■1945〜1949(昭和20年〜24年)その4/光文社の少年文庫と痛快文庫
1946年11月にスタートした光文社の雑誌『少年』は、戦前から継続する講談社の『少年倶楽部(少年クラブ)』を除けば、戦後最もはやく創刊された娯楽系少年雑誌である。当初はA5版サイズだったが、1954年1月からB5版となり、やがて「鉄腕アトム」「鉄人28号」「矢車剣之助」「ストップ!にいちゃん」「サスケ」などの人気漫画を連載する、月刊少年マンガ雑誌の中心的存在となった。
しかし、『少年』が月刊マンガ雑誌となるのは、昭和30年代にはいってからであり、それまでは、戦前の『少年倶楽部』の流れをくむ読物中心の雑誌だった。根本正義によれば、創刊当時の『少年』は「芸術的児童文学雑誌とまったく同じ編集がなされ」*1ていたという。これは児童書分野における光文社の編集・出版方針であり、雑誌だけでなく、児童書単行本についても「教養と娯楽を共存させる方向をもっていた」*2。光文社はもともと戦後に設立された講談社の子会社であり、講談社の社提「面白くて、ためになる」を引き継いだともいえよう。そうした光文社が企画したのが、1947年からはじまる「少年文庫」と「痛快文庫」のふたつの叢書である。
「少年文庫」は世界名作や日本昔話を中心にしたシリーズであり、やがて『少年』連載の小説を単行本化したものも含まれる。まず、その全容を見てみよう。見やすいように「世界名作」「日本名作」「創作小説」に分けてみた。*3
【少年文庫】
- 『ドリトル先生のアフリカ行き』ロフティング 井伏鱒二・訳/河目悌二・絵 1946 ★「少年文庫」かどうか疑問/戦前に既刊
- 『シンデレラ姫』シャルル・ペロー 楠山正雄・訳/東郷青児・絵 1947-02-05
- 『魔法の壷』プースリン先生 村上知行・訳/若山為三・絵 1947-06-20 ★聊斎志異の中から10篇収録/プースリン=蒲松齢
- 『アラビヤンナイト シンドバッドの冒険』 奥村高介/若山為三・絵 1947-07-20
- 『旧約聖書 ノアの箱舟』 小出正吾/恩地孝四郎・絵 1947-12-20
- 『西遊記』呉承恩 宇野浩二・訳/堤寒三・絵 1947
- 『トムソウヤーの冒険』マーク・トウェーン 小出正吾・訳/河目悌二・絵 1948-01-25
- 『マッチ売りの少女』アンデルセン 鈴木三重吉・訳/初山滋・絵 1948-04-25
- 『旧約聖書 ダビデのたて琴』 小出正吾/恩地孝四郎・絵 1948-07-31
- 『たから島』スチブンソン 大佛次郎・訳/若山為三・絵 1948-08-05 ★『少年』連載(1946-11〜1948-04)
- 『パンドラのはこ』ギリシャ神話 村松武雄・訳/田中良・絵 1948-11
- 『アンクル・トム物語』ストウ夫人 本間久雄・訳/高岡徳太郎・絵 1948
- 『空とぶ旅行かばん』アンデルセン 神保光太郎・訳/若山為三・絵 1948
- 『小公子』バーネット夫人 吉田甲子太郎・訳/松野一夫・絵 1949-03
- 『学校劇集 世界名作物語』宮津博/田中良・絵 1949-05-30
- 『黄金虫』エドガア・アラン・ポー 江戸川乱歩・訳/松野一夫・絵 1949-06-10
- 『白雪姫』グリム 菊池寛・訳
- 『動物のふしぎ』椋鳩十 1947-03
- 『かぐや姫』 鈴木三重吉/西沢笛畝・絵 1947-05-01
- 『話を買う話』宇野浩二/河目悌二・絵 1947-11-20
- 『金の目銀の目』豊島与志雄/若山為三・絵 1947-12-30
- 『あんじゅ姫とづし王丸』楠山正雄/玉村吉典 1947
- 『沢右衛門どんのうなぎ釣り』坪田譲治/清水崑・絵 1948-01-10
- 『良寛さま』大坪草二郎/福田豊四郎・絵 1948-03-05
- 『源氏物語 光る君』島津久基/真野満・絵 1948-05-05
- 『今昔物語 おばけのお祭り』楠山正雄/若山為三・絵 1948-12-30
- 『昔話玉手箱』村松武雄/清水崑・絵 1948
- 『トテ馬車』千葉省三/福田豊四郎・絵 1949-04-25
- 『お伽草子 牛若丸の冒険』島津久基
- 『わかれ道』石森延男/河目悌二・絵 1948-04-10 ★『少年』連載(1946-11〜1947-08)
- 『ふしぎな冒険』八住利雄/耳野卯三郎・絵 1948-08-20 ★『少年』連載(1947-01〜1948-05)
- 『海峡をわたる歌』白河渥/耳野卯三郎・絵 1948-09-30 ★『少年』連載(1948-01〜1948-07)
- 『三太武勇伝』青木茂/清水崑・絵 1948-10-05
世界名作を抄訳・再話した叢書ということでは講談社の「少国民名作文庫」や偕成社のものと同種の企画といえる。違いは、児童文学よりも昔話や神話をもとにした作品が多いということと、再話者が講談社・偕成社と比べると、やや文学者よりだということだろうか。また、日本の昔話が多く含まれるのも特徴である。「冒険色の強い大人向け作品」のかわりに、神話や昔話の中に冒険色を求めたといえようか。なお、井伏鱒二の『ドリトル先生のアフリカ行』は、参考にした根本書誌によれば、「少年文庫」の広告欄に記載されていたようだが、この叢書として出版されたかどうか疑問である。
世界名作のうち、大佛次郎の『たから島』は『少年』の創刊号から連載されていた作品である。大佛はこの作品に続いて同誌に『覆面の騎士』(スコットの「アイバンホー」が原作/1948-06〜1949-11)、『古城の秘密』(1950-01〜1950-12)と、ほぼ途切れることなく数年にわたって長篇を連載した。このほか「少年文庫」に入った創作小説も、『少年』連載の作品が多い。
つづいて「痛快文庫」の刊行書目を見てみよう。(雑誌連載の記載は判明したものだけ。また戦前の連載作品は☆を、戦後連載作品は★をつけた)
【痛快文庫】 B6版
- 『全権先生』佐々木邦 1947-06-05 ☆『少女倶楽部』連載(1930-01〜1930-12)
- 『怪人二十面相』江戸川乱歩/小林秀恒・絵 1947-06-05 ☆『少年倶楽部』連載(1936-01〜1936-12)
- 『少年探偵団』江戸川乱歩/梁川剛一・絵 1947-07-05 ☆『少年倶楽部』連載(1937-01〜1937-12)
- 『妖怪博士』江戸川乱歩 1948-04-20 ☆『少年倶楽部』連載(1938-01〜1938-12)
- 『八幡童子』土師清二/斎藤五百枝・絵 1948-07-01
- 『怪童鴉丸』土師清二/斎藤五百枝・絵 1948-07-31 ☆『少年倶楽部』連載(1933-01〜1933-12)
- 『怪盗追撃』森下雨村/松野一夫・絵 1948-09-01
- 『神変白雲城』角田喜久雄/山口将吉郎・絵 1948-09-05
- 『富士に歌う』富田常雄/斎藤五百枝・絵 1948-12-25
- 『村の少年団(ボーイスカウト)』佐々木邦/横山隆一・絵 1949-02-20 ☆『少年倶楽部』連載(1930-04〜1931-12)
- 『虹の冠』野村愛正 1949-03 ☆『少年倶楽部』連載(1927-01〜1927-12)
- 『魔境五千哩』木村荘十 1949-05-05
- 『あゝ、この一球』永井龍男/佐藤泰治・絵 1949-05-25
- 『少年剣士登場』赤川武助/高畠華宵・絵(推定) 1949-06-10
- 『大金塊』江戸川乱歩/松野一夫・絵 1949-06-20 ☆『少年倶楽部』連載(1939-01〜1939-12)
- 『怪傑小天狗』山岡荘八/小松崎茂・絵 1949-07-20
- 『浮城の白銀王』鷲尾雨工/高畠華宵・絵 1949-07-20
- 『黒星団の秘密』大下宇陀児/林唯一・絵 1949-07-20
- 『牛使いの少年』小山勝清/梁川剛一・絵 1949-08-20 ★『少年クラブ』連載(1948-03〜1949-02)
- 『少年密林王』赤川武助 1949-10-05
- 『仮面城』大下宇陀児/梁川剛一・絵 1949-10-20 ☆『少女倶楽部』連載(1930-01〜1930-12)
- 『青銅の魔人』江戸川乱歩/山川惣治・絵 1949-11-05 ★『少年』連載(1949-01〜1949-12)
- 『僕らの世界』佐々木邦/河目悌二・絵 1949-11-10 ★『少年クラブ』連載(1949-01〜1949-12)
- 『太陽への道』大林清 1949-12-05 ★『少年クラブ』連載(1949-01〜1949-12)
- 『超人間X号』海野十三/小松崎茂・絵 1949-12-05 ★『冒険クラブ』連載(1948-08〜1949-05/連載時未刊)
- 『この星万里を照らす』富田常雄 1950-04-05 ★『少年』連載(1949-04〜1950-03)
- 『少年打撃王』大林清 1950-06-01
- 『熱砂の美少年』橋爪健 ★発行年月日不明
- 『北氷国の秘密』寒川光太郎/小松崎茂 ★発行年月日不明/『少年』連載(1948-05〜1949-02)
- 『白馬の密使』村上元三 ★発行年月日不明
- 『あゝ、栄光の日よ』五十公野清一 ★発行年月日不明
また、「痛快文庫」内には次のふたつの「選集」「全集」が含まれていた。表紙には「痛快文庫」とあるだけだが、背表紙にそれぞれの選集名・全集名と通し番号が書かれている。
【痛快文庫/南洋一郎選集】 B6版/梁川剛一・絵
- 『魔境の大怪龍』 1949-11-05 ★戦後作品/『少年ロック』?
- 『シバの魔神像』 1949-11-20
- 『緑の無人島』 1949-12-20 ☆『少年倶楽部』連載(1937-01〜1937-12)
- 『吼える密林』 1950-01-10 ☆『少年倶楽部』連載(1932-04〜1932-12)
- 『魔海の秘宝』 1950-02-05
- 『大鬼賊』 1950-06-01 ☆『少女倶楽部』連載(1937-01〜1937-12)
- 『魔海の黄金塔』 1950-07-01
- 『決死の猛獣狩り』 1950-09-01 ☆『少年倶楽部』掲載の短篇/単行本(1937)
- 『魔海の王者』 1950-09-01 ★『魔海の黄金塔』続編
- 『密林の大怪船』 1950-12-20 ★『少年』連載(1950-01〜1950-12)
- 『スペードの女王』 1950-07-01 ☆『少女倶楽部』連載(1938-01〜1938-12)/連載時タイトル『スパイの女王』
- 『大宝窟』 1950-07-01 ★『冒険少年』連載(1948-01〜1949-03)
- 『ロボット城』 1950-07-01 ☆『少年少女譚海』連載(1938-01〜1938-12)/連載時タイトル『怪奇傀儡城』
- 『都市覆滅団』 1950-09-01 ☆『少年少女譚海』連載(1933-03〜1934-09)
- 『金銀島』 1950-09-01 ☆『少女倶楽部』連載(1933-01〜1933-12)
- 『悪魔の王城』 1950-09-01 ☆『少年世界』連載(1932-01〜1932-12)
- 『岩窟の大殿堂(上)』 1950-11-20 ☆『少年世界』連載(1930-01〜1931-07)
- 『地底の都』 1950-11 ☆『少年倶楽部』連載(1932-01〜1932-12)
- 『岩窟の大殿堂(下)』 1950-12-25
- 『六一八の秘密』 1950-12 ☆『少女倶楽部』連載(1935-01〜1935-12)
リストをみれば一目瞭然だが、こちらは戦前の『少年倶楽部』の伝統を継ぐ大衆児童文学が中心となっている。実際、戦前の『少年倶楽部』『少女倶楽部』連載作品の再刊が多いし、戦後に『少年クラブ』に連載された作品もいくつか含まれている。根本はこれを、「このような現象は、講談社が戦犯出版社として糾弾されていたことと無縁ではない」*4としている。たしかにそういう一面はあったのだろう。しかし、自社での単行本化が必ずしも不可能でなかった証拠には、戦前の『少年倶楽部』連載作品としては、実話を元にした須川邦彦の『無人島に生きる十六人』が1946年に、日米の少年の交流を描いた佐々木邦の『トム君・サム君』が1948年に出版されているし、戦後の『少年クラブ』の連載作品も、獅子文六の『広い矢』(1946-06〜1947-10連載)や阿部知二の『新聞小僧』(1948-01〜12連載)や南洋一郎の『緑の金字塔』(1949-01〜1950-12連載)が、1950年までに講談社で単行本化されている*5。また、反対に、光文社の雑誌『少年』に1951年1月から12月まで連載された作品に、村上元三の「疾風からす隊」と山岡荘八の「この声天にとどけ」があるが、前者は偕成社から、後者はポプラ社から、最初の単行本が出ている。つまり、この時期は雑誌連載小説を自社で単行本にすることが通例となっていたわけではないようなのだ。
さて、光文社のふたつの叢書を見比べて気づくことは、まず、『少年』の連載作品がどちらの叢書にも含まれているという点だ。「少年文庫」には、すでに述べた大佛次郎の『たから島』のほか、石森延男『わかれ道』、八住利雄『ふしぎな冒険』、白河渥『海峡をわたる歌』があるし、「痛快文庫」には江戸川乱歩『青銅の魔人』、富田常雄『この星万里を照らす』、寒川光太郎『北氷国の秘密』、南洋一郎『密林の大怪船』がある。ここでも、教養と娯楽の共存という初期『少年』の編集方針が確認できる。また、1949年以降の連載作品は「痛快文庫」に入っていることから、同誌が次第に娯楽作品中心となっていったこともうかがえる。
もう一つ気がつくことがある。それは、両叢書に共通する唯一の作者が江戸川乱歩であり、作品のジャンルがミステリ(探偵小説)だということだ。