『インシテミル』米澤穂信


インシテミル

インシテミル

昨日は月例の屋根裏の散歩会。『インシテミル』の読書会であった。
じつは、この本を選んだのは、かくいう私。

米澤穂信は近ごろ評判だし、一度、読んでみたかった。で、題名と表紙の絵で選定したのだが、いやあ、読まずに選んだのは、失敗であった。これが、絵に描いたような「クローズド・サークル」もので、苦手中の苦手なジャンルだったのである。もっと調べてからテキストを選定しなくちゃいかんということです。

当日、読んできていただいた方々には、まったくもって申し訳ないことになった。それでも、幾人かの方に「面白い」といっていただいて、とりあえず、ほっとした次第。

で、テキストを選んだ本人が貶すのもいかがなものかと思うのだが、わたしの個人的な感想で、この作品のどこが気に入らないかを書いておこう。


 この作品は、現実にはありえない閉鎖空間に登場人物たちを追い込んで、殺し合いがおきそう状況な設定し、登場人物たちの行動をシュミレーションしようとする。この「クローズド・サークル」の設定を荒唐無稽といったら、もちろん的外れだろう。これはファンタジーの世界であり、ファンタジーのように「そこだけで通用するルール」のある世界ととらえるしかない。だから、作者の描きたかったことも、人間の行動を元にした謎解き小説ではなく、創造者(作者、またはこの世界の作り手であろう「機構」)の造った筋書きどおりに動く人物がおりなすゲーム、またその世界の構造そのものなのだろう。これはわたしが考える「本格ミステリ」でなない。「メタ・ミステリ」ではあるだろうが。

 ミステリとは、所詮、こうした約束事のある作り物なんだ、という作者の一種皮肉な視線も感じるし、でもそこでおこる「事件」を推理するのが楽しいのさ、という開き直りもあると思う。

 しかし、わたしのように古いミステリ読みは、こういう設定をしてしまったら、もう「何でもあり」で、推理もへったくれもなくなってしまうのである。

 ミステリの叙述について、とくに叙述トリックを扱う場合、「叙述の客観性の保証」ということが議論されることがある。ではこの「暗鬼館」の「世界のルール」は誰が保証してくれるのか。例えば『バトル・ロワイヤル』ならいいのである。世界がそういうものだ、ということは小説全体で保証されている。しかし、『インシテミル』は、「クローズド・サークル」の外側は、われわれのいる普通の世界のように見える。そこからこの「異世界」に送り込まれた登場人物たちに、この「異世界のルール」が間違いなく真実であると保証するものは何もない。「ルールはこれですよ」と示されるだけで、登場人物も(そして読者も)それを疑うことない。これが納得いかないのである。トンデモな組織が勝手に提示したルールが、嘘ではないと、どうして登場人物たちは(あるいは読者は)信じられるのだろうか?(例えば凶器だって、毒が本物だという保証がどこにあるのか?) そう考え出すと、すべての推理に対する「保証」はなくなってしまう。だったら、「クローズド・サークル」の外側の世界だって、われわれの現実とは違う世界かもしれないではないか。(例えば、はるかな未来だったり、テレパシーが当り前だったり。そうではないと誰に言える?)推理は虚しく、したがって、「本格ミステリ」ではない、ということになる。

 「本格ミステリ」の論理を保証しているのは、われわれの現実(常識)しかない、ということに改めて認識させる、という意味では、確かにこれはすぐれた「メタ・ミステリ」なのかもしれないが。

 さらに言えば、登場人物たちの行動が、どうにも不可解である。こういう状況に放り込まれたら、最初にすることは、各人の部屋の確認と、全員の武器の封印じゃないの。そのために金庫室があるんだから。全員の総意で、金庫室に武器をしまっちゃえばいいのである。もちろん、そうしたら、お話がすすまない。要は作者が進めたい方向に話を持っていく手順である。武器解除を誰かが言い出して、それが議論され、でもやっぱりそうしなかった流れがあればいいのだ。誰もそれに触れないまま話が進んでいくのが、「筋書きどおりに動く人物」感、「ゲームの中の人物」感を増してしまう。

 各人の動機が描かれないのは、作者の意図したことだろうし、それはそれでもいいと思う。しかし、裏に何かあると匂わせる部分が、もう少し欲しかった。犯人の動機があまりに理解しがたいものになっている。*1

*1:実は、その後の飲み会で話しているうちに、犯人の置かれた状況を説明できる設定を思いついた。報酬が欲しかったのは、それが別の「あるゲーム」への参加費用だった、というもの。そこにとらわれの身になっている友人たちを助けるため、その「死のゲーム」(『バトル・ロワイヤル』みたいな)にどうしても参加する必要があった。主人公は事情は知らないものの、それに共鳴したため、ああいう行動をとった。で、参加費用を得て、ナイフを手に家をでるわけだ。違うかな?