■1945〜1949(昭和20年〜24年)その7/偕成社の大衆児童文学
昭和20年代に大衆児童文学をもっとも精力的に出版していたのは、偕成社とポプラ社であった。『別冊太陽 子どもの昭和史昭和20〜35年』の「怪魔もの」について書かれたページ(p109)には、光文社の少年探偵江戸川乱歩全集のほかに、偕成社とポプラ社の本が写真入りで紹介されている。やはりこの二社が怪魔ものの中心的存在だったと言うべきだろう。両社ともに、明確な叢書ではないものの、ある程度装幀を統一した出版物をもっていた。偕成社の「冒険探偵」シリーズ、ポプラ社の「探偵冒険」シリーズがそれである。
偕成社は戦前からある児童向け出版社で、戦後最も早い時期の刊行書目として、昭和二十年に刊行された室生犀星『乙女抄』と森下雨村『謎の暗号』の二冊があるという。*1どちらも戦前の作品の復刊と思われるが、内容的にはそれぞれ少女向け、少年向けの大衆児童文学と捉えていいだろう。しかし、1946年から数年は世界名作児童文学のリライトが中心となる。翻訳者(再話者)は、野村愛正、池田宣政(南洋一郎)、水島あやめ、高垣眸など、大衆児童文学の作家が多く起用された。原作者名は解説で触れられているものの、表紙にはそうした作家の名前しか記されていない。こうした現象は、講談社にも見られた。あくまで推測だが、通俗なものは、すなわち反動的とみなされ、あからさまに大衆児童文学作家の作品を復刊しにくい、しかし彼らの名前は欲しい、ということだったのかもしれない。
この時期の偕成社の出版内容を見てみよう。*2△は戦前の復刊本、○は世界名作、◎は偉人の伝記、●は戦後の大衆児童文学である。ただし、戦前作品か戦後作品かは、かなり間違いもあることを最初にお断りしておく。また、1949年以降は少女小説および偉人伝を省略した。というのも、根本書誌によれば1949年だけで57冊の少女小説が発行されているためで、量が膨大なわりにはジュヴナイル・ミステリの流れを見るうえで、とりあえず無関係と判断したからだ。(とはいえ、その中には西條八十の著作など、ミステリ的な要素の強い作品もあるのだが)
- 1945年
- 1946年
- ○『嵐の中の少女』村岡花子 1946? ★ディケンズ原作
- ○『小公子』池田宣政/田中良・絵 1946-05-15 ★バーネット原作
- ○『白い牙』野村愛正/山川惣治・絵 1946-05-25 ★ロンドン原作
- ○『母を尋ねて』池田宣政/田中良・絵 1946-06-20 ★アミーチース原作
- △『乙女の径』芹澤光治良 1946-07
- △『スザンヌ物語』深尾須磨子 1946-07-30 ★ジュール・ルメートル原作
- ○『フランダースの犬』池田宣政/田中良・絵 1946-08-05 ★ウィーダ原作
- △『若草日記』大谷藤子/辰巳まさ江・絵 1946-08-10 ★挿絵は1948年の版による
- ○『ゼンダ城の虜』高垣眸/土村正寿・絵 1946-08-15 ★ホープ原作
- ○『紅はこべ』高垣眸/土村正寿・絵 1946-09-10 ★オルツイ原作
- ●『慰めの曲』加藤武雄/辰巳まさ江・絵 1946-09-20
- ○『宝島』久米元一/土村正寿・絵 1946-09-20 ★スティーブンスン原作
- ○『まだらの紐』海野十三/村上松次郎・絵 1946-10-27 ★ドイル原作
- ●『月夜の笛』加藤武雄/林唯一・絵 1946-11-25
- ○『家なき児』池田宣政/田中良・絵 1946-12 ★エクトル・マロー原作
- ○『家なき少女』水島あやめ 1946-12 ★エクトル・マロー原作
- △『密林の王者』南洋一郎/椛島勝一・絵 1946-12-15 ★実録冒険談/戦前の『密林の王者』の前半
- 1947年
- △『兄弟行進曲』佐々木邦/沢井一三郎・絵 1947-01-20
- ○『恐龍の足音』高垣眸/土村正寿・絵 1947-01-25 ★ドイル原作「失われた世界」/再版(1947-06-10)
- ●『麗わしき母』円地文子 1947-02
- ○『孤島の十五少年』南洋一郎/椛島勝一・絵 1947-02-20 ★ベルヌ原作
- △『片耳の魔豹』南洋一郎/村上松次郎・絵 1947-03-05 ★実録冒険談/戦前の『密林の王者』の後半
- ○『アリババと四十人の盗賊』大田黒克彦・絵 1947-04
- △『朝の花々』円地文子 1947-05
- △『薔薇は生きてる』芹沢光治良 1947-05-01
- △『母の小夜曲』吉屋信子/辰巳まさ江・絵 1947-05-10 ★『暁の聖歌』の改題
- △『友情の小径』水島あやめ/蕗谷虹児・絵 1947-07-08
- ●『悲しき別れ』加藤武雄/嶺田弘・絵 1947-07-10
- ○『あゝ無情』久米元一/田中良・絵 1947-07-20 ★ユーゴー原作
- ○『嵐の孤児』野村愛正/田中良・絵 1947-08-15 ★ディッケンズ原作「オリバー・トゥイスト」
- ●『怪人』高垣眸/山口将吉郎・絵 1947-09-05
- ○『巌窟王』高垣眸/田中良・絵 1947-09-20 ★デューマ原作
- △『少女時代』横山美智子/辰巳まさ・絵 1947-10-05
- ●『白鳥は悲しからずや』船山馨/松田文雄・絵 1947-10-10
- ●『古城の怪宝』久米元一/飯塚羚児・絵 1947-11 ★挿絵は1951-08-20の版による
- ●『乙女の曲』吉屋信子 1947-11-20
- △『海底大陸』海野十三/飯塚羚児・絵 1947-12-10
- △『孤島の秘密』南洋一郎/伊藤幾久造・絵 1947-12-25 ★挿絵は表記なし(サインによる判断)
- 1948年
- ●『湖底の魔城』南沢十七/伊藤幾久造・絵 1948-01-15
- ●『宇宙探険』海野十三/伊藤幾久造・絵 1948-03-20
- ○『暗黒大陸探険』リビングストン/池田宣政・訳/田中良・絵 1948-03-20
- ○『三銃士』久米元一/伊藤幾久造・絵 1948-03-25 ★デューマ原作
- ◎『愛の偉人 ガーフィールド』池田宣政/北宏二・絵 1948-04-01
- ●『魔神島』南洋一郎/伊藤幾久造・絵 1948-04-25
- ○『水滸伝』久米元一/伊藤幾久造・絵 1948-05 ★中国古典
- ●『白菊散りぬ』水島あやめ/辰巳まさ江・絵 1948-05-10
- ◎『愛と科学の母 キュリー夫人』山中峯太郎/田中良・絵 1948-05-20
- △『地球盗難』海野十三/伊藤幾久造・絵 1948-06-10
- ●『あざらし少年』南沢十七/伊藤幾久造・絵 1948-06-20
- ●『春来りなば』堀ひさ子/嶺田弘・絵 1948-06-20
- ●『白雲峡の謎』山中峯太郎/伊藤幾久造・絵 1948-07-05
- ●『紅ばら白ばら』横山美智子/田中良・絵 1948-07-10
- ●『紅バラの秘密』久米元一/村上松次郎・絵 1948-07-20
- ●『三色菫』円地文子/辰巳まさ江・絵 1948-07-20
- ●『あらしの曙』加藤武雄/蕗谷虹児・絵 1948-07-25
- ●『少女三銃士』由利聖/沢井一三郎・絵 1948-08-10
- ●『母を恋う』芹沢光治良 1948-08-15
- ○『弓張月』山中峯太郎/伊藤幾久造・絵 1948-08-20 ★滝沢馬琴原作
- ●『モダン小公女』由利聖子/松本かつぢ・絵 1948-08-20
- ●『花よ命あらば』船山馨/松田文雄・絵 1948-09-11
- ●『久遠の夢』水島あやめ/辰巳まさえ・絵 1948-09-20
- ●『少年富豪』富沢有為男/小松崎茂・絵 1948-10-05
- ●『悲しき野みち』宮脇紀雄/伊勢良夫・絵 1948-10-15
- ●『白馬の小夜姫』村上元三/山本舜山・絵 1948-10-25
- ○『怪傑アラン』久米元一/伊藤幾久造・絵 1948-11
- ◎『熱と愛の偉人 野口英世』池田宣政/田中良・絵 1948-11-05
- ●『怪獣男爵』横溝正史/伊藤幾久造・絵 1948-11-15
- ○『密牢の叫び』野村愛正/田中良・絵 1948-12 ★ユーゴー原作「九十三年」
- ●『笑う氷山人』寒川光太郎/田代光・絵 1948-12-25
- ●『谷間の灯』円地文子/辰巳まさえ・絵 1948-12-25
- ●『涙の十字架』池田宣政/田中良・絵 1948-12-30
- ●『哀しき花束』北條誠/辰巳まさ江・絵 1948-12-30
- 1949年
- ○『南総里見八犬伝』加藤武雄/伊藤幾久造・絵 1949-01-25 ★滝沢馬琴原作
- ●『乙女の祈り』江間章子/加藤まさを・絵 1949-01-30
- △『ダイアナの瞳(め)』高垣眸/伊藤幾久造・絵 1949-02-20
- ●『海底牢獄』香山滋/伊藤幾久造・絵 1949-03-10
- ●『金属人間』海野十三/伊藤幾久造・絵 1949-04-01
- ●『涙の応援歌』富田邦彦/霜野二一彦・絵 1949-04-25
- ●『覆面紳士』高木彬光/ 1949-05-15
- ●『妖鬼の塔』高木彬光/伊藤幾久造・絵 1949-07-25
- ●『栄冠の蔭に』西野辰吉/霜野二一彦・絵 1949-08-20
- ●『白髪鬼』久米元一/梁川剛一・絵 1949-09-25
- ●『暁の凱歌』鹿島孝二/飯塚羚児・絵 1949-10-30
- ●『幽霊船』梶野悳三/梁川剛一・絵 1949-12-30
- 1950年
- ●『深夜の冒険』寒川光太郎 1950-01
- ●『風雲隼隊』村上元三/伊藤幾久造・絵 1950-01 ★挿絵は1952-12-25の版による確認
- ●『紅顔熱球王』五十公野清一/霜野二一彦・絵 1950-01-25
- ●『熱球空を射つ』今井達夫/伊勢田邦彦・絵 1950-02-25
- ●『夜光怪人』横溝正史/沢田重隆・絵 1950-04-05
- ●『仮面魔』久米元一/阿部和助・絵 1950-05-10
- ●『恐怖の都』牧野吉晴/伊勢田邦彦・絵 1950-05-20
- ●『怪人黒マント』柴田錬三郎/永松健夫・絵 1950-06-10 ★ソフトカバー
- ●『野象大陸』藤口透吉/橋本隆雄・絵 1950-08-30 ★ハードカバー
- ●『姿なき飛行機』安田尚史/伊勢良夫・絵 1950-10-05
- ●『怪童不動丸』山岡荘八/伊藤幾久造・絵 1950-12-20 ★ハードカバー
巻末の広告欄を見ていくと、最初期は「少年少女」読物となっていて、男の子向きと女の子向きの作品は区別されていない。内容的にも1946年から1947年の前半は、世界名作か戦前作品の復刊がほとんどである。最初に分化が見られるのは「少女小説」の方で、すでに船山馨『白鳥は悲しからずや』(1947-10-10)の広告欄には、「少女小説」のくくりで以下の作品が紹介されている。
- 白鳥は悲しからずや/家なき少女/慰めの曲/春来りなば/悲しき別れ/若草日記
- 少女時代/薔薇は生きてる/友情の小径/フランダースの犬/朝の花々/母の小夜曲
これが、堀ひさ子『春来りなば』(1948-06-20)の広告欄になると、「少女小説」とされたものは次のように変化する。
- 麗しき母/友情の小径/白鳥は悲しからずや/家なき児/あゝ無情/乙女の曲
- キュリー夫人/ガーフィールド/リビングストン/家なき少女/朝の花々
- 母の小夜曲/少女時代/フランダースの犬/薔薇は生きてる/宝島/春来りなば
- 慰めの曲/白菊散りぬ/兄弟行進曲/まだらの紐/嵐の孤児/あらしの曙
- 乙女の祈り/悲しき別れ/母を尋ねて/紅ばら白ばら/若草日記/小公子/乙女の径
さらに、加藤武雄『あらしの曙』(1948-07-25)の広告欄の「少女小説」は以下のとおり。
- 麗しき母/友情の小径/白鳥は悲しからずや/家なき児/あゝ無情/乙女の曲
- キュリー夫人/ガーフィールド/リビングストン/家なき少女/朝の花々
- 母の小夜曲/少女時代/フランダースの犬/薔薇は生きてる/三色菫/春来りなば
- 慰めの曲/白菊散りぬ/モダン小公女/少女三銃士/嵐の孤児/乙女の祈り
- 悲しき別れ/母を尋ねて/紅ばら白ばら/若草日記/月夜の笛/乙女の径
池田宣政『涙の十字架』(1948-12-30)の広告欄「少女小説」は以下のとおり。
- 麗しき母/友情の小径/白鳥は悲しからずや/家なき少女/あゝ無情/乙女の曲
- 谷間の灯/悲しき花束/珠のゆくえ/涙の十字架/朝の花々/母の小夜曲/乙女の径
- 悲しき野みち/薔薇は生きてる/三色菫/母子草/慰めの曲/白菊散りぬ/モダン小公女
- 少女三銃士/嵐の孤児/あらしの曙/乙女の祈り/悲しき別れ/母を恋う/紅ばら白ばら
- 若草日記/久遠の夢/花よ命あらば
当初はまだ出版点数が少ないためか、世界名作や偉人伝も「少女小説」に含められていた。『家なき少女』や『フランダースの犬』などの薄幸物だけでなく、『宝島』や『まだらの紐』といった冒険物、探偵物も「少女の読物」という枠組で広告されていたのである。しかし、1948年末ごろには、そうした作品は巻末広告から姿を消し、母物、薄幸物、ユーモア物が中心となっている。で、1949年には、すでに述べたように、少女小説が50冊以上出版されるようになる。
一方、少年ものは、柴田錬三郎『怪人黒マント』(1950-06-10)の広告欄においても、「少年小説」ではなく、「少年少女(読物)」のくくりで、図のような作品が紹介されている。
「少年少女」というからには、これらの読物の読者には少女も想定されていたのだろうか。逆に『麗しき母』や『友情の小径』は男の子が読むことはありえないと判断されていたのか。つまり、少女の方が、読書の守備範囲は広かったことになるのだが、これが広告欄を作成した編集だけの意見だったのかどうか、判断に苦しむ。それはさておき、橘外男『怪猫屋敷』(1952-08-05)の巻末には、「冒険探偵」として以下の作品が記載される。
- 白馬の小夜姫/ダイアナの瞳/古城の怪宝/黒衣の魔女/深夜の冒険/熱球空を射つ
- 謎の暗号/白髪鬼/妖鬼の塔/海底大陸/密林の王者/怪獣男爵
- 覆面紳士/禿鷹の爪/怪童不動丸/地球盗難/栄冠の蔭に/紅バラの秘密
- 死神博士/恐怖の仮面/姿なき飛行機/幽霊船/疾風からす隊/夜光怪人
- 幽霊馬車/恐龍の足音/怪人黒マント/怪猫屋敷/仮面魔/まぼろし令嬢
さきの『怪人黒マント』の広告の「少年少女」シリーズと比べると、偉人伝と海外名作がなくなったほかは、そのまま「冒険探偵」シリーズに移行したと見てもいいだろう。海外ものの中では『恐龍の足音』(ドイル『失われた世界』)が唯一生き残っているが。これをまとめると、当初、「少年少女」の読物シリーズとして出発した偕成社の児童出版は、1947年末からまず「少女小説」が分化した。一部、「少女小説」との共通作品も含みながら、1950年頃までは「少年少女」という枠組が存在したものの、その頃にはそれらはほとんどが「男の子の読物」となっており、そのため1952年までに「冒険探偵」というシリーズ名がつけられた、ということになる。その中には冒険小説や秘境小説、探偵小説だけでなく、野球小説や時代小説も含まれていたが、それらの総称として「少年小説」ではなく、「冒険探偵」が選ばれたという点が興味深い。「少女小説」というジャンルは引続き存続していったが、「少年小説」というジャンルは、すでにこの時点で滅んでいたのかもしれない。また、このときはずされた偉人伝は別シリーズとして発展し、海外名作は1950年からはじまる「世界名作文庫」へと受け継がれていく。
次に、装幀の面から見てみよう。偕成社の児童出版物は、最初のうちは叢書のような統一した装幀がなされていた。これは海外名作、少年小説、少女小説ともに大きな違いはなかった。
↑1946-08-05 ↑1946-09-10
↑1946-11-25 ↑1947-02
↑1947-07
1947年の末ごろには、すこし装幀がかわるものの、全体的な印象は似通っている。
↑1947-11 ↑1947-12-25
↑1948-01-15 ↑1948-11-05
↑1948-12-25 ↑1948-12-30
根本書誌では、「『水滸伝』を刊行するあたりから装幀に変化がみられた」とあるが、根本が例に挙げた『水滸伝』(1948-05)は村上元三『白馬の小夜姫』(1948-10-25)などと同じく時代小説に用いられた共通装幀であり、初期の本では時代物だけがほかと大きく異なる装幀を用いていた。上の画像を見ればわかるように、寒川光太郎『笑う氷山人』(1948-12-25)なども1947年から続く装幀の系列であり、これは海野十三『金属人間』(1949-04-01)まで続く。しかし、高木彬光『妖鬼の塔』(1949-07-25)は装幀が大きく違っている。これ以後は作品の内容により二系統の装幀となる。
↑1949-07-25
↑1949-09-25 ↑1950-06-10
- 探偵小説・冒険小説・都会小説(ソフトカバー)
- 野球小説(ソフトカバー)
- 『栄冠の蔭に』西野辰吉(1949-08-20)
- 『紅顔熱球王』五十公野清一(1950-01-25)
- 『熱球空を射つ』今井達夫(1950-02-25)
『怪人黒マント』(1950-06-10)はソフトカバーだが、藤口透吉『野象大陸』(1950-08-30)はハードカバーで出版されている。この作品は、本の寸法や造本が他と少し異なっていて、連続性が見られない。次の安田尚史『姿なき飛行機』(1950-10-05)は、確認した本が図書館で製本しなおしているため造本は不明。その後は、時代物は山岡荘八『怪童不動丸』(1950-12-20)から、冒険・探偵物は久米元一『恐怖の仮面』(1951-04-15)から、時代物は時代物で、冒険・探偵物は冒険・探偵物で、同一の装幀本が続く。どちらもハードカバー・カバー装となり、以後の児童出版物に良く見られる束のある紙を用いて、本の厚みも2センチほどになった。『怪童不動丸』は先の広告で「冒険探偵」に入れられているから、この二系統の装幀作品を広告欄では「冒険探偵」シリーズと称したのだろう。つまり、「冒険探偵」シリーズは1950年末にはじまったことになる。
このころから初期の作品を再刊するときに、短編を追加するなどしてページ数を増やし、ハードカバー・カバー装の装丁に変更していると思われる。実本を確認できたのは『紅バラの秘密』だけだが、海野十三全集や香山滋全集の書誌などにも同様の記載がある。こうして以前の作品も順次「冒険探偵」シリーズに取り込んでいったのだろう。この「冒険探偵」シリーズについては、次の時代でもう少し詳しく扱うことにしたい。
作品のラインナップを見ておこう。前に偕成社の世界名作児童文学について述べたときに、海野十三訳の『まだらの紐』を戦後最初の児童向け海外ミステリとした。創作としては、高垣眸『怪人』(角書きには「探偵奇談」とあるようだ)、久米元一『古城の怪宝』、南沢十七『湖底の魔城』などが目につく。いずれも作品を未確認なので、創作探偵小説なのか翻案なのか、またSF冒険ものなのかは不明である。『怪獣男爵』(1948-11-15)は横溝正史の戦後はじめての児童向け作品であり、書下ろしだった。乱歩が雑誌「少年」で『青銅の魔人』の連載を始めるのは、翌年の1月号からだから、ここでも正史に一歩先を譲ってしまった。あるいは、これが刺激となって、少年探偵団を復活させたか。戦後派の中でも香山滋は、いち早く児童ものを書き始めた作家だが、雑誌連載の『怪龍島』よりさきに、偕成社から書下ろした『海底牢獄』(1949-03-10)が児童ものの最初の著作となっている。香山をライバル視していた高木彬光も、ならじとばかり、神津恭介を登場させて『覆面紳士』(1949-05-15)を書下ろす。横溝正史、香山滋、高木彬光の戦後最初の児童向け著書は、すべて偕成社から出版されているのだ。
1940年代のほかの気になる作品としては、久米元一の『紅バラの秘密』と『白髪鬼』、寒川光太郎の『笑う氷山人』、梶野悳三の『幽霊船』などがある。久米元一はのちにシャーロック・ホームズの児童向け翻訳でも知られるが、戦前から活躍する児童文学作家である。1940〜1950年代に大量の児童向け創作探偵小説を書いた。児童文学の専門作家では最も多く探偵小説を書いているのではないだろうか。残念ながら現在手軽に読める創作作品はなく、古書価は異常に高くなって手が出ない。寒川光太郎は北海道出身の芥川賞作家。ペンネームも北国らしさがあるが、児童向き作品の題名も、『笑う氷山人』だとか、光文社から出した『北氷国の秘密』だとか、寒さにこだわっているように思える。
*1:『偕成社五十年の歩み』より/根本正義「〈書誌〉偕成社の大衆児童文学」(東京学芸大学紀要第2部門/人文科学 Vol.54)[以下、根本書誌と表記]から引用
*2:リスト作成にあたり、前記根本書誌のほか、Webサイト「密室系」内の「少年探偵小説の部屋」http://www2s.biglobe.ne.jp/~s-narita/new/shonen-index.htm 、「少年物単行本書誌のためのメモ」 http://www2s.biglobe.ne.jp/~s-narita/bbs1/60992431640625.html 、いわい氏「夢原半球」内の「高木彬光の部屋」http://homepage3.nifty.com/iwawi/omoya/takagi/talist9.htm 、『海野十三全集 別巻2』『香山滋全集 別巻』などを参照した。