MWAジュヴナイル賞1966年


 1966年のMWAジュヴナイル賞の受賞作は、レオン・ウェア作の The Mystery of 22 East (1965) である。この作品は『恐怖の第22次航海』の題名で、学習研究社の《少年少女サスペンス》シリーズの推理篇の一冊としてとして邦訳されている。


 「少年少女サスペンス」は1970年から1974年にかけて発行された叢書で、「推理篇」と「冒険篇」にわかれ、それぞれ10冊づつ刊行された。ほとんどの作品が、オリジナルの児童文学から選定されているところに特色がある。推理篇は以下の作品構成となっている。

  1. 『地下室の少年探偵団』 The Young Detectives (1934) R・J・マグレガー/久保田輝男訳[1972-06]
  2. 『ダン警部の24時間』 Police and Detection (1962) ロデリック・ジェフリーズ/武内孝夫訳[1970-12]
  3. 『メニエ騎士像のなぞ』 At Sword's Point (1954) アンドレノートン/長谷川甲二訳[1971-03]
  4. 『土曜日のゆうかい』 A Saturday in Pudney (1966) ロイ・ブラウン/磯村愛子訳[1973-04]
  5. 『恐怖の第22次航海』 The Mystery of 22 East (1965) レオン・ウェア高橋泰邦訳[1972]
  6. 『海に消えた男』 The Humpy in the Hills (1960) ジョン・ガン/片岡政昭訳[1971-06]
  7. 『尾行された少年たち』 Les Peleris de Chiberta (1958) ポール・ベルナ/榊原晃三訳[1974-07]
  8. 『少年監督の推理』 Mystery at the Picher's Mound (1970) アルバート・メイヤー/鈴木武樹訳[1971-06]
  9. 『風車小屋の足あと』 Vals Spoor in Waterland (1967) アン・ルッヘルス・ファンデル・ルフ/熊倉美康訳[1972-02]
  10. 『赤いUの秘密』 Das Rote U (1964) ヴィルヘルム・マッティーセン/中村浩三訳[1971-11]

 マグレガー作の『地下室の少年探偵団』だけが、『マッキー探偵団』の邦題で保育社の《少年少女探偵冒険全集》に収められた既訳作品(訳者は違うが)であることをのぞけば、比較的新しい児童文学作品の新訳で構成されている。また、このうち、以下の六冊が《傑作推理ブック》の名称で再刊されている。

  • 『ダン警部の24時間』[1982-07-20]
  • 『地下室の少年探偵団』[1982-07-20]
  • 『土曜日のゆうかい』[1982-07-20]
  • 『少年監督の推理』[1982-09-20]
  • 『赤いUの秘密』[1982-09-20]
  • 『尾行された少年たち』[1982-09-20]

 この中で、ロデリック・ジェフリーズの『ダン警部の24時間』はミステリマガジン2008年2月号で、森英俊の「大人が読んでも面白いジュヴィナイル・ミステリ」で紹介されているが、他にもアンドレノートンやホール・ベルナなど、興味深い名前が並ぶ。

 『恐怖の第22次航海』は海洋ものである。主人公トム・キャメロンは15歳の少年。交換教授としてイギリスにわたった父親のもとに行くため、たった一人でドイツの商船ホーンビル号に乗る。ホーンビル号は貨物船だが、数人の旅客を乗せている。キャメロン少年と乗り合わせるほは、アメリカ青年ソーン、怪しいベルニーニ夫妻、騒々しいジャクソン夫妻、毅然としたカートライト夫人、物静かなコンラッド夫妻たちだ。船上での事件よりも、船旅そのものがテーマともいえる作品で、港での伯父さん伯母さんとの別れ、船酔い、メキシコ少年の密航、パナマ運河を通る過程、サーカス団をはこぶ船から逃げたサル騒動などが、リアリスティックな描写で語られるのだ。隠されたマイクロフィルムの謎は、船上の様々な事件の、ほんのひとつでしかない。

 そんな作品だから、訳者に高橋泰邦を起用したのは正解で、巻末には船の用語集やら訳者制作のホーンビル号見取り図がついている。また、山野辺進の挿絵がとてもいい。

 作品の中でしばしば語られる「人生訓」のようなものも、嫌味ではなく、なるほど、と思わせるものが多い。例えば、ちょっと気難し屋だが、トム少年には優しいカートライト夫人は、こう諭す。

「人生修行でいちばんむずかしいことはね、トム、一つは『ノー』といえるようになること」

 何にでも口をはさみたがるジャクソン夫人が、船上の事件に対して、「どういうことなのか、知る権利はありますわ。お金をはらって航海しているのですから、知る権利はありますよ。」と主張するのには、こう切り返す。

「なぜ?」
 一同はカートライト夫人を見た。
(中略)「わたしたちに権利があるとは思いませんね。(中略)わたしが知りたいのは、だれかひとちが責任をもってやっているということ――このごろは、おおぜいの合議制で世の中を動かしていこうとする人たちが多すぎますよ。」

 また、ソーン青年はいう。

「かれにはおそらく、自分で積み荷をえらぶ権限はなかったでしょうよ。スクールバスを運転するのとおなじですよ――だれもすきでやってるんじゃない、それが仕事だからですよ」

 クライマックスは、嵐のなか、遭難船の救助するシーンで、ぐうたら(と思われた)船長の活躍、おしゃべりなジャクソン夫人の意外な一面など、定番とはいえ、心地よく読むことができる。それにたいし、スパイ事件の謎は、いささか肩すかしだった。MWA賞の受賞は、ミステリ的な部分よりも、ヤング・アダルト小説の面白さを重視したのだろう。

 作者のレオン・ウェア Leon (Vernor) Ware (1909-1976)は、この作品以外は翻訳がなく、児童文学者の事典類にも、記載がない。

 この年の候補作は3作。Secret of the Haunted Crags でノミネートされたローレンス・J・ハント Lawrence J. Hunt (1920- )はオレゴン州バンクス生れの児童文学作家。The Secret of the Simple Code でノミネートされたナンシイ・フォークナー Faulkner, Nancy は本名 Anne Irvin Faulkner。ヴァージニア州リンチバーグ生れで、教師、編集者を経て児童文学作家になったひと。The Apache Gold Mystery が候補になったアイリーン・トンプスン Eileen Thompson については不明だった。

 グランドマスタージョルジュ・シムノンが、最優秀長篇賞はアダム・ホールのスパイ小説『不死鳥を殪せ』が、最優秀処女長篇賞はジョン・ボールの黒人刑事ヴァージル・ティッブス登場の『夜の熱気の中で』が受賞した年である。