ミステリの分類(8)/本格ミステリとは何か・その1――本来のミステリ


 探偵小説のさまざまな二分法を検討することで、探偵小説に必要な基本要素が明らかになった。それは理知と扇情、捜査と推理、ゲーム性、写実性などである。そうした要素を含み持った探偵小説そのものが、本格探偵小説だった。「本格」という用語は、探偵小説とそれ以外の「探偵小説もどき」を区別するために生まれた。


 ここまで、検討してきたのは「探偵小説」(Detective Story/Novel)というジャンルである。そして概ね、1950年頃までの意見を中心に考察してきた。というのは、この言葉が使用されたのは、その辺りまでだからだ。時代と共に言葉はかわり、言葉が指し示す内容も変化する。例えば、『娯楽としての殺人』(1941)の中にも、次のような文章がある。

アメリカでは『スリラー』という言葉は際もの的(センセイショナル)犯罪小説を、本来の探偵小説から区別するために、つかわれている。イギリスでは逆に、それはしだいに、真正の探偵小説を意味するようになった。イギリス人が際もの小説をさすときは、『ショッカー』といっている。(『娯楽としての殺人』p263)

 すでに1940年ごろ(つまり黄金時代の終わりごろ)には、イギリスではスリラーとは探偵小説のことになっていたらしい。以前、確認したように、セイヤーズはスリラーも探偵小説の一部と認めていたし、チェスタトンが弁護したのは、「スリラー」タイプの物語だった。フリーマンが「これを「探偵小説」という名称で呼ぶのは間違っている」と力説したのは、逆にいうと多くの人々がスリラーも探偵小説の一部だと解釈していたからだろう。だから、探偵小説とスリラーは、明確には区分されてこなかったことになる。

 ミステリー(Mystery)という言葉も同様である。この言葉はアメリカでよく使われるが、ライト(ヴァン・ダイン)の「大衆小説の分類」にもあったように、時代によっては探偵小説とは別ジャンルとして扱われていた。ヘイクラフトも、ほぼ同じような意味で使用している。

以上みてきたすべての時代をつうじて、ミステリー=冒険、陰謀、秘密機関、犯罪ロマンス等々の一連の小説も、おう盛にそれぞれの道をすすんできている――そして(以前よりは少なくなったが)よくもののわかっているはずのひとびとでも、時にはこれらの小説を真の探偵小説とあいかわらず混同しつづけている。この混同は、ある意味では無理ないものである。というのはこれらの小説も探偵小説の仮面をかむり、存在権を主張するためほんのわずかだが推理的要素をすくんでいるからである。(『娯楽としての殺人』p219)

 しかし、1940年代以降のアメリカでは、ほぼジャンル全体を示す用語として定着しているように思われる。1945年創立のアメリカの作家協会は、Mystery Writers of America だし、多くの専門誌も Mystery Magazine となっている。現在は、アメリカでは Mystery が、イギリスでは Crime Novel が、犯罪を扱った小説全般の総称として用いられていると見ていいようだ。

 では、日本ではどうだったろうか。「探偵小説」というジャンル名は、戦後、昭和20年代を境に、次第に使用されなくなり、かわって「推理小説」という言葉が使われるようになる。一時期は、推理小説という言葉に別の意味をもたせようという動きもあった(木々高太郎江戸川乱歩)ものの、成功しなかった。

こうして推理小説は探偵小説の同義語として定着した。だがそのややとり澄ました名称からは、本格的な探偵小説が連想され、探偵小説およびその周辺の文学の汎称として使用する場合に、若干の抵抗を覚える。そこで近年は推理小説を含む類縁の小説を、ミステリーの汎称と呼ぶことがはやりはじめた。(中島河太郎推理小説と探偵小説」/『推理小説展望』(1965)収録)

 1960年代からジャンルの総称として「ミステリー」=「ミステリ」が登場し、現在に到っている。ぼくの記憶では、「推理小説」は1980年代を境に、あまり見なくなった。現在「ミステリー」に含まれるものは、戦前の「探偵小説」に含まれたジャンルとまったく同一というわけではない。しかし、真正探偵小説(Detective Story/Novel)を中心とした類縁ジャンルの総称という意味では、同じような使われ方をしているともいえる。犯罪にかかわる小説全般、つまり探偵小説・スリラー・犯罪小説・国際陰謀小説・謀略小説などのほか、一部の冒険小説や怪奇幻想小説、サスペンス風俗小説、意外なオチのある小説などを含める人もいるというわけだ。

 つまり、「探偵小説」=「推理小説」=「ミステリ」と解釈して、かまわないのだ。「本格探偵小説」が「探偵小説」(Detective Story/Novel)を指していたとしたら、「本格ミステリ」も、「探偵小説」(Detective Story/Novel)を指しているということになる。もちろん、現在は1930年代スタイルのままで「探偵小説」(Detective Story/Novel)を書く作家は、世界的に見るとあまりいない。しかし、探偵小説から発達したさまざまなスタイル、作風、ジャンルは、要するに「本格」と考えてかまわないのである。

 犯罪小説ではなく、怪奇幻想小説でもない本来の探偵小説。サスペンス風俗小説でも意外なオチのある小説でもない、純粋の探偵小説。それが「本格ミステリ」である。したがって、「本格ミステリ」とは探偵小説と同じく、「探偵が登場する物語」または「探偵が謎を解く物語」のことをいう。論理的な帰結はこれしかない。

 だから、乱歩の探偵小説の定義は、そのまま本格ミステリの定義と考えればよい。多くの人は、たしかにそう解釈して、しかも非常に狭い範囲の「本格ミステリ」にのみ、この定義を当てはめてきた。例えば、九鬼紫郎の『探偵小説百科』(1975)の「探偵小説の分類」では、「本格探偵小説」「探偵小説」を、それぞれ次のように説明している。

  • 「本格探偵小説」……乱歩の「探偵小説の定義と類別」のトリック型
  • 「探偵小説」……乱歩の「探偵小説の定義と類別」のプロット型

 「本格探偵小説」に対して「変格」というならまだしも、「探偵小説」では、分類の意味が通らない。また、仁賀克雄の『海外ミステリ・ゼミナール』(1994)を開くと、ジャンル別ガイドの「本格ミステリ」(パズル・ストーリー)に、次のような説明がある。

「本格推理小説」とは日本独自の名称で、パズル・ストーリーのことを指す。江戸川乱歩の定義によれば「主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く経路の面白さを主眼とした小説」ということになる。

 新保博久でさえ、『ミステリ・ハンドブック』(1991)の中で、「ミステリの定義としてよく持ち出される江戸川乱歩のは、いわゆる本格ミステリにしか当てはまらない」と、ジャンルの全体像を把握するには不適当だと言している。

 しかし、「探偵小説の定義と類別」をきちんと読めば、乱歩がここで定義し類別したのは「広義のものでなく、純探偵小説」であると説明されている。トリック型だけでなく、プロット型のフレッチャーやクロフツも、「前記の定義にもかなう立派な」探偵小説であり、「これを探偵小説から除外することなど思いもよらない」のだ。つまり探偵小説そのものを定義・類別したのであり、それがすなわち「本格」と呼ばれるものだった。それなのに、上記の三つの引用では、「パズル型」の作品にのみ「本格」を用い、それ以外の作風、「非ゲーム型探偵小説」を「本格」から除いている。

 乱歩の「探偵小説の定義」は、きちんと解釈すれば、探偵小説から発達したすべての作風にあてはまる。ハードボイルドも警察小説も社会派推理小説リーガル・サスペンスも心理サスペンスも、それが「謎を解く物語」となっている限り、探偵小説の末裔であって、乱歩の定義に当てはまる。すなわち「本格ミステリ」である。

 これまで検討してきたように、探偵小説というジャンル概念には、理知的なものと扇情的(センセーショナル的)なものが含まれる。そのうち、理知的な要素の強い作風を探偵小説、扇情的要素の強い作風をスリラー、と分類したなら、「本格」とは理知的な作風を指すことになる。センセーショナルな要素はなるべく控えた方が、より「本格」らしいことになり、ディクスン・カーは異端の本格ということになる。逆に、センセーショナルなものこそが探偵小説だと思う人にとっては、呪われた一族や古びた洋館が出てくれば「本格」ということになる。探偵小説に写実性は欠かせないと思う人にとっては、よりリアルなものが「本格」である。探偵小説には意外性が欠かせない人には、より意外なものが「本格」だろう。

 探偵小説の本質を何にみるかは、いくつかの意見がある。乱歩が「二つの比較論/探偵小説の本質」で取り上げたものでは、「純文学派」「風俗小説派」「文学的本格派」「ゲーム派」があるが、本質を何に見るかによって、「本格探偵小説」の意味するものは異なる。「純文学派」にとっての「本格ミステリ」は、もっとも文学的価値が高いものだろうし、「ゲーム派」にとっては、手掛りからの推理過程がきめ細かく、なおかつ読者の意表をついている作品がそうだろう。

 探偵小説(ミステリ)の本質をより明確にあらわした作風が「本格」なのだ。「本格」という用語には、それ以外の意味を取りようがない。

 これまで、「本格ミステリ」とは何かを定義しようとして出来なかった最大の理由は、「本格」を探偵小説の内部に設けようとしたからではないのか。定義を厳密にしようとすればするほど、そこから抜け落ちるものが出てくる。あるいは余分なものが入ってくる。「本格」を探偵小説の内部にイメージし、探偵小説の一ジャンルとして解釈すると、どうしても齟齬が生じ、整合性がとれない。

 「本格」とは、探偵小説のジャンルではない。「本格」とは探偵小説そのもののことなのである。