さて、今年の目標のひとつである、山中峯太郎翻訳(翻案)のポプラ社「名探偵ホームズ全集」を通して読むという計画。このシリーズは、ずいぶん昔にバラで集めていて、ある時、もってない巻を友人にまとめてゆずってもらったものを、実家の本棚に眠らせていた。正月に実家に帰った時、ほこりをかぶっていた本を取り出し、腕が抜けそうな思いをして持って帰った。順調に、今年の計画はすすんでいる。
なにごとも、まず全体像を確認しないと手をつけることができない、というのが、ぼくの悪い癖で、素直に1巻から読み出せばいいものを、このシリーズがどういう構成になっているかを調べ出した。パラパラ、目次をくって収録作品を見ているうちに、おかしなことに気がつく。
たとえば全集の第1巻の『スパイ王者』には三つの短篇が収録されているのだが、その第1話が「黄色い顔」なのである。うーん、いきなりホームズの失敗譚からはじまるのはいかがなものか、と思いつつ、この巻の最後を見ると、「次の話は「銀星号事件」です」と(ナゼか)ワトスンの妻のメアリーが語っている。え? メアリーが記述者なの? と思いつつ、2巻を手に取ると、第1話は「火の地獄船」で、もちろんこれは「グロリア・スコット号」なのだが、記述者がミス・バイオレット・ハンタになっているではないか。バイオレット・ハンタって、たしか「ぶな屋敷」に出てきた家庭教師だよなあ、どうなっているんだろう、と疑問がつきない。さらに3巻の『獅子の爪』には4短篇が収録されていて、その最終話は「断崖の最期」で、ここでホームズはあわれ滝つぼへと消える。そうすると当然、4巻の最初は「空き家の冒険」だろう、と思っていると、なんの注釈もなく平然と「歯の男とギリシャ人」がはじまる。おまけに、またしてもバイオレット・ハンタ嬢が物語を書いているではないか。わけがわからない。
こういう時に役に立つのが書誌情報であって、手持ちの芝隆之編「推理小説叢書目録/3.児童書篇」(『帝王』9号/昭和53年3月)をひも解くと、疑問の一部は氷解した。
山中版ホームズは、最初は1954年(昭和29年)から1957年まで刊行されたポプラ社の子供向け叢書「世界名作探偵文庫」に登場したのである。このうちホームズものだけを独立させて、1956年(昭和31年)3月から「名探偵ホームズ全集」が始まっている。これが現在の全20巻の山中ホームズなのである。さて、その「世界名作探偵文庫」だが、その構成は以下のようなものである。(上記の書誌の引き写し/ただし27巻は後述)
【世界名作探偵文庫】
- 1.『名探偵ホームズ 深夜の謎』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和29年4月
- A Study in Scarlet (1887)
- 2.『名探偵ホームズ 恐怖の谷』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和29年5月
- The Vally of Fear (1915)
- 3.『名探偵ホームズ 怪盗の宝』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和29年6月
- The Sign of Four (1890)
- 4.『魔人博士』ローマー/山中峯太郎 絵=有安 隆昭和29年8月
- The Devil Doctor (1916) ★サックス・ローマー作フー・マンチューの第2作
- 5.『灰色の怪人』オルツィ/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和29年10月
- The Man in Grey (1918) ★『灰色の男』
- 6.『秘密第一号』ホルラァ/木村毅 絵=有安隆 昭和29年9月
- The Mystery of No.1 (1925) ★シドニー・ホルラー作
- 7.『名探偵ホームズ まだらの紐』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和29年11月
- 六つのナポレオン The Six Napoleons /口のまがった男 The Man with Teisted Lip/まだらの紐 The Speckled Band
- 8.『海底の黄金』ボアゴベイ/江戸川乱歩 絵=荻山春雄 昭和29年11月
- 9.『怪盗ルパン 金三角』ルブラン/保篠龍緒 絵=荻山春雄 昭和29年11月
- Le triangle d'or (1921)
- 10.『名探偵ホームズ スパイ王者』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和29年12月
- 黄色い顔 The Yellow Face/謎の自転車 The Priory School/スパイ王者 The Naval Treaty
- 11.『怪盗黒星』マッカレー/南洋一郎 昭和30年3月
- The Black Star (1921)/Black Star's Campaign (1924) ★ジョンストン・マッカレー作『黒星』
- 12.『怪盗ルパン 虎の牙』ルブラン/保篠龍緒 絵=荻山春雄 昭和29年12月
- Les dents de tigre (1921)
- 13.『名探偵ホームズ 銀星号事件』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和30年1月
- 銀星号事件 Silver Blaze/怪女の鼻目がね The Golden Pinee-Nez/魔術師ホームズ The Second Stain
- 14.『鉄の輪』マシャール/南洋一郎 絵=荻山春雄 昭和30年4月
- Le loup-garou (1922) ★アルフレッド・マシャール作
- 15.『暗黒街の恐怖』マッカレー/江戸川乱歩 絵=荻山春雄 昭和30年5月
- ★The Avenging Twin Series (1927) 『双生児の復讐』中の一編
- 16.『変装アラビア王』ローマー/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和30年5月
- The Sins of Severac Bablon (1914) ★サックス・ローマー作『赤い線』(別題『賎民の王』など)/ノン・シリーズ
- 17.『怪盗ルパン 三十棺桶島』ルブラン/保篠龍緒 絵=荻山春雄 昭和30年6月
- L'ile aux Trente Cercueils (1919)
- 18.『幽霊犯人』ビガース/木村毅 絵=北田卓史 昭和30年6月
- The Chinese Parrot (1926) ★E・D・ビガース作『シナの鸚鵡』/チャーリイ張シリーズ
- 19.『怪盗ルパン 怪紳士』ルブラン/保篠龍緒 絵=荻山春雄 昭和30年9月
- Arsene Lupin gentleman-cambrioleur (1907)
- 20.『名探偵ホームズ 謎屋敷の怪』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和30年6月
- 青い紅玉 The Blue Carbuncle/黒ジャック団 The Boscombe Valley Mystery/謎屋敷の怪 The Copper Beeches
- 21.『ダイヤモンド事件』フレッチャー/南洋一郎 絵=北田卓史 昭和30年6月
- The Diamonds (1904) ★J・S・フレッチャー作
- 22.『名探偵ホームズ 火の地獄船』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和30年7月
- 火の地獄船 The Gloria Scott/奇人先生の最後 The Musgrave Ritual/床下に秘密機械 The Three Garridebs
- 23.『名探偵ホームズ 鍵と地下鉄』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和30年8月
- 歯の男とギリシャ人 The Greek Interpreter/鍵と地下鉄 The Bruce Partington Plan/二人強盗ホームズとワトソン Charles Augustus Milverton
- 24.『名探偵ホームズ 夜光怪獣』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和30年11月
- The Hound of the Baskervills (1902)
- 25.『怪傑ドラモンド』サッパー/江戸川乱歩 絵=斎藤寿夫 昭和30年10月
- Bulldog Drummond (1920) ★ブルドック・ドラモンド・シリーズの第1作
- 26.『幻の怪盗』アラン/南洋一郎 絵=有安隆 昭和30年12月
- 27.『名探偵ホームズ 王冠の謎』ドイル/山中峯太郎 昭和30年12月
- 王冠の謎 The Mazarine Stone/サンペドロの虎 Wisteria Lodge/無かった指紋 The Norwood Builder
- 28.『灰色の幻』ランドン/江戸川乱歩 絵=荻山春雄 昭和30年12月
- The Grey Phantom (1921) ★ハーマン・ランドン作
- 29.『名探偵ホームズ 閃光暗号』ドイル/山中峯太郎 絵=有安隆 昭和31年1月
- 閃光暗号 The Red Circle/銀行王の謎 The Beryl Coronet/トンネルの怪盗 The Red-Headed League
山中ホームズを独立シリーズにしたため、抜けた穴に別の作品をあてている。それが以下の本。(全集番号にbをつけた)
- 1b.『謎の指紋』アラン/南洋一郎 絵=有安隆 昭和31年12月
- 2b.『夜霧の怪盗』フリーマン/木村毅 絵=有安隆 昭和31年8月
- The Red Thumb Mark (1907) ★R・オースチン・フリーマン作『赤い拇指紋』
- 3b.『魔術師ニコラ』ブーズビー/木村毅 絵=有安隆 昭和31年12月
- Doctor Nikora (1896) ★ガイ・ブースビー作
- 7b.『黄色い部屋』ルルウ/高木彬光 絵=有安隆 昭和32年2月
- Le mystere de la chamble jaune (1907)
- 10b.『海峡の秘密』クロフツ/江戸川乱歩 絵=有安隆 昭和31年2月
- Mystery in the Channel (1931)
- 13b.『みどり沼の怪』ボアゴベイ/南洋一郎 絵=有安隆 昭和32年3月
- ★原題不明 黒岩涙香『武士道』からか
- 20b.『透明人間』ウェルズ/海野十三 絵=荻山春雄 昭和32年6月
- The Invisible Man (1897)
- 22b.『妖魔の秘宝』ジューク/南洋一郎 昭和32年6月
- ★原題不明 作者名 David Duke
- 23b.「影なき男』チェスタートン/海野十三 絵=荻山春雄 昭和32年11月
- 怪盗フランボウ The Flying Stars/太陽の目 The Eye of Apollo/古書の呪い The Blast of the Book/影なき男 The Point of a Pin/村の吸血鬼 The Vampire of the Village
「世界名作探偵文庫」は当初、全30巻として企画されたようだが、30巻目は判明しない。おそらく刊行されていないのではないだろうか。完結まじかに「名探偵ホームズ全集」の企画が立てられたため、欠番を別作品で埋めていくうちに、息切れし、最後は穴埋めもままならず、30巻目は出ずに終わった、という気がする。*1
この内容を見ると、古典的探偵小説の名作リライトを並べた、というよりも、少年にうけそうな怪人・怪盗もの中心に作品が選定されている。ルパン、ファントマ、グレイ・ファントム、ブラック・スター、フー・マンチュー、魔法医師と、よく知られた怪盗から、いまではすっかり忘れ去られた怪人まで、目白押しである。ブルドック・ドラモンドだって(じつはぼくも読んだことはないのだが)、ジェームズ・ボンドの先輩格の愛国的快男児で、たしか怪人と戦っているはずだ。ポプラ社のルパンといえば南洋一郎が知られているが、この時点ではまだルパンは保篠龍緒であった。南洋一郎のルパンは1958年から1961年にかけて「怪盗ルパン全集」として全12巻の刊行がはじまる。(のち全30巻まで増巻)
ところで、前記書誌には、27巻の情報が抜けている。ネットで検索した結果、平山雄一氏のサイト「山中峯太郎の単行本」の昭和30年のページ http://page.freett.com/Shoso/Jminetarobook1955.html にあった情報から、『名探偵ホームズ 王冠の謎』とした。別のネット情報「少年物単行本書誌のためのメモ」http://www2s.biglobe.ne.jp/~s-narita/bbs1/60992431640625.html では、『悪魔の足』(これも山中ホームズもの)となっているが、その前の『夜光怪獣』の最終章が「『王冠の謎』へ至急出発!!!」となっているため、次巻の予定は『王冠の謎』であったと思われる。*2
ということで、「世界名作探偵文庫」の山中ホームズの巻を刊行順に並べると、以下のようになる。
- 『深夜の謎』
- 『恐怖の谷』
- 『怪盗の宝』
- 『まだらの紐』
- 『スパイ王者』
- 『銀星号事件』
- 『謎屋敷の怪』
- 『火の地獄船』
- 『鍵と地下鉄』
- 『夜光怪獣』
- 『王冠の謎』
- 『閃光暗号』
この順番に内容を確認すると、おおッ、きちんと予告の順番どおりとなっているではないか。なるほど、最初はこの順番に執筆刊行されたのだとわかる。やはり書誌情報は役に立つ。ではなぜ、「名探偵ホームズ全集」はこの順番に刊行しなかったのだろう? ネットで調べる途中で出てきた情報では、このあたりの事情は、北原尚彦『発掘!子どもの古本』(ちくま文庫)にあるらしい。しかたない、この本を買ってこよう。