せず、よって、昨日のように「第一、チェスター・ハイムズの墓掘りジョーンズと棺桶エド・シリーズやハドリー・チェイスギャビン・ライアルは、通常、ハードボイルドには入れないだろう。」などという、勘違いの文章を書いたしまったりする。


 まとめるとこういうことになる。

  • 人物の性格としてのハードボイルド……感傷や恐怖などの感情に流されないタフな性格、またはそういう性格の人物。「非情な」「血も涙もない」「妥協しない」奴。
  • 文学表現としてのハードボイルド……純客観的表現で道徳的批判を加えない文体(で書かれた小説)。
  • ミステリのジャンルとしてのハードボイルド
  • 私立探偵小説(PIノベル)


 これらは相互に関連するが、すべてがイコールでは結べない。例えばハメットの小説でいうと、『ガラスの鍵』はハードボイルドな人物が登場し、ハードボイルドな文体で書かれていたが、私立探偵小説ではない。フィリップ・マーロウはある意味ハードボイルドな性格だが、チャンドラーの文体はハードボイルドとはいえない。大藪春彦は私立探偵小説の流れとは全く別のところで小説を書いているが、登場人物の性格はハードボイルドである。

 何度も利用している The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing (1999), by Rosemary Herbert ed. の巻末の用語集でも、hard-boild は

  1. of a person
  2. of fiction

 と二つに分けて説明されている。ちゃんと調べなきゃいかんなあ。of a person は上記の説明と同じだが、of fiction は「とくにPI小説か警察小説に用いられる犯罪小説の書き方で、文体は一般的にキビキビしていて、会話は簡潔でワイズクラックで活気を与えられ、行動は素早く物理的である」と説明される。(訳文はかなり適当)警察官が主人公の小説を「ハードボイルド」と呼ぶことに、僕はどうしてもためらいを覚えるが、こういうふうに説明されると、納得せざるを得ない。

 だから、大藪春彦の「タフガイ小説」も、ハドリー・チェイスの(一部の)小説も、「ハードボイルド」と呼んでも、間違いではないのだ。しかし、ミステリのジャンルとしてのハードボイルドを語るときは、やはり私立探偵小説の流れのなかでとらえたい。