恐怖の谷/補遺その3――野田改作とレンザブロック・ホームズ


 前回、書き忘れたことからはじめよう。

 講談社版の久米元一訳『消えたスパイ』にある、「ホームズがここに私立探偵の事務所をひらいてから、すでに二年あまりになる。」という文章だ。「ここ」というのは、ベーカー街221Bのことで、つまり「緋色の研究」事件から二年後に、「恐怖の谷」事件が起きたという設定である。それが、集英社版の久米みのる訳『恐怖の谷』では、「私立探偵を開業してからすでに7年」となっている。例のベアリング=グールド説では、7年の方が正しいようであるが、さて、この年代の差は、いったい何に基づいているのだろうか。


 それはさておき、次は偕成社版《名探偵ホームズ》である。訳者は野田開作。

 野田開作について、グーグル検索すると、まず八木谷涼子氏の「日本の児童書に見るロレンス」http://homepage3.nifty.com/yagitani/art_ja03.htm というページが見つかった。ここで、ロレンスの『沙漠の反乱』を元にした野田開作訳「砂漠の王者」について触れられている。

児童文学作家、野田開作(のだ・かいさく b.1920)の抄訳で『少年少女世界の名著』第7巻に入った。(中略)野田開作といえば、同じ偕成社の『名探偵ホームズ』全集(1971-74)における度の過ぎた「翻案」で悪名高い作家である。この「砂漠の王者」も、抄訳とは名ばかりで、明らかに翻案といったほうが適切だ。

 なるほど、度の過ぎた「翻案」で悪名高いようだ。野田改作という言い方も、聞いたような気がする。しかし、野田開作は児童文学者なのだろうか。前回触れた久米元一久米穣は、たしかに児童文学者(および編集者)に違いないが、野田開作については、よくわからない。検索では、次のような懐かしい記述も見つかった。ご存知、小林文庫の過去ログ http://www3.wind.ne.jp/kobashin/cgi-bin/tnote9.cgi?book=tsguest00a&from=565&to=589 で、発言しているのは『貸本小説』を著した末永昭二氏である。

野田開作は貸本系というより、どちらかというとエロ系の人物です。これもあまとりあ社ですからね。別名野高一作、三田達夫。小説には「イカス伊太郎一発シリーズ」(雑誌連載)などがたくさんあるようですが、小説の単行本は意外に少ないようです。海外ネタの犯罪実話が多い人です。格闘技ライター(ボクシング)であるほか、偕成社あたりで少年向けの翻訳をやっています。三田名義ではウソかホントかわからない世界珍談ものがあります。『マンハント』あたりにも書いているはずですが、手許にないので確認できません。林房雄の推薦で『新文庫』昭和24年8月号に『女の密林』という百枚ものを発表したのがデビューというようになっていますが、カストリ雑誌のことだから信用できません。ちょっと気になる人物ではあります。

 『マンハント』では、「ボクシング巷談」や「タフガイ速成法」なんて読物を連載していた。詳しくは、こちらのページを。→ http://www.ne.jp/asahi/mystery/data/MH/MHF.html 偕成社の《名探偵ホームズ》では全22巻のうち、7冊を担当。これは久米元一と並んで、この叢書で最も多い担当冊数である。図書目録を検索したかぎり、国内外の児童向け偉人伝記が多く、小説のリライトも、ミステリだけでなく、SFや冒険もの、純文学など、幅広く取り組んでいるようだが、まとまった仕事しとては、偕成社版ホームズが目につくくらいである。

 で、その『恐怖の谷』であるが、偕成社版では10巻に当てられている。三部構成になっていて、それぞれ「謎のバールストン館」「思いがけない犯人」「恐怖の谷の物語」の題名がついている。つまり、原作の第二部にあたる過去の話は、野田版では全体の三分の一しかない。おそらく、部の分け方のバランスが悪くなるため、第一部を二つに分けたのだろう。

 はじまりは原作どおり、ホームズとワトスンの朝食シーンであるが、例によって三人称、「助手のワトスン」だ。ホームズが暗号文に悩んでいるうちに、第二の手紙が届く。この第二の手紙が出てきたり、またホームズが一度、解読に失敗したりするのは、むしろ他の訳者のものより、原作に近い展開である。先に見た久米元一や久米みのるの訳では、このあたりはばっさりなくなって、いきなり暗号解読に成功しているのだから。しかし、以下のような描写が、やはりホームズのイメージを壊している。

「たしかにモリアーチイが関係したと思われる犯罪が、いままでにいくつかあった。けれどもぼくは、それらの犯罪を、まだひとつも解決していないんだ。ぼくが解決した事件は、モリアーチイが、かげで糸をひいていないものばかりだった。」p14

目をとじ、パイプの煙をくゆらせながら、ホームズは、するどく頭を働かせはじめた。やがてホームズは、ぱっと目をあけると、天井の一点を見つめ、
「ワトスン君、それらの数字は、本のページをしめしているんだよ、きっと」p18-19

 モリアーチイが関係した事件は「まだひとつも解決していない」で、解決できたのは小さな事件だけ、という体たらくや、長らく考えこんで、やっと出てきた答えが「それらの数字は、本のページをしめしているんだよ」では、名探偵としていかがなものか。そういうことは、じっと考えて閃くものでもあるまい。原作では「何かの本のあるページの言葉を指すのだということだけはわかるかれど、どの本の何ページだか、それがわからない」と、本を推理するのが眼目になっている。

 ミステリ部分では、家政婦のアレン夫人の証言がホームズの推理に重要になるのだが、野田版では「つぎに家政婦のアレンが、正直にゆうべのことを話したが、だいたいエイムズのいったことと一致していた。」とあるだけで、詳しい証言がない。にもかかわらず、ホームズは、のちほど、「家政婦は、バーカーがさわぎたてた三十分ほどまえに、なんだかおもてのほうで、バタンとドアがしまるような音がしたといった。」と、述べている。これは、やはりまずいだろう。山中峯太郎は、原作を改変するときは、ミステリとしての改良を考えて行なっていた。

 また、死体の側に置かれていた紙片の文字が、「バの谷341」(原作では「V・V341」)となっているのは、子どもに分かりやすくということで構わないが、その意味は、ホームズの口からこう述べられる。

バの谷というなぞのことばは、バーミッサの恐怖の谷という意味なんだ。341という番号は、恐怖の谷からおくられた殺し屋の番号なんだよ。やつらは、人を殺す時、名まえをつかわずに番号をつかうのだ。

 うーむ。341は殺しの番号、か。ちゃんと第二部(この本の第三部)に、「バーミッサ谷341支部」という言葉が出てきているのに。

 その第三部だが、すでに述べたように、全体の三分の一しかなく、したがって、かなり駆け足で話がすすむ。盛り上がるはずのスコウラーズ恐怖の入団儀式も、ほとんど描写がない。原作と一番の違いは、主人公の恋人エティにちょっかいを出す悪党の名が、ボールドウィンからハーグレイブに変更されている点だ。ハーグレイブというのは、第一部でのボールドウィンの偽名なのだが、子どもには分かりにくいと判断したのか。

 全体に、この訳者はミステリ的な仕掛けに冷淡で、先の証言の手掛りもそうだが、第二部(この本の第三部)の最後でも、

ああ、しかし、これがまさか悪党どもを一網打尽にするワナだとは、マギンティ親分といえども知るよしもなかった。

 と、あらかじめ読者に教えてくれる。こう書くと、野田訳を貶めてばかりいるようだが、まさにこの文章にあるような、ケレン味が楽しく読め、けっしてつまらないわけではない。

 こうしたケレン味では、最後に大物が控えている。そう、我が大衆小説史上屈指の大作家、柴田錬三郎訳の『恐怖の谷』(偕成社/世界名作文庫84巻)である。それは、こうはじまる。

「ちょっとたずねるが――」
 さびしい田舎の一本道であった。
 くわをかついでやってきた一人の農夫を、ふいに、くさむらの中からよびとめた者があった。
「へえ――」
 ふりかえった農夫は、そこに、真っ黒な服をつけ、黒眼鏡をかけた男が、ぬっと立っているのを見出して、なんとなく、ぞっとした。(中略)
「あそこの城が、バールストン館だね?」
「へ、へい、そうでごぜえます!」
「ダグラスという人間が、住んでいるだろう?」
「へい。奥さまとごいっしょにおいでになります」
「よし、わかった。ことわっておくが、おまえさんは、わたしを見たことを、誰にもだまっていれもらいたい!」
 おどかすようなするどい口調で、怪人物はいった。
「口止め料だ」
 農夫の足もとへ、チャリンとなげられたのは、一枚の金貨であった。(中略)
「ふふふ……、ダグラスめ、こんなところに身をかくしていやがった。とうとうつきとめたぞ!」

 こ、これは、ナニごとか! もちろん、復讐鬼ボールドウィンの魔手が、ついに宿敵ダグラスにおよんだのである。危うしダグラス! しかし、好漢ダグラスもただ者ではない。度重なる危機をかわし、ロンドンの名探偵ホームズに助けを求めることにする。だが、ボールドウィンの目を盗んで、ホームズに連絡が出来るのであろうか。そこで、彼を慕うバーカー青年がいいことを思いつく。

「きょう、猟でとってきたウサギの腹のなかへ、この手紙をぬいこんで、ぼくの家へ、女中にとどけさせるのです。そして、ぼくの母から、ホームズ氏へわたしてもらうのです」

 こうして、ウサギの腹から、バーカー青年の母親を通して、ホームズに暗号文による助けを求める手紙が届くのだ。なんで暗号?、と言うなかれ。原作だって、暗号にする意味は、あまりないのだから。とにかく、そこへダグラス死亡のニュース。遅かりしシャーロック・ホームズ。こうなれば、弔い合戦だ。

 とにかく、奔放である。モリアーティ教授もポーロックも登場しない。ホームズが求めるのは、ひたすら冒険である。ダールストン館で、深夜、怪しい者を見張るシーンも、シバレンにかかれば、こうなる。

 窓がピッタリと閉められ、あかりが、ふっと消えた瞬間、ホームズは月光の中に、すっくと全身をあらわした。
 右手にまきつけた細綱を、すばやくとくや、三、四度、大きく宙にふった。
 ぴゅーっ!
 綱は、風をきって、流れ星のように飛んだ。
 そのさきにくくりつけてあった鉄カギが、館の二階のバルコニーの手すりに、がっきとばかりかみついた。
 ホームズは、ぐっとひっぱった。
 綱は、ピーンと一直線にはった。
 ――よし!
 ホームズは、ぱっと地をけった。
 サーカスの空中飛びさながら、ホームズのからだは、濠の上をとびこえた。(p82)

 いや、ホームズが月光のなかに、すっくと全身をあらわすシーンは、思わず、「よッ! 待ってました!」と、掛け声をかけたくなる。おまけに、このホームズ、おろおろするワトソンや警部に、こう見得を切るのだ。「ご心配なく――シャーロック・ホームズは不死身です」

 こんなシバレン版では、だから、当然といおうか、やっぱりといおうか、第二部の方が長い。野田開作版とは逆に、三分の二が第二部に割かれ、好漢マクマードの縦横無尽の活躍である。例のスコウラーズ恐怖の入団式の肝試しは、こう描かれる。

「一歩、前にすすめ!」
 マクマードは、ちょっとまわりのけはいをうかがっていたが、ひと足ふみだした。
 その一瞬、風をきったうなりとともに、なにかが頭上にふってきた。
 マクマードはさっと身をひくめるや、右に二メートルとびのいた。
 すると、息もつかせず、またひとつの武器が、ぐんとつき出されてきた。

 そして、ラストは、ハッピーエンド。シバレン版では、エティは死なず、ダグラス夫人となっている。

 ダグラス夫妻は、ホームズやワトソンやバーカーに見おくられて、ヨーロッパ大陸のいずこかへ――平和なかくれ場所をもとめて、船で去っていった。
 ホームズたちは、夫妻の安全を、心からねがわずにはいられなかった。

 全体を通して考えると、ホームズが出てこなくてもよかった気がするものの、ミネタロック・ホームズも円月殺法で真っ二つにしかねない、レンザブロック・ホームズの奔放さである。シバレンによる、「最後の事件」のホームズとモリアーティの死闘を読んでみたかった。かなわぬ夢であるが。