「探偵小説」という言葉について


 「探偵小説」は英語の Detective Story の訳語として作られたのは間違いないだろう。

 この「探偵小説 Detective Story」とは、もともと「探偵する小説」という意味であった、という説がある。それが、日本では、「探偵・刑事(Detective)が登場する小説」と間違って解釈されてきた、というのだ。たしか島田荘司がそういったのを読んだ記憶があるのだが、今、『本格ミステリー宣言』をぱらぱら確認したが、出てこない。

 しかし、この説は正しいのだろうか。


 そもそも、Detective Story というのは、いつ頃から使われだした言葉なのかも、ちゃんと調べた文章を読んだ覚えが無い。「ハードボイルド」という言葉については、小鷹信光が『私のハードボイルド』で詳しく考証しているから、概ねいつ頃から使用され始めたのか、分かる。Detective Story についても、どこかに文献があるのだろうか。

 ポーは、「モルグ街」以下の小説を、ratiocinative tales (推論の物語)と読んでいた(らしい)。『世界ミステリー百科』のアンナ・キャサリーン・グリーンの項に「また〈ディテクティブ・ストーリー〉という表現を初めて使ったのも彼女だった」とある。たしかに確認すると、グリーンの書名に、

  • XYZ: A Detective Story
  • 7 to 12: A Detective Story

などと Detective Story という言葉が使われている。これをもって「初めて使った」とは言えないだろうし、『世界ミステリー百科』の作者はフランス人だから、このあたりの考証の信憑性は薄い。しかし、この使用例からすると、例えばグリーンの処女作 The Leavenworth Case: A Lawyer's Story (『リーヴェンワース事件:ある弁護士の物語』)という題名などから類推しても、「ある探偵の物語」という意味で用いられたのだろう、と思われる。

 それに、ヘイクラフトの有名な言葉もある。「あきらかに探偵というものがうまれるまでは探偵小説というものもありえなかったろう(し、また事実なかった)。」(『娯楽としての殺人』)

 また、A・B・コックス(アントニイ・バークリー) の創作講座パロディ「探偵小説講義」にも以下のような文章がある。

 探偵小説 (detective story) の制作にあたって考慮さるべき重要なポイントが二つある。一つは探偵 (detective) であり、もう一つは物語 (story) である。犯罪者は少しも重要ではない。最後か、その前の節にくるまでに犯罪者が姿を現すことはめったにないのだから。(真田啓介訳)

 これらの例から考察すると、「探偵小説 Detective Story」は、英米でも、「探偵・刑事(Detective)が登場する小説」と思われてきたように思われる。少なくとも「探偵する小説」という解釈を否定するものではないが、「探偵が登場する小説」という解釈も間違いではないはずだ。

 ところで、R・L・スティーヴンスンとロイド・オズボーンの『箱ちがい』(1889)には、弁護士ギティアンが書いた売れない探偵小説『誰が時計を戻したか?』が出てくる。翻訳では「探偵小説」となっているし、訳者のあとがきでも「「探偵小説」というジャンル自体に皮肉な眼差しをやっている」とある。しかし、原文では、この小説は police romance と呼ばれている。(便利な世の中で、ネット検索すると、ちゃんと原文にあたれる)つまり、ホームズが登場したころの英国では、まだ Detective Story という言葉は一般的ではなかった、ということになる。

 police romance はフランス語の Roman policier から来ていると思われる。おそらく、1870年代から80年代に、英米ではガボリオの英訳が評判になったということと無縁ではないだろう。フランス語流れで、police romance (そのまま訳せば「警察小説・警察読物」という用語にかなりの普及度がなければ、ジャンルを揶揄するときにこの言葉を使用するはずがない。普及している言葉を使わなければ、意味が通じないのだから。また、1860年代頃から世紀末まで大量に出版されたとよばれる「刑事の回想録」の類も、この言葉の普及に一役かっているのではないだろうか。

 どちらにせよ、police romance は「警察するロマンス」とは解釈できない。「警察官が登場する小説・ロマンス」としか解釈のしようがない。

 「探偵小説 Detective Story」が「探偵する小説」という意味にも捉えられるようになったのは、ジャンルが確定した1920年代ごろのことではないのだろうか。この頃から多く書かれる様になる「探偵小説とは何か」という文章には、「探偵行為をテーマとした小説」というおうなものが多くなるからだ。どなたか、この辺りのことを詳しく調べた文献をご存知ないだろうか。