『名探偵たちのユートピア』石上三登志

名探偵たちのユートピア (キイ・ライブラリー)

名探偵たちのユートピア (キイ・ライブラリー)


やっと昨日購入して、本日読了。

ドイルからエリック・アンブラーまで、主に欧米の「いわゆる「黄金期」の古典の、ほとんどすべてを読みなおしながら」、年代順に解読しなおすという作業で、これが面白くないわけがない。

なかでも特に興味深かったのは、

  • ドイルの『緋色の研究』や『恐怖の谷』の第二部が、じつはハードボイルド・ミステリの原型だった
  • クイーンは「レーン四部作」で、前バズラー的(=ドイル的)なものから、「名探偵の死」まで、ミステリの歴史をたどっている
  • フレンチ警部とメグレ警部の関係
  • アンブラーの探偵小説的な意義

などであろうか。

じつは僕も、昔からドイルの『恐怖の谷』第二部が大変に好きであった。で、今回、この本の巻末年表を見ていてはじめて認識したのだが、このドイル最後の長篇は、『トレント最後の事件』よりあとに書かれた作品なのだった。(第一次大戦中)この五年後に、クリスティークロフツがデビューしているのだ。たった五年の差である。

もうひとつ、これは本文でも触れられているが、乱歩とハメットの短篇デビューは同年なのである。この二人が同じ年の生れというのは、生誕100年の時に何度かあちこちで触れられていたから知っていたが、デビューも同じだったのだ。おまけに、ハメットが処女長篇『血の収穫』の連載をする1927年〜28年に、乱歩は休筆から「陰獣」(1928)を経て長篇『孤島の鬼』(1929年1月から連載)と、変身をとげている。この二人は、まさに同時代作家だった。(ということは、つまり、乱歩よりもチャンドラーのほうが年上なのだ!)

また、アンブラーやクイーンの項で、戦争と探偵小説の関係を論考しているが、ここでは笠井潔の論にはまったく触れられていない。石上三登志は笠井論を知らなかったのか。知ってて、無視したのだろうか。

そういえば、この本の最後はクイーン論になっているが、そこで、

だから、今はそうでなくても、いつか、どこかで、「探偵小説」が継承されていく可能性は十二分にある。そう思いたい。

その時、当然基本となるのは、クイーンが、そして正史がそうしたように、「黄金期」の作品群。その時、すでに過去のものとなっている「探偵小説」は、また新しく生きはじめる。

と結語されている。

これは欧米のミステリ界について言及した言葉なのだろうか。日本の「新本格」以降の状況については、まったく無視。いっそ、すがすがしい。

「あとがき」にも

この頃、(中略)名のみ知る未訳物があっちこっちから出はじめ、勿論ほとんど読んだのだが、これがおおむねつまらなかったこと。

と、都筑道夫と語り合ったとある。これは『赤い右手』の頃だそうで、つまり、国書の「世界探偵小説全集」以降の「古本格ミステリ」翻訳ブームはお気にめさないようだ。

そんなこんなで、とにかく、一気に読んでしまった。